第28話 冬の世界

 列車の窓から見える景色が、徐々に白く染まっていく。ユウトは息を呑んで、その光景を眺めていた。


「ねえ、聞こえた?」

 

 突然ミナトの声が車内に響いた。


「何が聞こえたの?」


 アリアナが首を傾げる。その長い黒髪が、優雅に揺れる。


「アルプの声よ。テレパシーで…」


 ミナトの声には、驚きと興奮が混ざっていた。


『おや、ミナト様にも私の声が聞こえるようになったのですか?』


 アルプの声がまるで空気中を漂うように三人の頭の中に響く。

 アリアナも驚いた表情を浮かべ、その大きな瞳を更に見開いた。


「へえ、みんなにも聞こえるようになったんだな」


 ユウトが嬉しそうに笑う。その笑顔には、少年らしい無邪気さが残っていた。


 列車の窓から見える景色が、徐々に白く染まっていく。

 ユウトは息を呑んで、その光景を眺めていた。

 そこへ車掌さんが姿を現した。その堂々とした体格はまるで山のように大きく見え、車内に存在感を放っていた。

 

「皆様」車掌さんの低く落ち着いた声が響く。

「次の停車駅は、永遠の冬の世界でございます。停車時間は8時間となっております」

 

 車掌さんの言葉に、ユウトの目が輝いた。


「冬の世界?」

 

 アリアナが説明を始める。その声は、まるで古い物語を語るような響きを持っていた。

 

「ここは世界全てが雪で覆われていて、気候の変動があるものの雪が溶けることはない永遠に冬が続く世界なの。そのため食べ物も雪の中でも育つ雪キャベツや雪じゃがいもなどの農作物としても珍しいものが多いわ」

 

「へぇ、すげぇな」ユウトが感心する。その目は好奇心で輝いていた。

 

「この世界は一年中雪の中だけど、一応季節があって、今は春で比較的過ごしやすいのよ」

 アリアナは微笑みながら付け加えた。

 

 ユウトもミナトも雪に覆われた世界は初めてだと喜ぶ。二人の顔には、まるで子供のようなワクワクした表情が浮かんでいた。

 車掌さんは、彼らの反応を見て満足げに頷いた。

 

「そうですね。この季節は特に素晴らしい景色が楽しめますよ」

 

 彼の言葉に、一同の期待感がさらに高まった。


「この季節は雪桜で花見酒が実に美味い」車掌さんの声には、懐かしさと期待が混ざっていた。

「さらにこの世界特有の農作物から作られる味噌ベースの雪鍋は絶品ですよ」


 ユウトたちの食欲が刺激される。ミナトは思わず唾を飲み込んだ。

 列車は徐々に速度を落とし、やがて山の中の洞窟に滑り込むように停車した。

 窓の外は真っ暗になり、車内の明かりが一層明るく感じられる。


「近くには昔の日本のような雪谷村があるそうだよ」


 車掌さんからそう聞いてユウトが興奮気味に言う。その声には、冒険への期待が溢れていた。

 出発前にアリアナがブレスレット型の装置を渡す。


「これはバリアコートと言って、肌を包み込むバリアよ。たとえ裸でも数時間なら外気温から守ってくれるわ」

 

 アリアナの説明に、ミナトは感心したように頷いた。

 装置を身につけ、一行は列車を降りる。洞窟の中は驚くほど静かで、彼らの足音だけが反響していた。

 洞窟の出口に近づくにつれ冷たい風が顔を撫でる。

 そして出口を出た瞬間、彼らの目の前に広がったのはまさに銀世界だった。

 眩いばかりの白い雪が地平線まで果てしなく広がっている。

 空は澄んだ青色で、雪の白さと鮮やかなコントラストを作り出していた。


「わぁ…」


 ユウトとミナトが同時に声を上げる。その声には、純粋な感動が滲んでいた。

 アリアナも微笑みながら、「美しいわね」とつぶやく。

 彼らが歩き始めると、靴の下で雪がキュッキュッと音を立てる。

 息を吐くと、白い煙がモクモクと立ち上る。


 村に近づくにつれ空が徐々に曇り始め、やがて小さな雪の結晶が舞い始めた。


「雪だ!」ユウトが嬉しそうに叫ぶ。彼は手を伸ばし、落ちてくる雪を掌で受け止める。


 ミナトも同じように手を伸ばし、「冷たい…でも、なんだかうれしい」と呟いた。


 穏やかに降る雪に一行は感動しながら、ゆっくりと歩を進める。

 やがて彼らの前に雪谷村の姿が現れた。

 古びた合掌造りの家々が雪に覆われ、まるで昔の日本の山村のようだ。

 屋根は重たい雪を支えるために急勾配で、それぞれの家が寒さに耐えるために密接に建てられている。

 煙突から立ち上る煙がのどかな雰囲気を醸し出していた。


「まるでタイムスリップしたみたいだねぇ」


 村に入る直前、ソリのついた台車を押している村人に出会った。その男性は厚い防寒着を身にまとい、髭を蓄えていた。

 ユウトたちは声をかけて手伝いながら、一晩この村に泊まることができないか尋ねる。


「おや、旅人さんかい?」村人は親しみを込めて微笑む。

「喜んで泊めてあげたいところじゃが、今日は特別な日でな。まず村長のところに行ってみてくれ」


「特別な日?」ミナトが首を傾げる。


「ああ、詳しいことは村長が話してくれるさ。一番奥の大きな屋敷が村長の家だ。そこに行ってみな」


 一行は村人に礼を言い、村長の家に向かって歩き始める。

 道すがら雪桜の美しさに目を奪われる。

 白い雪を背景に淡いピンク色の花びらが風に舞う様子はまるで夢の中の光景のようだった。


「きれい…」ミナトがため息をつく。


 その時、村の若者らしき人物がふらふらと歩きながらユウトとぶつかる。

 若者はうつろな表情でしかしなんだかニヤニヤと笑っていた。


「あ、すみません」

 

 ユウトが謝るが若者は何も言わずにそのまま歩き去ってしまう。


「なんだか変な人だったね」


「ああ。雪鍋かあ、楽しみだなあ」


 ミナトの話にも気もそぞろでユウトはユウトは頭の後ろで手を組みながらのんびりと歩いて行いる。

 しかし空模様が少しずつ悪くなってきていることにアリアナは気づいていた。彼女の表情にわずかな不安の色が浮かぶ。

 村長の家に到着し、門をくぐるとそこには立派な日本庭園が広がっていた。

 雪に覆われた石灯籠や枯山水が独特の趣を醸し出している。

 家の中に案内され囲炉裏を囲んで座ると、村長が話し始める。

 その声は長年の経験を物語るように低く落ち着いていた。


「今日は4年に一度、雪女がやってきて村の若者を連れていく日なんですわ」


 一同が驚いて顔を見合わせる中村長の話は続く。

 物語は意外な展開を見せ始めていた。

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