第2話

 どうしてあんなくだらない結婚の理想にしがみついていたのだろう。

 夫と仲良くしなければいけない。跡継ぎを作る努力をしないといけない。

 ~しなければいけないに支配されていた。契約結婚なのに。勝手に結婚が神聖なものであると思いすぎていた。


 いいじゃない。金で買われたような結婚でも。


 公爵家では良くしてもらえるし、貧乏な実家には援助してもらえて四人の弟妹は教育がきちんと受けられる。もう少し頑張れば、エルシャと違って結婚の際に持参金だって出せるようになるだろう。そうしたら弟妹たちはこんな風に契約結婚しなくていいし、ものすごい年上に売られるように嫁がなくてもいい。


 旦那様がものすごい年上でなかったことは感謝している。エルシャよりもたった三歳年上なだけ。話はほとんどしないから話が合うかは分からないが、年齢を理由にそういうことにならないのはいい。


 元貧乏伯爵令嬢と、幼くして父を亡くし若くして継いだ夫との話が合うかは自信などないが。夫は公爵家を若くして背負っているのだから、あの態度は仕方がないのかもしれない。彼だってエルシャと同様に余裕がないのだ。


 諦めた途端、そんな同情めいた思考が湧き上がって来る。エルシャもエルシャで弁えていなかったかもしれない。でも、夫があの態度ならエルシャはこの家の中のことしか口は出さない方がいいだろう。



「これは契約結婚だから立場を弁えておくように」


 旦那様になったリヒター・カニンガムには、結婚式の後でそう言われた。

 結婚式は一応あったのだ、一応と言っても公爵家だからかなり盛大なもの。数々の令嬢たちの嫉妬の視線を受けてとんでもなく美味しい料理の味以外よく覚えていない。


 流行りの「お前を愛することはない」ではないのが意外だった。そこまで高慢ちきな人ではなかったのは救いだ。冴え冴えとした美しい顔でそう言って、初夜も何もなく別々に眠ったわけだ。暗闇でも夫の銀髪は綺麗だった。



「もう王宮のパーティーの時期なのね」


 招待状を手にエルシャはうんざりした。

 いくら期待しなくなって諦めたからといって、契約妻として社交の場では夫のパートナーを務めなければいけない。


 夫婦で挨拶をして回って、その後は夫一人で仕事の話をしに行くのだ。それは別にいいのだが、夫は若き美貌の公爵。つまり、女性ファンが多い。


「どうしてあなたみたいな人が公爵様と」

「ただの貧乏伯爵家なのに」

「公爵様ならもっと美しい方と結婚できたはず」

「あんなに公爵様に嫌われているのにエスコートされて図々しい」


 なんて視線どころか言葉まで飛んでくる。女性嫌いな人にそんなギラギラしたところを見せていることが、契約妻としても選ばれない最大の原因だと思うのだが。

 それに、私は契約だから結婚してエスコートされているのに過ぎない。いくら王宮でのパーティーの食事が美味しいとはいえ、楽しめる雰囲気ではない。


 エルシャの契約結婚のことは表向きはバレていないものの、仮面夫婦であることは知れ渡っている。いかんせん、夫の態度が物語りすぎていた。他の女性と仲良くするわけではないが、エスコートしていてもエルシャと夫婦の雰囲気を微塵も出さないのである。とんでもなく事務的だ。さすが女性嫌いと名高い公爵。


「やっぱり、旦那様は男性がお好きなのかしらね」


 エルシャの独り言に控えていた長年勤める侍女がびくりと体を揺らす。

 その反応を横目で見ながら、じゃあ仕方がないわよね、それならもっと早く諦めても良かったと思う。夫の執務室や周辺には長年勤める家令を筆頭に男性使用人ばかりである。


 義母にドレスを相談し、王宮パーティーには久しぶりに正面から顔を合わせた夫と参加した。


 しばらく二人で挨拶回りをしてから、一人になる。

 会場ではすぐに囲まれなかったが、いつの間にかつけられていたようだ。化粧室に行って出てきたら早速、夫のファンの令嬢たちに囲まれた。


この状況ならむしろ、夫に愛人でもいた方が良かったかもしれない。特定の相手が仮面夫婦らしきエルシャしかいないから、ファンも諦められないのだ。


 でもなぁ、いろんなタイプの違う口の堅い女性たちを送り込んでも夫は手も出さない。

 囲まれて異様な雰囲気なのに場違いに悩んでいると、お金持ちそうなご令嬢が口を開いた。

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