40.結界栽培とBLTサンド

 初収穫以来、エリーが管理している家庭菜園は徐々に規模を拡大しつつある。


 当初の目的が「生で食べられる葉物野菜を育てたい!」だったこともあり、キャベツやレタスをメインに、あとは根菜などを栽培していたのだけれど、いまではトマトやキュウリ、ナスの他、ハーブ類なども育てていて、ちょっとした農家みたいな感じになっているのだ。


 そのうち、ミーナから野菜を購入することがなくなるんじゃないかとも思ったけれど、青果類だけでなく精肉類も仕入れてくれているので、口やかましくも優しい女将との付き合いはまだまだ続きそうである。


 ……いやね? ミーナさんってば、やってきたらやってきたで、「今日も女神様は美しかったよぉ」とクローディアの話をするのはいいんですよ。


 その次に必ず話題に上がるのが、

「アンタ、聖女様に手を出してなんかいないだろうね!?」


 と、こんな調子で詰問されるのがマジでキツいわけですわ。


 いや、断っておくけど、手は出していないよ? 手は出していないけど、なんというか、いい関係が築き上げられていることは確かだからさ、否定しにくいのが厳しいわけだ。


 最初は驚いたエリーのモーニングコールなんて、もうすっかり毎日の習慣になってしまったしなあ。


 早起きは苦手なほうだけど、柔らかな笑顔で「おはようございます」と声をかけられることで、起きるのが楽しみになったもんな。エリー様々ですよ、ホントに。


 ごくごくまれに、エリーより早くレオノーラが寝室に潜り込んできては、俺の上にまたがり、


「透、朝だ。お腹が空いたぞ。ご飯を作ってくれ」


 という、強制的な目覚めを強いてくることもあるんだけどね。起こすのはいいとして、いまだに慣れないから、またがるのは止めてくれないかなあ?


 それを見たエリーが頬を膨らませて拗ねるもんだから、なだめるのにも気を遣うし。この間なんて、出遅れたことを本気で悔しがったのか、


「ダブルベッドを買いましょう! そうすれば、毎朝、私が透さんを起こせますからっ!」


 なんて言い出すし、いやいや、うら若い男女が一緒に寝るのはいかがなものかと、どうにか思いとどまるように説得していると、よせばいいのにレオノーラが口を挟んで、


「それならキングサイズのベッドを買おう。私とラテさんも含めて、みんなで寝ればいい」


 とか言って、ちょっとした騒ぎになるし。どうにもこうにも相変わらずって感じなのだ。


 ……冷静に考えると、ノロケ話をしていると誤解されるような内容だな……。違うっ! 断じてそういうものではないので、石を投げるのはおやめくださいっ!


 はあ……、ともあれ話を戻そう。なんだっけ、家庭菜園だっけか?


 そうそう、生でも食べられる野菜を育てるにあたって、エリーがちょっとした実験栽培に乗り出してくれたのだ。その名も『結界栽培』である。


 つまり、畑の一角に聖なる結界を張り巡らせることにより、害虫やら病気から作物を守れるのではないか、と。


 当初、エリーからその話を聞かされた俺はといえば、そんなに上手いこといくのかなと不審に思っていたのだけれど、


「やるだけやってみましょう。結界を張り巡らせるのはタダみたいなものですし」


 と、エリーに押し切られて実験してみることにしたのだった。聖女がそんな気軽に結界を張り巡らせていいものか、若干の疑問は残ったけどさ。


 そんなわけで、キャベツ、レタス、トマト、キュウリを対象に『結界栽培』は始まったのだった。比較対象として、結界を張り巡らせていない畑も用意しておき、こちらは俺が担当する。


 そして月日は流れ、四種類の作物が収穫を迎えた頃、エリーの『結界栽培』は正しく報われる結果となるのだった。


「まさかこんなに違いが出るとはなあ……」


 結界で育てた作物と、そうでない作物を両手に取りながら、俺はしみじみと声に出した。明らかに結果が異なるのだ。


 『結界栽培』で育てた作物は、普通に育てた作物より一回りほど大きい。それに色つやも良くて、虫に食われた箇所も見当たらない。


 俺が担当した畑の作物はとにかく虫食いが酷い。害虫駆除の農薬を散布していたけれど、鳥害も酷く、ぶっちゃけてしまうと家庭で食べるのも躊躇するレベルのものが大半を占める。


