第三章 領地にて蘇る

第1話

 王都から馬車で二日ばかり離れた領地では、屋敷の使用人たちが頭をつき合わせて悩んでいた。


「大奥様から内密に手紙が来ている」

「大奥様はなんと?」

「旦那様と奥様をなんとか仲良くさせろと。どうも旦那様の心が頑ならしい。方法は問わない、成功報酬あり」

「仲良くの定義とは?」

「抽象的だな」

「もしかして旦那様と奥様は相当仲が悪いのか?」

「夫婦らしくないそうだ。それに旦那様は階段から落ちて記憶喪失。とりあえず、デートスポットをすべて書き出してみた」

「仕事が早い」

「旦那様は腕を骨折していらっしゃるそうだから、この遠乗りパターンは無理では?」

「そうだな、消しておく。それにしても旦那様がこちらにいらっしゃるのは……大変久しぶりだ」

「ユーグさんが引退する前は……いや、あれは手紙のやり取りだけでした」

「旦那様がまだ坊ちゃまで、こんなだったときじゃないか?」


 五歳くらいの小さい子供の背丈を手で示す使用人。


「懐かしい」

「時が経つのが早い」

「とりあえず、ユーグさんにも声をかけよう」

「もう伝えてるだろ」


 そんなことを使用人たちで言っていた時もありました。


***


 なんだか、聞いていた話と違う。

 いや、そうではないな。これはイメージと違うと言うべきか。


「旦那様、お手をどうぞ」


 あれが奥様だろうか。なぜ奥様は馬車が到着するなり、ささっと一人で下りて旦那様に貴公子のごとく手を差し出しているんだ? しかも、満面の笑みで。普通逆では? あんな可愛らしい可憐な外見なのに、やっていることが男前すぎる。そして我々は公爵家の使用人なのに、その速さに一切ついていけない。


「あ、あぁ」


 え、これは旦那様?

 あの坊ちゃまがこんなに麗しく成長されて……いや、坊ちゃまは小さい頃から綺麗な顔立ちをされていたけれども。


 しかし、旦那様は怪我をしているから奥様にエスコートされているのか? んん?

 旦那様はやや戸惑ったような様子だが、グイグイと手を差し出す奥様の勢いに気圧されて思わずといった風に手を取っている。


「車いすを用意してもらいますか?」

「いや、大丈夫だ」


 普通に会話しておられるし、仲が良いのでは?

 ちょっとばかり男女逆転してるように見えるけど、仲良いのでは? 気のせいではないくらい奥様がグイグイいってたけど、旦那様も嫌そうな顔ではないので大丈夫では?


「今日からよろしくお願いします。エルシャです」

「…………妻のエルシャだ」


 旦那様、その間はきっと記憶喪失だからですよね?

 とりあえず、奥様は大変お元気だ。旦那様は具合が悪そうだが馬車酔いだろうか。そもそもこの怪我だって奥様を庇ったんだよな? じゃあ、やっぱり普通に仲良いのでは?


 使用人たちは視線だけでなんとなく意思疎通した。あとで王都から来た使用人たちに尋問……じゃなかった聞き込みをするとして。

 とりあえず、様子を見よう。そして書き出したデートスポットを活用するかどうか決めよう。



 奥様って……あの方って本当に貴族なんだよな? 到着してから動きすぎでは? 普通の貴族の奥様ってこんなに体力ないよな?


「旦那様のお食事はできれば細かく切っていただけますか? 一口大に」

「かしこまりました。何か奥様は苦手なものがおありですか?」

「私は何でも食べます! でも、ピーマンと豆は抜いていただけると嬉しいです」


 旦那様はすぐ部屋に引っ込んで書類を確認しているが、奥様は屋敷を全部見て回って近隣まで少し歩いてから最後に厨房に顔を出した。

 そういえば、旦那様は小さい頃から豆が苦手だったな。ピーマンも苦手になったってことか? 奥様が把握しているのは仲が良いといわないのだろうか。


 食事風景を見ても、奥様がやたらと世話を焼いて食べさせようとして旦那様が困ったような恥ずかしそうな様子で口を開けているようにしか見えない。



 観察した結果、使用人たちで夜にまた会議が開かれた。もちろん、聞き込みもした。


「普通に仲良いよな?」

「旦那様は記憶喪失のせいか困っているだけで、奥様がグイグイいってるように見えたけど」

「旦那様が怪我をされてから奥様はあんな調子だと聞いた。それまでは旦那様はずっと仕事で忙しくされていたと」

「怪我の功名?」

「まさか、奥様は旦那様のストーカー?」

「いやいや、ストーカーを奥様にしないでしょ。そもそもこの結婚は旦那様から申し込んだんだから」

「伯爵家から公爵家に申し込めるわけないからな」

「公爵家が力をつけすぎないように中立の派閥から選んだんだよな」

「正直、あの状況羨ましい。俺も食事を綺麗な奥さんに食べさせて欲しい」

「普通に新婚さんだよな」


 一人の使用人のアピールはスルーされた。


「え、あんなに仲が良いなら成功報酬どうなるの」

「さっき奥様、旦那様の部屋の扉に耳を押し当てていらっしゃったよ」

「なんで?」

「旦那様が怪我の痛みでうなされてるかもって心配して」

「もうさ、部屋の中に入っちゃえよ」

「そう言ったんだけど、旦那様は調子が悪いし、寝顔見られるの嫌かもしれないからって」

「えぇ? 奥様って健気な方」

「というか、どうして夫婦で部屋別なの?」

「記憶喪失で旦那様が手を出せないとか?」

「旦那様が怪我をしているから別部屋がいいという話だった」

「あ、そうそう。大奥様からさらなる指令だ。私に孫の顔を見せてくれ、と」


 使用人たちの間で素早くかわされる視線。


「ロマンチック大作戦?」

「どうすんの、子供でも誘拐してくるの?」

「そういう物騒な話じゃない」

「ベッドにバラの花びらを散りばめておくべきだった」

「二日目からそれをやったら変よね」

「薬でも盛るか、閉じ込める?」

「それはどっちも犯罪だから」

「とりあえず、お二人に同じ部屋を使っていただくことから始めない?」

「いいけど、どうやって?」

「寝具を全部水浸しにして旦那様の部屋の寝具だけ無事な状態にしよう。それで奥様には一緒に寝てもらう」

「ワイルドな案だ」


 夜だからか、飛躍する議論。皆やや疲れている。誰だ、酒を出したのは。明日休みの奴だな。


「だって奥様、あんなに健気なのに仕事で放っておかれてさらに忘れられて可哀想じゃない」

「旦那様だって仕方がないさ。早くに大旦那様が亡くなって……真面目な方だから全部背負ってしまったんだろう」


 しんみりした空気と共に、エルシャ同情票とリヒター同情票が割れ始める。これは良くない。


「とりあえず、奥様と旦那様には一緒の部屋で過ごしてもらうということで」


 使用人たちは頷いた。

 ただ、彼らは翌日首をかしげることになる。


 車いすにまだ本調子ではないらしいリヒターを乗せて庭を散歩するエルシャを目撃して、各々何かしら感じたのだ。


「あれ、なんか夫婦っぽくないな?」

「奥様って騎士みたい?」

「どっちかといえば、介護?」

「もう全部失礼だから庇護対象としか見てないってことにしよう」

「奥様、私が守らなければって雰囲気だね」

「やっぱり、あの作戦でいくしかないだろ」


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