第20話 夢

「ここはどこだ?」

 ユウトは真っ白な世界をあてもなく歩いていた。

 しかし不思議と不安はなく、なんだかうきうきしていた。


 しばらく行くと家が見えてきた。

 こぢんまりとしたどこか懐かしさを感じさせる古い家だ。

 近づくと、おばあさんが庭いじりをしている。

 ユウトに気づいたおばあさんが声をかけてきた。


「こんなところで何をしてるんだい?」


「あー、何をしてたんだっけ?んー、歩いてました」

 

 ユウトは少し戸惑いながら答えた。

 おばあさんはちょっと驚いた顔をしていたが、それならうちに寄って行けと招き入れた。

 

「お腹は空いてないかい?」


「そういえば少し…」とユウトが答えると、おばあさんは温かいスープとパンを出してくれた。


「おいしい」ユウトはこの素朴なスープを心の底から美味しいと感じた。

 いつの間にかおばあさんの傍には白い大きなシェパード犬が寝ている。


 おいしいスープとパン、やさしそうなおばあさん。

 ユウトは上機嫌になりいろんなことを話した。

 父や母の思い出、その父と母が行方知れずになり探して旅をしていること、旅で素敵な仲間もできて今は気力が満タンだなどと得意げに語った。

 おばあさんは「へー」とか「ほー」とか「それは大変だったねえ」とか相槌を打つのがとても上手で、ユウトは時間も忘れて夢中で話している。


「そろそろ時間じゃないのかい?」

 

 窓の外を見ると、夕焼けの光が外の風景を柔らかな金色に染め上げていた。

 遠くには穏やかに丘をなぞるように連なる小さな家々が見え、その煙突からは薄い煙が静かに上がって空に溶け込んでいく。

 田んぼは夕日を浴びてキラキラと輝き、まるで金色の絨毯を広げたようだった。

 時折風が通り過ぎると稲穂が波のように揺れ、そのさざめきが遠くまで聞こえてくる。

 空はオレンジから紫へと徐々に色を変え、日が沈むのを静かに見守っている。

 この平和な光景はまるで幼い頃に戻ったような懐かしさと心の底から湧き上がる温かさを感じさせてくれた。


「ユウトー」「ユウトー」アリアナとミナトの声が聞こえてくる。


「ほら、お友達が呼んでいるよ」


「え?うん、でももう少しここにいてもいいかなーなんて」

 ユウトは少し残念そうに言った。


 …おばあさんは少し考え込むような表情を見せる。

 

「俺が行っちゃうとおばあさんまた一人になっちゃうだろ?」


「うふふ、やさしいコだね。でもそんな心配はいらないよ。あなたは旅の途中なんだ、やらなきゃいけないことがあるでしょう?ほら列車が出てしまうよ、早くお行き」

 

 おばあさんは立ち上がって玄関のドアを開けた。


「旅の途中?う、うん」

 

 ユウトは少し寂しそうにしながらも立ち上がる。


「このコを連れて行ってやっておくれ。きっとあなたの役に立つはずだよ」


「わかった。また来るよ」

 ユウトは力強くそう言い、アルプと一緒にミナトとアリアナの声がする方へ駆け出した。


「ありがとう、ユウト」

 

 おばあさんは去っていくユウトの背中を見つめながら小さく呟く。

 ユウトは振り返ると大きく力一杯手を振り叫んだ。


「さよならー、おばあちゃーん」


 二人の声がする方へ向かうと、やがてあたりはいつの間にか白く輝く世界へと変わっていた。


「ユウトー」次第に声が近くなっている気がする。


「おーい、俺はここだよー、二人ともどこにいるんだー」

 

 ユウトも声を張り上げて答えるが出口は見えない。


(ユウト様、背中にお乗りください)


「アルプ?お前しゃべれるのか?……まあいいや、それじゃあたのむぞ」

 

 言われた通りに背中に飛び乗ると、アルプはみるみる加速していく。やがて光の粒子が集まるところへ向かって飛び込んでいった!

 真白な光の通路をアルプの背に乗り進む。

 やがてまばゆい光に包まれ、眩しさに思わず目を閉じた。

 不意に体に重みを感じ、そしてゆっくりと目を開けると……

 

「べろべろべろべろ」


「うわ、なんだ!?アルプ!」

 

 ユウトはアルプに顔をベロベロに舐められて目を覚ました。


「ユウトーーーー」ミナトとアリアナが抱きついてきた。


「どうしたんだよ二人とも、おはよう」


「もう、何言ってるのよ!」

 ミナトは涙でボロボロだ。


「なんでも口に入れるのはもうやめなさいね!」

 アリアナは今まで見たことない顔をしている。怒ってる?


「?」ユウトは何がなんだかわからず二人に抱きつかれたままとりあえず謝った。


 アリアナが今までの経緯を簡単に話すと、ユウトはさらに平謝りするしかなかった。


 ノエルが口を開いた。

 

「戻ってこれたのですね。それはよかった。また間違いがあるといけません。もうお立ちになられたほうがいいでしょう」


「ユウトも戻ってこれたんです。みなさんも……」


「私たちは大丈夫です。この島で生まれ、この島で死んでいく、それだけで幸せなのですから」


「でもそれはクイントの木のせいで」


「たとえそうだとしても私たちが幸せであることに変わりはありません」


「でも、でも、子供もいるし私たちと同じ歳ぐらいの子も……」


 アリアナがミナトの肩にそっと手をかけ、首を横に振る。

 

「ミナト、行こう」


 ユウトはそれだけを言って歩き出した。3人とも無言のまま港へとたどり着き振り返る。


 太陽は血のように赤く、その最後の光がクイントの木々を照らし出していた。

 初めてこの島に足を踏み入れた時、眼前に広がる風景はただただ美しいという感想以外にはなかった。

 しかしユウト達にとってその景色は次第に異なる色を帯びてきた。

 かつての美しさが嘘のように……今やその風景は幻想的でありながらも何故か魂を縛り付ける牢獄のように思えてならない。


 船に乗り込もうとタラップを踏むと、今までついてきていたアルプが足を止めた。


「どうした?一緒に行くんだろ?おいで」

 

 ユウトが可能な限り明るく言う。


「おん!」アルプは大きく一声吠えると嬉しそうに一歩を踏み出した。

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