39.お土産用の商品とクッキーの詰め合わせ

 アーロンが口コミでウチの店を広めてくれたのか、この頃はドワーフ族がちらほらと来店するようになった。


 ハイエルフやダークエルフとの折り合いはどうなのかなと心配していたけれど、これといって問題もなく、異なる種族同士、店内で談笑する姿なども見受けられる。俺の作った料理が、会話の花を咲かせる一助になっているのであるんだったら嬉しい。


 同時にちょっとした問題が発生した。


 アーロンの時にも思ったことなのだけれど、店内のテーブルや椅子などが、ドワーフ族の背丈と合っていないのだ。いちいち背伸びして椅子に腰掛けたりする姿は、見ていて申し訳ない気持ちになる。


 このままの状況はよろしくないぞというわけで、緑精りょくせい族の大工レンドに頼み、ドワーフ用のテーブルや椅子などをいくつか作ってもらうことにした。


 それと一緒に、とある製菓器具も頼んだのだけれど、これについては実物を見るまではどうなるかがわからない。なにせ、こちらの世界にはまだ存在していない道具なのだ。


「注文はわかったけどよぉ、そんなもんいったいどう使うんだ?」


 しかめっ面で応じる小人を前に、俺は説明した。


「このところ、お客さんも増えてきたし、持ち帰り用の商品を揃えようと思ってね」

「ふぅん。ま、おれっちにかかりゃあ、そんなもん、ちょちょいのちょいで仕上げてやるよっ」


 鼻の下を指でこすりながら胸を張るレンド。よろしく頼むよと応じながら、俺はできあがりを心待ちにするのだった。


***


 それから数日後。


 タイミングのいいことに、妖精のキキが遊びに来ていたタイミングでやってきたレンドは、挨拶がてらに今日の髪型が似合っているとかなんとか、キキの前で不器用にもにょもにょと口を動かしては、


「……? い、いま、なにか言った? レンド?」


 と、あっけなく撃沈しているのだった。切ないなあ、おい。


「えっと、もしかすると、頼んでいたものができたのかな?」


 助け船を出したわけではないけれど、話題を転じるように小人へと視線を向ける。


「……おうよ。言われてたモン作ってきてやったぞ、てやんでえ」


 そのてやんでえの使い方は果たして正しいのだろうか……? いささか疑問に思いつつも、魔法の鞄から取り出された家具類はさすがの出来映えで、俺はレンドの腕前を絶賛するのだった。


「すごいすごい! たった数日でこんな見事な家具を作ってくれたのか!?」


 ドワーフ族用にこしらえられたテーブルと椅子は細部にまで装飾が施された逸品で、店名でもある『妖精の止まり木』をイメージしてなのか、背もたれの上の部分には妖精が腰を下ろしているというこだわりようだ。


 店内のテーブルや椅子を、このデザインで統一したいほどの素晴らしさにレンドを褒め称えていると、どうやらキキも感銘を覚えたようで、小人の手を取っては極上の笑顔を向けるのだった。


