第5話 車掌さん

 トンネルを抜けた瞬間、ユウトの目の前に広がったのは信じがたい光景だった。

 目の前に広がるのは一面の深紫の空間だった。

 無数の異世界がまるで星のようにきらめいている。

 しかしよく見るとそれらの形状は一様ではない、球体もあれば、立方体やピラミッド型のものもある。

 そしてそれらが不規則に、しかし妙な調和を保つように配置されているのだ。

 異世界の中には時折、光の粒子のようなものが飛び交っているのが見える。

 背景の色も刻一刻と変化している。

 深紫から漆黒へ、そして鮮やかなエメラルドグリーンへと移り変わっていく、まるでこの空間自体が生きているかのようで美しく幻想的である。

 

 ユウトは息を呑んだ。これがアリアナの言う次元空間なのだ。

 そう、ここは宇宙ではない。もっと不思議で非現実的で、そして無限の可能性を秘めた空間なのだ。

 

「信じられない光景だね…」

 

「これが異世界を繋ぐ次元空間よ」

 

 ユウトは改めてこの空間の不思議さに圧倒される。

 そんな彼の背後からコツコツコツと一定のリズムで近づいてくる足音が聞こえた。

 

 振り返ると、そこには制服に身を包んだ男性が立っていた。

 彼がこの列車の車掌であることは誰がみても明らかだったが、その迫力にユウトの背筋がピンとする。

 年齢は50代後半ぐらいか、立ち姿は2メートル近い堂々たる体躯で、発達した筋肉がさらに彼を大きくみせている。

 左の頬から額にかけて目の上を横切る大きな傷跡と深い皺が刻まれた顔は、幾多の戦いを乗り越えてきた勇士を彷彿とさせた。

 彼の顎には、戦いと経験の年輪を重ねたかのような、堂々たる白髪の髭が繁っている。

 それは一筋も乱れることなく整えられていて、その濃密な毛並みは彼の厳格な人生を物語っているかのようだった。

 男性は黒い制服に身を包み制帽を目深に被っており、その制帽のつばが彼の表情に陰を落としさらに迫力を増していた。

 アリアナが会えばわかると言っていたがまさにひとめ見ただけで強者とわかる風貌だ。

 

 「うわっ!」

 

 ユウトはその巨体の迫力に思わず声を出した。

 

「ご乗車ありがとうございます。星野ユウトさま」

 

「え?あ、車掌さん?」

 

「はい、当列車の車掌を務めます"ジェセフ"と申します。もっとも皆様は愛着を込めて車掌さん♪と呼んでくださいますが」

 

 ユウトは、"はははは"と愛想笑いをしてみせる。

 

「あれ?オレのこと……」

 しかし突然名前を呼ばれたことにユウトは戸惑う。

 

「アリアナ様から伺っております」

 

「あ、なるほど、これからよろしくお願いします」

 

「はい、ユウト様、こちらこそよろしくお願いします。さっそくですが我が次元超特急イオタ-i9の設備についてご説明いたしましょう」

 

 そう言うとジェセフが食堂車の使用や図書館など様々な施設の説明をしてくれた。

 

「あと射撃場や戦闘訓練をおこなえる空間もございます」

 

「列車の中に訓練場みたいなものもあるのかい?」

 

「はい!このイオタ-i9は科学だけではなく魔法も用いられてつくられた最新鋭の次元超特急ですから」

 

「はーとんでもないなあ」

 

 ユウトの感嘆の言葉に少し誇らしげに見える車掌さんであった。

 

「車掌さんに見てもらいたいものがあるんでしょ」

 アリアナがユウトに銃を見せるように促した。

 

「あ、そうだ、この銃を見て何かわかることがありますか?」

 

 ホルスターに収まった銃を車掌さんに渡し、銃についての顛末を簡単に話す。

 

「ご両親が……なるほど」

 

 ユウトの話を聞くと車掌さんは慣れた手つきで銃を調べ始めた。

 

「ふむ、まずこのグリップの紋章ですが、シャドウファングのものですね」

 

「シャドウファング……」

 

「はい、シャドウファングは反帝国連合である自由次元連合の部隊のひとつです。その活躍は目覚ましく、独立部隊として帝国内部に深刻な打撃を与えたこともあるなどその活動は伝説となっているほどのチームです。それとこの銃はカスタマイズされていてかなり威力も上げてあり、反動もなかなかのものになりそうですから女性では扱いにくいでしょう、おそらくお父上の銃ではないですかな」

 

「父さんの銃……」

 

「ええ、それにシャドウファングは漢の中の漢が集う男臭い集団だとも聞いておりますしな」

 

 ガッハッハッハッハッハ

 

 何が面白かったのかユウトにはわからなかったが車掌さんは豪快に笑っていた。

 しかし真顔に戻り。

 

「カスタマイズのこだわりやこの歴戦の傷跡を見れば持ち主は相当な実力がある戦士でしょう、つまりこの銃もホルスターも共に死線をくぐり抜けてきた相棒のようなものだ、それを残して旅立つ意味とはなんですかなあ」

 

「そうか、父さんはオレがいつか旅立つ時が来るとわかってたんだ、だからこれを残した……ちがうかい?」

 

「お父様は自分の運命にいつかあなたを巻き込むことになるかもしれないと考えていたのかも知れないわね」

 

「うん!でもこれはもうオレの運命だからそこから逃げるわけにはいかないんだ、オレはオレに今できることを精一杯やるよ、そうすれば父さんと母さんにも近づける気がする!」

 

「その心意気やよし!ですな。それでは私から一つ提案させていただきましょう」

 

 ユウトの決意をほほうと感心しながら聞いていた車掌さんから提案がされた。

「この旅の間、先ほどお話しした訓練場で、わたしの戦闘訓練を受けてみてはどうでしょう?」

 

「戦闘訓練?車掌さんが教えてくれるのかい?」

 

「ユウト様にその覚悟があれば、の話ですが」

 

 そういう車掌さんの周囲には、まるで炎のようにゆらゆらと揺らめく強靭な戦士のオーラが漂っていた。

 その迫力にブルブルっと武者ぶるいするユウト。

 そんな車掌さんが教えてくれるというのだ、断る理由はない。

 

「うん、ぜひ!よろしくお願いします!」

 

「ふむ…では訓練場へ行って早速訓練を始めましょう」

 

「えーー?今からかい?」

 

「今回のルートではイオタ-i9は帝国領を通過する予定です。まだまだ先にはなりますが1分1秒でも時間を無駄にすることはできませんよ」

 

「そうだよな、やるって決めたんだもんな、わかった、がんばるよ!」

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