13.バザーとレモネード、それからベリーのクレープ

 レモンはよく水洗いしてから薄切りにし、煮沸消毒した瓶へ詰め込んでおく。


 砂糖、蜂蜜を入れて蓋をし、冷暗所に数時間放置する。中身をよく混ぜ合わせ、適量をコップへとよそい、水で割ったらレモネードの完成だ!


「意外と簡単なのだな。これなら私にも作れる」

「ええ、これなら子どもたちでも準備できそうです。透さん、ありがとうございます!」


 口々に感想を呟きながら、レオノーラとエリーはレモネードの作り方をメモしている。


 いきなりどうしてレモネードの作り方などを解説しているか、発端はこの二人から受けた相談だ。


「慈善活動?」

「はい、近々、孤児院がバザーを催すことになっているのです。主な目的は運営費を集めることにあるのですが」


 エリーはそう呟くと、催しの内容について教えてくれた。


「生活にゆとりのあるご家庭から、使わない衣服や食器などを提供してもらい、割安で販売するのです」


 レオノーラが補うように呟いた。


「もちろん、それだけでは運営費を回収できないから、孤児院も焼き菓子を販売していたんだ」

「毎回、ライ麦を使ったビスケットを提供していたんです。ですが……」


 そこまで言い終えると、二人の表情が曇ってしまった。なにか問題でもあったのだろうか?


「正直に言いますが、飽きられてしまったのです」

「飽きられた?」


 聞くところによると、販売しているライ麦のビスケットは原材料費を抑えるために、極力、バターや砂糖を少なくしているそうだ。


 なるほど、味の想像が容易にできるな。つまりは、粉っぽくパサパサしていて食べにくいと、そういう仕上がりか。


「素朴な味で、私は好きなのだがな」

「この際、レオノーラの好みは関係ないの。売れないと孤児院の運営費がまかなえなくなるのだから」


 肩をすくめたエリーは、あらたまった表情でこちらを見やり、


「ビスケットを販売するにあたって、なにかいいアイデアはありませんか?」


 と、そう尋ねてきたのである。


 そこで、俺は考えたわけだ。口の中がパサパサになるんだったら、喉を潤してあげればいいじゃないかと。


 聞きかじった程度の知識でしかないが、アメリカには『レモネードスタンド』なる文化があるそうだ。夏休み、子どもが自宅の前などでお手製のレモネードを販売するというものである。


 つまるところ、レモネードは子どもでも作れる手軽な飲み物なのだ。原価もさほど掛からないし、そういった場にはうってつけだろう。


 ……そんな事情もあって、レモネードの作り方をレクチャーしていたのだが。レオノーラはひと思いにそれを飲み干した後、一点の曇りもない瞳で小首をかしげるのだった。


「こんなに美味しい飲み物を作れるのに、どうして透はご飯ばっかり作っているんだ?」


 キミがそれを聞きますか? 席に着くなり「ごはんくれ。あと水」としか言わないキミの影響が大きいんだぞ? 少なくともエリーは紅茶を頼んでくれるんだけどなあ。


 ……まあ、それもこれも、いまだに常連客といえばこの二人しかいない現状がよろしくないわけで。


 カフェって名乗っているくせに、一番出る飲み物はといえばワインだもんなあ。仕入れのたびに量が増えるんだもん。そりゃあ、酒場の親父さんだって喜ぶよ。


「まあまあ、透さん。そんなに落ち込まないでください」


 こちらの様子を察したのか、エリーは励ますように声を上げ、それから胸元で両手をあわせ、とある提案を持ちかけたのだった。


「そうだっ。もしよろしければ、透さんもバザーに出店なさいませんか?」

「……俺が?」

「ええ、バザーにはいろいろな人たちが集まります。出店すれば、このカフェの良い宣伝になると思うのですけれど」


 なるほど。言われてみればその通りだ。現に、朝市へ露天商に出ようかと思い悩んでいたところでもある。知名度向上のきっかけとしては、いい考えかもしれない。


「問題ないなら、参加させてもらおうかなあ」

「ええ、ぜひ! 売り子が必要であれば私もお手伝いしますから!」

「ありがとう、エリー。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうとするかな」

「にゃああ」

「うん、ラテもいつものように接客頼むよ」


 わきあいあいとした雰囲気を漂わせていた最中、いいものを見たと言わんばかりにレオノーラは力強く頷いている。


「うんうん。助け合いの精神だな。当日が楽しみだ」

「レオノーラは手伝ってくれないのか?」

「私は食べる専門だからな」

「……手伝ってくれたら一食おごるぞ」

「水くさいじゃないか、透っ。私とお前の仲だろう? 是非とも協力させてくれっ」


 ……見える、見えるぞ、レオノーラの瞳に書かれた“タダ飯”の三文字が。


 はあ……、ま、人手が必要なことは確実だからな。とにかく、当日、バザーでなにを提供するか、アイデアを練ろうじゃないか。


***


 屋外での販売、しかもカフェの知名度を向上させる。となればドリンクとデザートの組み合わせがベストだろう。こちらの世界で甘味はまだまだ物珍しい存在だし、受け入れられたら、営業的な意味合いでもカフェの未来は明るい。