「ほ、本当にステキねぇ。レ、レンドったら、また腕に磨きがかかったんじゃない?」

「……そ、そんなこたぁねえけどよ……」

「いやいや、期待していた以上の物だったからビックリしたよ。さすがは一流の大工だな」

「……へへっ、そうかい?」


 たった数瞬前までガックリとうなだれていたのが嘘だったかのように、すっかりと表情いっぱいに自信を取り戻したレンドは、そうだろうそうだろうと何度も頷き、


「まぁよ! おれっちの手に掛かりゃあ、お茶の子さいさいよっ!」


 なんて具合に高笑いをするのだった。いつものことながら、感情の起伏が激しいなあ、おい。


「おう、それとよ! 頼まれていた“これ”も作っておいたぜ!」

「おお、ありがとうありがとう! 助かるよ」


 そうしてレンドから受け取った木製の製菓器具も、注文した家具に匹敵するほどに素晴らしく、俺は少しでも不安に思っていた自分を恥じ、小人に心から感謝するのだった。


「と、透さん。そ、それはいったいなんなのですか?」


 興味津々といった様子で、キキは調理器具を眺めやっている。俺は猫を模した形のそれを持ち上げて、訝しげな妖精へと視線を向けるのだった。


「抜き型だよ。これでいろいろな形のクッキーを作るんだ」


***


 クッキーは初めてのお菓子作りにピッタリだ。俺も何度となく作ってきた。ベースの生地さえ作ってしまえばアレンジも利くし、なにより手作りならではの美味しさがある。


 まずは常温に戻したバターをボウルに投入する。砂糖を加えて白っぽくなるまで混ぜよう。


 ここに溶き卵を加えてさらに混ぜ、振るった小麦粉を加えたら木べらで切るように混ぜあわせてひとまとめにしていく。ベースの生地はこれで完成だ。


 生地をいくつかに分けて、そこに様々な材料を練り込んでいく。ドライフルーツ、ナッツ類、細かくした刻んだ紅茶の茶葉。それにアーロンからもらったチョコレートの粉末など。


 練り込んだ生地をしばらくの間、冷やし固めたら、麺棒で薄く伸ばしていく。頼んでおいた抜き型でクッキーの形を作ったら、オーブンでじっくり焼いていくのだ。


 焼き上がったら粗熱を取り、これまたレンドに頼んで置いた小箱に隙無く詰め込んでいこう。


 お土産用の新商品、クッキーの詰め合わせが完成だ!


***


 チョコレート味の黒猫クッキー、デフォルメされた妖精を模した紅茶のクッキー。それにリンゴの形をしたドライフルーツのクッキーなどなど。


 見た目にも楽しいクッキーの詰め合わせは、こちらの世界の人たちには新鮮に映るらしい。


 なにせ、抜き型というものが存在しないのだ。クッキーやビスケットは丸型や四角が常識の世界では珍しく見えるようで、エリーもレオノーラもその華やかを褒めてくれた。


 もちろん、その直後、レオノーラには「おやつにするぞ」と数箱持っていかれたんだけどね。お土産用の商品だっていうのになあ?


 ……ともあれ。


 見た目は及第点を貰えるものだと自負していたので、俺としては予想通りなのだけど。問題は味である。


 特にチョコレートの猫型クッキー。愛猫兼看板猫であるラテをイメージしただけに、詰め合わせから外すことはできない。単一的な色合いになりがちなクッキーのアクセントとしても黒は欲しいからなあ。


 そんなわけで、公平かつ明快に味を評価してもらうべく、俺はとある人物の来店を待って、忌憚のない意見を聞くことにしたのだった。


「なるほど。伺って早々、焼き菓子が出されたのはそのような理由でしたのね」


 椅子にちょこんと腰を下ろしたのは他ならぬサラである。名門の家柄、美味しい物をたくさん食べてきているだろう小さな淑女レディにジャッジを委ねたい。


 そんな思いでサラにクッキーの入った小箱を手渡したのだけれど、そんな俺の覚悟を気に留めるでもなく、サラはさらりと感想を口にするのだった。


「美味しいですわよ?」

「本当に?」

「嘘を言ってどうしますの。上質なクッキーだと、一流の淑女である私が保証いたしますわっ」


 特に紅茶のクッキーがサラの好みにあったようだ。チョコレートのクッキーについても風味豊かだと絶賛してくれた。


「特にこの形が素晴らしいですわぁ。どれもこれも愛らしくて、私、気に入りましたっ! 透様がよろしければ、数箱購入していきたいのですが」

「それはもちろんかまわないけれど。そんなに多く買ってどうするんだ?」

「明日、仲の良いお友だちとお茶会を開くのですわ。その際に、こちらのクッキーを振る舞おうと思いまして」


 サラはそう応じると、優雅な手つきで紅茶を口に運んでみせる。嬉しい申し出だけど、サラと仲の良い友達って、貴族とか上流階級の人だろう?


 そんな人たちの口に合うのかなという一抹の不安はあるけれど、目の前の小さな淑女が味を保証してくれたのだ。ここは自信を持って、持って行ってもらおうじゃないか。


 それに、クッキーがきっかけでお客さんが増えるかもしれないし。いまのところ人間族のお客さんは皆無なので、来客増を願いたいところだね。


 ……と、そんな感じでクッキーの詰め合わせを数箱持ち帰ってもらったのだけれど。


 これが後日、ちょっとした騒動を巻き起こすことになるのだけれど。


 それはまた別の話。

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