 畑仕事をサボっていたわけじゃなくて、真剣に手入れをしてこの有様なのだ。農家さんたちの苦労を身をもって知るというか、新鮮な野菜を食べられることにあらためて感謝を覚えるというか。


 なにより、エリーの『結界栽培』が凄すぎるっ。女神クローディアの聖域も反則級に凄いと思ったけれど、聖女の能力も同じぐらいにすさまじいものがあるな。


「エヘヘヘヘ、上手くいって良かったですっ!」


 端整な顔立ちに愛らしい微笑みを浮かべながら、エリーは満足げに呟いた。こういう時のエリーは聖女の顔ではなく、無邪気と無垢をない交ぜにした雰囲気を漂わせる。


「いやほんと、疑って悪かったよ。ここまで上手くとは思わなかったからさ」

「この分だったら、生でも食べられるんじゃないですか?」

「そうだね。病気とか悪い物もついてなさそうだし、このまま美味しく食べられそうだ」


 土壌に肥料こそ与えているとはいえ、『結界栽培』には農薬などを一切散布していないのだ。であれば、加熱処理しなくても十分な水洗いで細菌類は落とし流せるだろう。


「それで、えっと……。私、透さんのお役に立てましたか?」


 野菜を眺めやっていると、エリーがおそるおそるといった具合に尋ねてくる。個人的には、なにをいまさらといった感じなんだけどなあ。


「お役に立てたもなにも、エリーにはいつも助けられているよ」

「本当、ですか?」

「前にも言ったけど、エリーがいなかったら、やっていけなかったんだから」


 念を押すと、エリーは頬をさらに緩ませて、それを隠すように両手でほっぺたを抑えた。おそらくだけど、聖女としてはなく、普通の女の子として褒められることには慣れていないのだろうな。


「あ、あの、それで」


 身体をもじもじとさせながら、エリーはちらりと俺を見やり、それからためらいがちに続けてみせる。


「う、上手くいったので、透さんからご褒美をもらいたいなって」

「え? ああ、そりゃあもちろん。なにがいいんだ?」

「あ、あの、頭を撫でてもらえると……」


 エリーはそう言うと、プラチナブロンドのロングヘアを揺らしながら、おずおずと頭をこちらに向けるのだった。


 ……そんなことでいいのかと、一瞬、意外に思ったものの、いざ手を差し出そうとするとなんだか気恥ずかしいものを感じ、行為をためらってしまう。


 いや、決して変なことをしようとしているわけではないので、ためらう必要はないんだけどさっ。


 数拍ののち、ようやくといった感じで腕を差し出した俺は、エリーの頭に手を添えて、美しいプラチナブロンドの髪を撫でるのだった。


「んっ……」


 声に出し、ぴくりと身体を動かすエリーに驚き、俺は思わず身体をのけぞらせる。


「ゴメンっ! 変な感じだった?」

「い、いえ、そうではなくてっ! そ、その、心地よくて……」


 俺の手を握ったエリーは、そのまま自分の頭へ誘導し、続けるように視線で促すのだった。手触りの良さを確かめるように、俺はぎこちなくも、ゆっくりと手を動かす。


 すると再び俺の手を握ったエリーは、熱のこもった頬へその手をあてると、ゆっくりとすり寄せ始める。


 辺りを静寂が包む中、潤んだ眼差しが俺の瞳を捉えて離さない。やがて風に乗って木々のうごめく音が耳に届くと、俺は我に返って、エリーに声をかけた。


「あの……、そろそろ」

「そ、そう、ですか?」


 名残惜しそうに俺の手を離したエリーは、頬を紅潮させたまま、口を開いた。


「透さん、その……」

「……?」

「ぎゅって、したいんですけど、いいですか?」


 前にも言ったけれど、それはいろいろと我慢できなくなりそうなので、いまはお互いに止めておくことにしましょうっ!