 ホットケーキ、マフィン、パウンドケーキ……。手軽に提供できるのはこのあたりだけど、やるからにはインパクトも残したいよなあ。


 考えに考え、俺は持ち運びに優れた、とある甘味の存在を思い出し、今回のバザーでそれを振る舞うことにしたのだった。


 そうと決まれば、早速、試作に取りかかろう。


 まずは生地作りだ。溶き卵にミルクと砂糖を混ぜ合わせておき、ふるった小麦粉を少しずつ加える。この時、ダマができてしまったら、ザルでこし、なめらかな状態にしておくのだ。


 ここへ溶かしバターを加えて馴染ませたら、しばらく寝かしておく。この生地をフライパンに薄く引き広げ、両面を焼き上げれば……クレープ生地の完成だ。


 トッピングはホイップクリームと苺のジャムをベースにする。くるくると巻き上げ、その上にカットした苺、ラズベリー、ブルーベリーをトッピングしたら……。


「よし、ベリーのクレープができあがったぞ!」


 三角錐のような形状をした甘味を前に、エリーもレオノーラも戸惑いを隠せないと言った様子で、一体これはなんなのかと視線で訴えかけている。


「食べ歩きできるお菓子、といえばいいのかな。とにかく、豪快にかぶりついてくれ」


 ナイフもフォークも必要ない。ただ本能に任せ、頬にクリームが付くぐらい、わんぱくに食べて欲しいのだ。クレープはそういう食べ物だしね。


 やがて決心が付いたのか、エリーとレオノーラは大きな口を開け、クレープの上から大きくかぶりついた。


 ぱくりと一口頬張ると、想像していたとおり、エリーとレオノーラの唇の横にクリームがこびりつく。恥ずかしそうにそれを指で拭いながらも、二人は驚きとも喜びとも受け取れる眼差しでクレープを眺めやった。


「生地はしっとり、それでいて酸味と甘みもあって……」

「うん、とにかく美味い! 美味いぞ、透!」


 それは良かった。二人の顔を見れば、当日の売り上げも期待できるだろう。見た目も華やかで可愛らしいしね。絶対に受けると思うんだよな。


「これに紅茶を付けようと思うんだ。甘いものを食べたら、口をサッパリさせたいだろうし」

「うん、それはいい考えだ。透が言うところのカフェっぽい雰囲気が出せるんじゃないかな?」


 賛同してくれたのはレオノーラで、エリーと言えば、微妙な角度に眉を動かしている。


「どうした? ひょっとして卵の殻が入っていたのか?」

「いえっ。そうではないのです! ただ……」

「ただ?」

「これだけ美味しい甘味を販売するとなると、孤児院のビスケットが売れなくなるのではと思いまして……」


 ……なるほど、そこまでは考えてなかったなあ。確かに、一方の甘味に売り上げが集中すれば、もう一方の売り上げが下がるのは道理だもんな。


 とはいえ、カフェの知名度向上計画は捨てがたい。紅茶だけ提供するのはインパクトが欠けるからな。なにか、いい考えはないものか?


「いっそのこと、どちらも一度に食べられたら、私などは嬉しいのだが……」


 打開策のきっかけとなったのは、食いしん坊のレオノーラの呟きで、俺はその一言にひらめきを覚えると、エリーへ尋ねるのだった。


「孤児院が作るライ麦のビスケットなんだけどさ」

「はい」

「なるべく小さく作れないかな? できれば一口サイズで」


***


 バザー当日。


 カフェ『妖精の止まり木』が提供するベリーのクレープには大行列ができていた。


 トッピングには一口サイズのライ麦ビスケットも添えられていて、しっとりとしたクレープ生地とは異なる食感のコントラストにお客さんは舌鼓をうっている。


「トッピングのビスケットは、あちらで販売しておりまーす」

「美味しいレモネードも売っているぞ、ぜひ飲んでいってくれ」

「にゃー!」


 売り子を務めるエリー、レオノーラ、それにラテが一生懸命に声を上げている。で、俺はといえば、行列をさばくため、先ほどからクレープを巻いては作り、巻いては作りを繰り返しているわけだ。


 いやはや、見通しが甘かった! クレープ生地は作り置きできるし、注文を受けてから仕上げればいいだろうと考えていたんだけど。


 いまや行列は伸びる一方。材料が尽きるか、行列が途切れるかといった勝負の様相を見せている。


 ……うん、確実に材料が尽きるほうが先だな、これは。もっと多く準備しておけば良かった……!


 ともあれ。


 忙しいながらもお客さんの喜ぶ顔を見るのはやっぱり嬉しい。この顔が見たいがためにお店をやっていたといっても過言ではないのだ。


 周りを見渡すと、レモネードを手にしているお客さんも多い。自分の考えたレシピを気に入って貰えるのは嬉しいものだな。


「大成功ですね」


 プラチナブロンドのロングヘアを揺らして、エリーが微笑む。


「これで透さんのお店にも、たくさんのお客さんが来てくれるといいのですけれど」


 ……そうだな。本当にそう思うよ。ま、いまのところは目の前にいるお客さんに喜んで貰えれば、それでいいけどね。


 そんなことを考えながら、俺はなおも途切れない注文をさばくため、クレープ作りを再開させたのだった。

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