第9話 異世界は楽しい

目の前に聳え立つのは真っ白な城壁。

 城壁の頂上には色とりどりの旗が風になびき、中央には巨大な扉が構えている。

 

「す、すげえ……」

 

 ユウトは思わず息をのむ。

 今まで見たことのない壮大な光景に圧倒される。

 巨大な門の横にはもう少し小さな門がある。

 ミューリンクスの説明によると通常はこちらの門を使って街に出入りするのだという。

 門のそばには衛兵が立っているが往来は自由だ。

 様々な人々がこの門を通って城下町に出入りしているのがわかる。

 商人や旅人、農夫に職人。

 老若男女問わず、実に多様な人々の姿が見られる。

 小さな門をくぐると、そこは市井の人々で賑わう通りだった。

 

「さあ、まずは市場に行ってみましょう!美味しいものがいっぱいあるから!」

 ミューリンクスが楽しそうに言う。

 

「お!いいね!」

 

 ユウトも負けじと意気込み、ミューリンクスの提案に乗ってユウトたちは市場へと向かった。

 市場は城下町の中心部に位置しており、多くの屋台や店が軒を連ねている。

 活気のある声や美味しそうな匂いがユウトの感覚を刺激した。

 

「わぁ……何から食べようかな?」

 ユウトの目は美味しそうな料理の数々を見て、きらきらと輝いている。

 

「ねえユウト、これを食べてみて!」

 

 ミューリンクスがある屋台で何かを買ってきた。

 

「タイガーボアの串焼きよ」

 

「タイガーボア?」

 

 肉汁がしたたる大きな肉の串焼きが食欲をそそる香りを放っている。

 

「もう!食べてみればわかるわよ!はい、あーん」

 

 ミューリンクスが串焼きをユウトの口元に持っていく。

 

「え?あ、あーん…」

 

 ユウトは戸惑いながらも言われるままに口を開け食べた。

 

「どう?美味しい?」

 

 ミューリンクスが期待の眼差しでユウトを見つめる。

 

「う、うまい!」

 

「クセになる味でしょ」

 ミューリンクスが自分の手柄のように得意げに言う。

 

 それから三人は市場を歩きながら、次々と屋台の料理を楽しんだ。

 ミューリンクスに案内され、その後も武器屋や魔法具の店などユウトにとって異世界ならではと言える色々な店をまわり、やがて日が暮れていく。

 

「今日はもう宿屋に行きましょうか」

 

「そうね、いい宿を知ってるわ。ついてきて」

 

 アリアナの提案に乗ったミューリンクスに案内されたのは、街の中心部にある賑やかな宿屋だった。

 

「ここがこの街で一番有名な宿屋よ。一階は酒場になっていて、美味しい料理とお酒が楽しめるの」

 

 木製のドアを潜るとそこには活気に満ちた空間が広がっていた。

 一階の酒場は多くの旅人や冒険者で賑わっている。

 カウンターでは愛想の良い店主が次々と注文を取っていた。

 大きな笑い声やグラスが触れ合う音が宿屋中に響き渡る。

 

「わぁ、すごい賑わいだな!」

 ユウトが感動の声を上げる。

 

「いらっしゃい!泊まりかい?食事かい?」

 カウンターの奥にいる店主が愛想良く声をかけてきた。

 

「あ、泊まりで」

 

 ユウトが答えると、店主は笑顔で頷いた。

 

「あいよ。三人だね一泊銀貨三枚だ。朝食は付かないけどな」

 

「え?あ!」

 

 二人でと言おうとした時、後ろからミューリンクスが私の分も出してくれるのねありがとうと割り込んできた。

 

「じゃあそれでお願いするわ」

 

 アリアナが宿代を前払いで支払い、鍵を受け取ると、三人は二階へと上がっていく。

 部屋に入るとユウトはベッドに腰を下ろした。

 

「ふぅ」

 

 彼は大きく伸びをしながらベッドに背中を預けた。

 さすがに疲れていたのかいつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 

「え?!」

 

 ベットの上でアリアナとミューリンクスの二人に挟まれている!

 

「えええ?!」

 

 思いっきり目をつぶって寝ようとするが、右を向いても左を向いても、とてつもなくいい匂いがする。

 しばらく寝つけないでいるとふと窓の外が気になった。

 

 ユウトはそっと布団を抜け出すと窓際に近づく。

 窓から外を見上げると、彼の目に映ったのは息を呑むほどの星空だった。

 都市の灯りに慣れ親しんだ彼にとってこの無数の星々は文字どおり別世界の風景のように思えた。

 空は漆黒に近い深い藍色で、星々がキラキラと瞬き、まるで天上の海に浮かぶ無数の光の粒子のようだ。

 窓辺の椅子に座り、ユウトはただ呆然とその光景を眺めていた。

 星々は彼がこれまで見てきたどんな星空とも違い、それぞれが生き生きとしており、自分の物語を語っているかのように輝いている。

 

 ユウトは宇宙の広大さと自分の存在の小ささを痛感しながらも、同時に大きな安堵と居場所を感じた。

 満天の星は彼に無限の可能性と冒険への扉が開かれていることを示しているようだったからだ。

 星々の輝きは彼の心を静かに満たし、いつしかユウトは眠りに落ちていった。

 そんな彼を見守るかのように、満天の星は変わらず静かに輝き続け、異世界の宿屋の小さな部屋を神秘的な光で満たす。

 静寂が支配するその部屋で夜の帳が彼を優しく包み込んでいた。

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