番外編
親子
「こ、これがいいです」
「本当にそれが気に入ったのか? わざと小さくて安い物を選んでいないか?」
「値札はついていないじゃないですか」
エルシャは夫と宝石店にいた。連れてこられたというか、昨夜急に行くと言われたというか。
過ぎてしまったエルシャの誕生日の贈り物をくれるらしいのだが、さすが夫は公爵様である。「ここにあるもので気に入ったのはないか」なんて言われても、こんなキンキラキンのお店でどれがいいかなど分からない。
ドレスが必要な時は義母が家に仕立て屋を呼んでくれていたし、装飾品を追加する必要がある時は義母が一緒に付いてきて「これとあれとあれを頂戴」と全部仕切ってくれるのでエルシャは自分で決める必要がほぼなかった。
いくら社交が最低限の契約妻だったからといって、我ながら義母依存が酷い。
現在の状況としては夫と一緒に個室に案内されて、支配人という一番偉い人が次々におすすめを持って来るのだ。値札など一切ついていないが多分、これ、全部高い。
「こちらは奥様の目の色に最もよく似たものでございます」
「妻の目の色はもう少し明るい」
「大変失礼しました。奥様の美しい目の色にこの中で最も近いのではないかと。もちろん奥様の目の色の再現は到底できませんが」
お隣で夫と支配人は何の会話だ。この歯の浮くようなセリフ。本当に人の目の色の会話?
「こんな凄いのをどこにつけていくんですか」
「社交シーズンはほとんど終わりだが、これなんかは小規模のお茶会などでつけてもいい」
「そんなちょっとしたお茶会って……」
夫とはあんなだったので、公爵邸でお茶会などエルシャは開いたことがない。ここでも義母にべったり依存で一緒にいろいろ参加しただけだ。
「バクスター公爵家がお取り潰しになったから、うちも来年からはお茶会を開くことも必要になるだろうな。もちろん王弟派閥がどれだけ関与していたか分かって危険がなくなってからだが」
バクスター公爵家は結局なくなり、公爵領は王家の管轄になっている。夫人も王弟も牢に入っていて個々の裁判はまた開かれるようだ。
お茶会の主催とはまた荷が重い。義母にいろいろ教えを乞わねばならないだろう。エルシャが考え込んでいると、夫は支配人に勝手に指示を始めた。
「これとこれとこれ、そしてこれを」
「ありがとうございます」
「旦那様??」
「この辺りをよく見ていたから全部買うことにしよう。これまで贈り物ができていなかったのだから」
「いやいやいや、こんなにあってもですね。そもそも、旦那様だって私があげたカフスボタンつけてくれてないじゃないですか。こんなに一気にたくさんいただいても、肥やしになってしまいます」
途端にクールぶっていた夫は視線を盛大にそらした。
「……すまない」
「う……そんなに落ち込まれると……私が贈ったものが気に入らなかっただけですよね。あはは、すみません」
というか、義母と夫は本当に親子だ。買い物の際に迷いがない。
義母は食べ物では「ここからここまで全部頂戴」の男前注文である。宝石店でそんなことは価値の分からない下品な行動になるらしいので「あれとあれとこれとこれ」とシュパパと決める。夫もまさかそういうタイプだったとは、血は争えない。もうちょっと悩みましょう。
「父の遺品であるカフスボタンをつけていて、なくしかけたことがあって……その……大切なものを私は身に着けないようにしている。落としたり、なくしたりしたらもう仕事どころではなくなる」
う……この人、どこまで可哀想で可愛いエピソードを持っているのだ。
「じゃあ、私の贈ったものが気に入らなかったわけじゃ?」
「そんなことはない」
夫はふぃっと顔を逸らして、支配人に指示を出しに行った。
あ、あれは照れたな。こういうことで嘘をつく人ではないからきっと捨てたということはないはず……。
エルシャがその日見ていた装飾品は全て、その日のうちに公爵邸に届けられた。
「あらあらあらあらまぁまぁ。あの子ってば独占欲が強いのね」
見に来た義母は口が裂けそうなほど笑っている。だって、エルシャが見ていたのは全て夫の目の色のような宝石だったからだ。さすがに超絶ご機嫌な義母の前でそれを話す勇気はなかった。口が裂けそうで。
「奥様が贈ったカフスボタンですか」
エルシャに問われたリチャードは周囲を思い切り確認してから、誰もいないにも関わらず声を潜める。
「机の中にしまっていらっしゃいます。たまに出して眺めていらっしゃいますよ」
「つけたらいいのに」
エルシャはほんの少し唇を尖らせる。
「私もそう思いますが……やはりなくすのがお嫌なようで。今度は置物やペンにされてはいかがでしょうか。そうすると旦那様もお使いになるのではと」
「そうね……リチャード、モノクル新しくしたの?」
「えぇ、新品はいいです。以前のものは傷が入っていたので、これは良く見えます」
リチャードは得意げにモノクルをくいくい揺らした。
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