6.ふんわり卵のオムライスと黒猫との出会い

 『魂の晩餐』に向けて準備を進めるぞ! ……と、意気込んだまでは良かったけれど。


 エリーとレオノーラいわく、連絡があるまでは普段通りで大丈夫ということで、カフェ『妖精の止まり木』は通常営業を続けることになった。


 まあ、通常営業といったところで、エリー以外のお客さんはいまだにゼロなんですけどね!


 レオノーラ? あれをお客さんと呼んでいいのだろうか……? 料理でもてなすというより、料理で戦ったみたいなもんだし。一応、お代はもらっているから、お客さんなんだろうけど。


 なにはともあれ。


 以前のようにいい加減な運営はもうしないと決意したのである。お客さんが快適に過ごせるように、店内を念入りに掃除して、食器類を磨き、今日もカフェ『妖精の止まり木』は準備万端で開店を迎えたのだった。


 ……で、その結果。


 本日の来客、なんとゼロ! まあ、そんなに上手くいくはずないですよねえ……。


 というかさ、こっちの人たち、食に対して閉鎖的すぎやしませんか? 自分で言うのもなんだけど、変な料理を出しているつもりはないんだけどなあ。


 いっそ、露天商を開いたほうがいいのかね? お弁当を売るとか、元いた世界の料理の布教活動を少しずつ進めていくのも手かもしれない。


 今度、ミーナに相談してみようかなとか考えつつ、俺はカウンターに座る同居猫の名を呼んだ。


「ラテ、ご飯にしようか」

「にゃ」


 カウンターの上で大きく伸びをしたラテは、床へと飛び降り、そのままカウンターキッチンの中に入ってくる。


 頭を撫でてやると、ラテの目がうっとりと細いものになる。三十日間来客ゼロという悲惨な状況でも、孤独感にさいなまれることがなかったのは、この愛猫がいてくれたおかげだ。


***


 ラテと出会ったのは一ヶ月前の話になる。


 カフェ『妖精の止まり木』のオープン当日。看板を立てかけるため、俺が店の扉を開けたところ、入り口の前に黒猫が礼儀正しく座り込んでいたのだ。


 まるで開店を待ち焦がれていたかのような雰囲気を漂わせる黒猫は、美しいオッドアイを持っていて、その瞳に引き込まれるかのように俺は思わずしゃがみこみ、黒猫に話しかけていたのである。


「お前、どこから来たんだ?」

「なー」

「なー、じゃわからないって。……っていうか、もしかして話していることわかるのか?」

「にゃにゃあ」

「いやいや、偶然だろう……って、おいおい、店の中に入るなって」


 制止する言葉も聞かず、ずいずいと店の中に入ってった黒猫は、カウンターテーブルへ飛び移ると、よほど快適だったのか、そこに座り込んだままウトウトし始めたのだった。


「おいおいおい、寝るなって! 頼むから出てってくれよ」

「なぁぁぁ」

「甘えるような声を出されても困るんだって」

「にゃー」

「いや、だからといって開き直るような声を出されても困るんだけどさ」


 ……やはり人の言葉を理解できるのだろうか? 俺は髪の毛をかきながら、物は試しと思いつつ、黒猫へ問いかけた。


「せっかくだ。ご飯食べていくか?」

「にゃっ!」


 元気よく返事をした黒猫はカウンターテーブルから飛び降り、そのまま俺の足にすり寄って甘え始めた。


 その時、俺は思ったわけだ。この黒猫、めちゃくちゃカワイイ! ……と。


 いや、もちろん人の言葉を理解できるなんて、ずいぶんと賢い猫だなあとも思ったよ? でも、それよりもカワイイが勝ったんだよな。猫is正義ジャスティスとでもいえばいいだろうか。