***


 はあ、危ない危ない、あやうく理性が飛んでしまうところだった。


 気を取り直してランチにしましょう、そうしましょう。


 さてさて、新鮮な生野菜が手に入ったので、これを活かした料理を作ろうと思う。サラダも考えなかったでもなかったけれど、ここは王道としてサンドイッチを作ろうじゃないか。


 パンはあらかじめ焼き目を付けておき、バターを塗っておく。ベーコンを切り分け、フライパンで焼いたものをそこに乗せるのだ。


 よく洗い、水気の切ったトマトをスライスし、ちぎったレタスとともにベーコンの上に重ねていく。もう一枚パンをのせたら、軽く潰すように押して食べやすい大きさにカットしよう。これでBLTサンドは完成だ。


 付け合わせはシンプルなポテトサラダにする。薄くスライスしたキュウリを塩もみし、水気をよく切っておく。


 蒸かしたジャガイモを粗く潰したら、先ほどのキュウリと細かく刻んで炒めたベーコン、マヨネーズ、塩コショウを加えて味をととのえる。


 お皿に盛り付けたら、採れたて野菜で作ったランチのできあがりだ。


***


「美味しいっ! シャキシャキして、食感も楽しくてっ」


 初めて食べる生野菜をいたく気に入ったようで、エリーは感動したように顔を上気させている。


「生で食べるお野菜って、こんなに美味しいものなんですねっ! 知りませんでしたっ」

「レタスやキュウリは加熱しても美味しいけどね。今日は使わなかったけれど、キャベツも甘くて美味しいよ」


 話しながら口にしたポテトサラダも、BLTサンドに負けじとなかなかの出来だった。キュウリの歯ごたえがいいアクセントになっていて、食べていて飽きない一品になっている。


「これだけ美味しいなら、お客さんも喜んでくれるんじゃないですか?」


 嬉しそうに呟くエリーの顔を見ながらも、俺は若干の不安を覚えてしまう。確かにお店のメニューとして加われば、お客さんも喜んでくれるだろうけど。


「けど?」

「手間が掛かりすぎかなって? ほら、『結界栽培』はエリーにしかできないだろう? 聖女としての役目もあるし、四六時中、ここにいるわけじゃないからさ」

「大丈夫ですよ。聖女としての役目はありますけれど、私はずっとここにいますから」


 柔和な笑みを浮かべ、エリーはこちらを真っ直ぐに見つめる。そして、一語一語確かめるように続けるのだった。


「私は、ずっと、透さんと一緒にいますから」

「……エリー」


 温かな時間が店内を包み込んだ、その時だった。


「透ぅ、私もずっと一緒にいるぞぉ……」


 うらめしそうな声が入り口のほうから響き渡り、思わず振り返った先には、扉から覗き込むようにして様子をうかがうレオノーラの姿があった。


「レオノーラっ、いつの間に!?」

「ついさっきだ……。仕事が早く終わったから帰ってきたと思えば二人して……」


 わなわなと声をふるわせる女剣士。修羅場の予感がすると身構える俺を無視するように、レオノーラは口を開いた。


「ふ、二人して、私に隠れて美味しそうな物を食べているじゃないかっ!!」

「……はい?」

「ずるいぞ、透もエリーも! 今日の朝食にはそんな食材なかったじゃないか!」

「いや、これは、さっき畑で採れたもので……」

「夕食まで待ってくれても良かっただろう? 二人とも薄情だっ、私だって、ずっとずっと一緒に暮らしているのにっ!」


 さめざめとした表情ながらも席に着いたレオノーラは、そのまま俺の皿へと手を伸ばし、BLTサンドを掴んでは口に運んでいる。


「むっ、これは初めての食感だな、透。あと三十個は食べたいぞ」

「そんなに用意できるかいっ」

「にゃあ……」


 ああ、寝ていたはずのラテも起きてきてしまった。ご飯だよな? そうだよなあ。わかったわかった、まとめて用意するから待っててくれよ。


 慌ててキッチンへと足を運ぶ俺を見て、さすがのエリーも苦笑いを浮かべている。


 ……これはこれで賑やかで楽しい日々だけれど。お互いのためにも、いずれは態度をはっきりさせないとな。

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2024年11月22日 12:00 毎週 金曜日 12:00

猫と聖女と、異世界カフェと~誤召喚されたけど、美味しい生活始めます!~ タライ和治 @TaraiKazuharu

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