第19話 心通う

 アルプは困惑していた。

 この少年から漂う匂いにどこか切なく懐かしいものを感じたからだ。

 それは魂に直接訴えかけてくるような、心地よく、とてもとても優しい匂いだった。


 少年に撫でられた時不覚にも尻尾を振ってしまった。

 しかし反射的に尻尾を振ったその時、アルプの心は満たされた。心は安らぎに包まれたのだ。

 まるで永遠に続くかのような癒しの時間。

 この感覚はアルプが愛する人間とともに過ごした、かけがえのない日々を思い起こさせた。


 アルプの脳裏に彼女の笑顔がよみがえる。

 優しく微笑み、抱きしめてくれたあの温もりのある手。

 彼女の声が今でも耳に響いているようだ。


「アルプ、私のところに来てくれてありがとう」


 彼女はいつもそう言っていた。

 

 彼女が自分をどれほど大切に思ってくれているのか、アルプはいつも感じていた。

 だからこそ彼女を失った時の悲しみはとても深いものだった。

 世界が色を失ったかのように、すべてが虚しく感じられた。


 だが、この少年との出会いによって、失われた色がよみがえるような気がしていた。


 そして今、ユウトを思う気持ちに突き動かされ、アルプは走り出していた。

 彼の心が、深い闇に飲み込まれていくのを感じたのだ。

 クイントの力が少年の魂を蝕んでいく。


 アルプはユウトの心に宿る光を守らなければならない。

 一刻も早く彼のもとへ。

 アルプの脚は風を切って疾走する。


 ユウトの心が助けを求めている。

 その声なき声に、アルプは全身で応えようとしていた。

 自分がユウトを救える唯一の存在なのだと信じていたからだ。


 自分の全てをかけてユウトを闇から引き戻す。

 彼を救うことが今のアルプの使命だと感じていた。


 ユウトの元へと辿り着くと、彼の心はさらに深いところへ落ちて行こうとしていた。

 アルプはユウトの傍らに寄り添うと、彼の心に語りかける。


(ユウト様、今まいります)


 いつの間にかアルプの目には光が戻っていた。

 そして絆で結ばれた力が、運命の歯車を動かし始めた。

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