第6話 初めての異世界

「今日はここまでにしましょう。よく頑張りましたね」

 

 ジェセフに労われユウトはようやく訓練場を後にした。

 疲労困憊しながらも充実感に満ちた表情だった。

 列車の客室に戻ったユウトをアリアナが出迎える。

 

「ユウト、大丈夫?」

 

「イテテテテ、今日も車掌さんの訓練はハードだったよ。体中が痛いや」

 

 ユウトは笑顔を見せるがすでにまぶたが落ちかけている。

 

「さすがにおつかれね」

 

 クックッと笑うアリアナに促されてユウトは座席に腰かけ、そのままゴロンと横になる。

 ぼんやりと列車の天井を眺めながら言葉が漏れた。

 

「オレは簡単には死なない、死んでやるもんか。そのためにオレは強くなるんだ」

 

 やがて睡魔が襲いユウトは眠りに落ちていった。

 

 「オレは…必ず……」

 

 疲れ切った身体を休めるように静かな寝息を立て始める。

 

 アリアナは微笑みながらそっとユウトに毛布をかけた。

 

「おやすみユウト」

 

 アリアナの囁きは眠るユウトには届かなかった。

 列車は静かに次元空間を走り続ける。

 ユウトの冒険の日々はまだ始まったばかりだ。

 

 ガラッ!

 

 車両前方のドアが開き車掌さんが近づいてきた。

 コツコツという足音も今日は少し弾んでいるように聞こえる。

 

「次の停車駅は、エーテリア半島でございます。到着まであと10分ほどでございますので、降車のご準備をお願いいたします。なお停車時間は48時間となっております」

 

「うおー、オレにとってやっと最初の停車駅だ!!!なにがあるかなあ、うまいものとかあるかなあ、ワクワクするなあ」

 

「ふふふ、そうよね、楽しみね」

 

 ユウトはとにかく落ちつかず、客車の中をうろうろし出した。


 "ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ"


 列車が激しく揺れ,、エーテリア半島がある世界に入ったことがわかる。

 

「ほら、見て」

 

 アリアナにいわれた通りにユウトが窓の外を見るとそこは濃い緑に覆われた森の上空だった。

 列車はまるで鳥が滑空するようにゆっくりと高度を下げていく。

 分厚い雲を抜けると、そこには信じられないほど美しい光景が広がっていた。

 

 列車は銀河の川を滑るかのようにエーテリア半島の大空を進んでいく。

 窓の外には朝日に照らされた大地が、宝石箱をひっくり返したかのような輝きを放っていた。

 緑濃い森がまだ薄暗い地上に神秘的な影を落とし、その合間を縫うようにきらめく川が蛇行している。

 遥か彼方には鏡のような光沢を放つ湖面が朝焼けの空を映し出していた。

 湖面に浮かぶ朝もやが幻想的な景色にさらなる深みを与えている。

 

 列車はさらに高度を下げ広大な平原の上を進んでいく。

 草原は朝露に濡れて銀色に輝き、風に揺れる草穂は銀の波のようにさざめいている。

 地平線の彼方には威風堂々とそびえ立つ山脈が姿を現した。

 山肌は朝日により金色に輝いていて、神々が宿る神殿を彷彿とさせる荘厳な姿だ。

 

「エーテリア半島はまるで中世のような世界よ。剣と魔法が支配する幻想の世界。騎士や魔法使いが活躍し、ドラゴンや魔物がばっこする。そして美しい自然と調和しながら生きる人々の姿もある。まさに神秘と冒険に満ちた神々が作りし大地ね」

 

「これが異世界かあ、すげえなあ、ここから始まるんだなオレの冒険は、ここから!」

 

 アリアナの話を聞き、キラキラと子供のような目で車窓から見える壮大な景色に見とれながらユウトは思わずつぶやいていた。

 

 次元列車はゆっくりと高度を下げながら進んでいった。

 そして森の中の小さな小屋の近くに滑り込んでいく。

 どうやらこれがこの世界の駅舎のようだ。

 朝もやに包まれた神秘的な森。きらめく川と湖。銀色に煌めく草原。そして金色に染まる山並み。

 エーテリア半島の朝は自然の美しさに満ちていた。

 

「さあ、冒険の始まりだ」

 

「ちょっと待って、列車を降りる前にいくつか話しておかなければいけないことがあるわ」

 

 意気揚々と降車口に向かおうとするユウトにアリアナがストップをかけた。

 

「異世界の中には次元列車の存在を知らない所もあるの。ここエーテリア半島もその一つよ、だから列車のことは内緒にしておかないといけないわ」

 

「なるほど、列車を知らない世界もあるか...オレの世界もそうだったんだよな」

 

「そうね……」

 

「ホントにアリアナには感謝してるよ!オレをこの旅に連れ出してくれて」

 

 ユウトの感謝の言葉に、アリアナは優しい微笑みをたたえるだけで何も言わなかった。

 

「ユウト様、どうぞお気をつけていってらっしゃいませ」

 

「ああ、行ってくるよ車掌さん!」

 

 ユウトは深呼吸をするとアリアナと共に列車を降りた。

 降りるまでは確かに列車の中だったはずだがイオタ-i9の外観は馬車になっていた。

 列車は存在を知られないように停車する世界によっては姿を変える。

 

「すげーなあ、あの馬とか一体どうなってるんだ」

 

 話には聞いていたが実際目の当たりにすると驚くばかりだ。

 

 あらためてユウトは初めての異世界から伝わってくるエネルギーに圧倒される。

 都会で育った彼にとってこれほどまでに生命力に溢れた光景を目にしたことがない。

 

 スゥゥゥ

 

 深く息を吸い込むと肺の奥底まで澄んだ空気が染み渡っていく。そのすがすがしさに、ユウトは思わず目を閉じた。

 

「昔の地球もこんなに美しい世界だったのかな」


 ユウトは感嘆の声を上げながらゆっくりと周囲を見渡す。

 

「ここはソルディア王国の近くよ、城下町に行って美味しいものでも食べましょう」

 

 アリアナの提案にユウトの目がキラキラと輝く。

 

「いいね!腹が減っては戦はできぬ!だね」


 ユウトは喜んで意気揚々と歩き出した。

 

「ずいぶん古い言葉を知っているのね」

 

「ああ、母さんがそういってごはんだけはお腹いっぱい食べさせてくれたんだ。どんな時でも人間食べてればなんとかなるものよってさ」

 

「だからあなた、いつもいっぱい食べるのね」


 クスクスと笑いながらアリアナが嬉しそうに言った。

 

「いいお母さんね」

 

「ああ」

 

 チラリとアリアナを見て返事をしたユウトはちょっと照れくさそうに歩く速度を上げる。

 

「あぶないわよ、ユウト」

 

「アリアナは心配性すぎるんだよ。子供あつかいして、俺だって少しはできるようになってるはずさ」

 

 などとぶつぶつ独り言を言いながら歩いていると、いつの間にかアリアナとの距離があいていた。

 すると突然前方の茂みから不気味な唸り声が聞こえて来る。

 

「グルルル…」

 

「なんだ?!」

 

 ユウトに緊張が走る。

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