 元々猫は好きだったし、日本にいた頃はペット不可の家に住んでいたので、猫と一緒に暮らすことに強い憧れがあったのだ。


 いっそのこと、店の看板猫として迎え入れてもいいのかもしれない。そう考えた俺は、早速、この黒猫が快適に暮らせるべく、準備に奔走するのだった。


 ちなみに、ラテという名前は、この黒猫自身が選んだものである。


「候補を挙げていくから、気に入った名前でひと鳴きしてくれ」


 そう語りかけて、見事に黒猫の心を射止めたのがラテだった。カフェにちなんだ名前がいいなと、モカとかクッキーとか、そういった名前もあったけれど、いまではラテ以外ありえないというぐらいにしっくりしている。


 以来、ラテは異世界生活に欠かせない相棒兼同居猫となったのだった。時々、店を駆け回ってはネズミを捕まえたりしてくれるので、ある意味でカフェの守り神となっている。


「にゃあ?」


 愛猫の鳴き声が、俺を回想から現実へと引き戻した。


「悪い悪い。ぼーっとしてた。ご飯用意しないとな」

「にゃ」


 水を張った鍋を火に掛けた俺は、鶏のささみを茹で始める。加熱したささみをほぐし、食べやすくしたら、ラテの食事が完成だ。


「よく噛んで食べるんだぞ~」

「にゃあ」


 うみゃうみゃと鳴き声を上げながら食べ進める黒猫を愛らしく思いながら、俺は自分のための食事に取りかかった。


 ラテと一緒に暮らし始めた影響もあり、頻繁に使う食材は鶏肉である。なにせ、茹でればラテのご飯にできるのだ。その上、どんな料理にも使える万能選手でもある。


 とはいえ、飽きのこない鶏肉料理を続けるのも一苦労するわけで……。


 この日の俺は、先日のトマトソースを生かすべく、日本でも良く作っていた、懐かしの洋食を作ることにしたのだった。


***


 まず、鍋でご飯を炊いておく。異世界に来て安心したのは、割高とはいえ、米が流通していることだった。


 ……とはいえ、日本米に比べるとパサパサで、白米として食べようとすると物足りない。美味しく食べるには工夫が必要だ。


 米を炊いている間、具材を用意しておく。熱したフライパンに油を引き、みじん切りのタマネギと一口大に切った鶏もも肉を炒める。


 塩こしょう、それに先日のトマトソースをたっぷりと加え味付けし、炊き上がったご飯を加えてまんべんなく炒め合わせていく。いわゆるチキンライスを作るのだ。


 ここで別のフライパンを火に掛けて、油を敷いておく。溶き卵にミルクを加えてよく混ぜ合わせ、フライパンへ投入。


 焼いた卵にチキンライスを乗せ、くるりと丸め込んだら、お皿に盛り付ける。卵の上からトマトソースをかけたらオムライスの完成だ!


「我ながら上手くできたな」


 卵でチキンライスをくるむのも慣れたものである。見た目も美しい洋食は郷愁に駆られるものがあるけれど、それはそれ。いまの生活、かなり気に入っているしね。


「ま、それはさておき、いただきます!」


 スプーンですくったオムライスを口に運ぶ。トマトソースのなめらかさと酸味、それに鶏肉のうまみを米が吸い込んで、日本米で作ったオムライスと遜色ない味わいだ。


「うん、美味しい。お米が食べられるのはやっぱり嬉しいなあ」


 異世界系ライトノベルだと、お米が食べられなくて苦労するのがセオリーみたいなところがあるけれど、そんな目に遭わなかっただけでも感謝したい。まったく、食というのは偉大だね。


「にゃあ」


 自分の食事を終えたのか、ラテはテーブルに飛び移ると、興味津々といった感じで、オムライスに鼻を近づけてみせた。


「これは俺のご飯。ラテは食べられないぞ?」

「にゃ」


 わかっているよと言いたげにそっぽを向いた黒猫は、定位置となった場所へ香箱座りをすると、そのままウトウトし始める。


「ホント、賢い猫だな」


 俺は呟くと、再びオムライスへ手を伸ばした。


 こうして異世界の夜は、いつも通り、今日も平穏に過ぎ去っていくのだ。

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