第18話 クイントの花

 ミナトとユウトは村人たちとの交流を楽しんだ後、村のリーダーであるノエルに案内されて島の中心部へと向かった。

 そこには昼間見かけた巨大な樹が聳え立っていた。


「あれはクイントの樹です。私たちにとって最も大切なものなのです」


 樹に近づくにつれ甘い香りが強くなってくる。その香りにミナトは不思議な魅力を感じずにはいられなかった。


「いい香り…なんだか、心が落ち着く感じがする」とミナトが呟いた。


「クイントの香りには不思議な力があるのです。私たちはその香りに包まれて生きています」


 樹の下には白い花が咲いていた。その花びらはまるで光を放っているかのように輝いている。


「これが、クイントの花ね。触れてみてもいい?」


「もちろんです。クイントはあなたを歓迎していますから」


 ミナトは花に手を伸ばした。ミナトが花びらに指を触れた瞬間、温かく心地よい感覚が全身を包み込む。

 まるで花びらが彼女を受け入れてくれたかのように。


「不思議な感覚…まるで、クイントと一体になったみたい」


 ユウトもその様子を不思議そうに見つめている。

 

「ミナト、大丈夫?」


「うん、なんだか心が洗われるような感覚がするの。クイントの力なのかもしれない」


「クイントは私たちに平穏をもたらしてくれます。それは私たちにとってかけがえのない存在なのです」

 ノエルは満足そうに頷いた。

 

 クイントの樹の下でミナトが花びらを手に取っていると、ユウトが近づいていく。


「ミナト、それ食べられるのかな?」


 ミナトは驚いてユウトを見た。

「食べるって…でも、これは特別な花なんだから、そんなことしちゃダメだと思う」


 しかしユウトの好奇心は抑えられない。

「ちょっと味見してみるだけだから大丈夫だって」


 そう言って彼はミナトの手からクイントの花びらを取ると、口に放り込んだ。


「ユウト!」


 ミナトが叫ぶ。しかしもう遅い。ユウトはすでに花びらを飲み込んでいた。

 一瞬ユウトの表情が強張る。ミナトは彼に何かあったのではないかと心配して見守る。

 しかし次の瞬間、ユウトの表情が緩んだ。


「あ……」ユウトが呟く。「なんだか、すごく幸せな気分になってきた…」


「え?」


「ミナト、俺、今すごく幸せなんだ。この島に来れて良かった…」

 

 ユウトはまるで夢の中にいるかのような表情でミナトを見つめている。

 ミナトは戸惑った。確かに、ユウトの表情は幸せそうだ。でも何かがおかしい。

 まるでユウトがユウトでなくなってしまったかのように。


「ユウト、しっかりして!」ミナトが彼の肩を揺さぶる。

 

「あなた、いつもの自分じゃないみたい」


 しかしユウトは幸福感に浸っていてミナトの言葉が耳に入っていない様子だった。


「ミナト、この島で暮らそう。ずっと幸せに暮らせるんだ…」


 ミナトは言葉を失った。ユウトのこんな姿を見るのは初めてだ。彼はまるで別人のようだった。

 その時、ノエルが近づいてきた。


「クイントを食べたのですね」彼は静かに言った。

 

「クイントは、私たちに幸福をもたらしてくれます。でも、同時に私たちを島に引き留める力も持っているのです」


「引き留める力?」ミナトはノエルを見つめた。


 ノエルは窓の外を見つめ、静かに語り始めた。


「昔、この島には女神様が住んでいたと言われています。女神様は島の人々に幸せを与え続けました。彼女はこの島こそが人々の最終的な安息地であると信じていたのです。しかしある時、女神様は島を出なければいけなくなりました」


「でも、女神様はなぜ島を離れたの?」


 ミナトが首を傾げて問いかけた。

 ノエルはため息をつきながら答えた。

 

「それは、女神様に与えられた運命だったからです。彼女は島を離れることを余儀なくされましたが、信徒たちにはこの楽園から出て欲しくなかった。彼女は信徒たちに永遠の幸福を与えるため、クイントの木を残しました。この木の力により、信徒たちは島に留まり続け、女神様の愛を永遠に感じることができるのです」


「永遠に……」

 

 ミナトは息を呑んだ。

 ユウトがクイントの力に囚われてしまったのだ。彼を助けなければならない。

 でもどうすれば…


 ミナトはクイントの力に囚われたユウトを何とか助け出そうと必死だった。

 しかし島の住民たちはユウトをそのままにしておくことを勧めた。


「クイントの力は強力です。一度その幸福感を味わってしまったら、もう元には戻れません」


「いいえ、私はユウトを助けます。彼は私の大切な友達なんです」


 ミナトはユウトを連れて村を離れることにした。

 しかし村の外に出てもユウトの状態は改善されない。

 彼は相変わらず幸福感に浸っている様子だった。


「ユウト、お願い目を覚まして!」

 

「あなたは、夢を追いかけているんでしょう?私と一緒に、旅を続けるんでしょう?」


 しかし、ユウトは反応しない。彼の瞳はどこか虚ろだ。

 ミナトは途方に暮れた。どうすればユウトを助けられるのだろう。


 そんな時、アリアナが二人を見つけた。

 

「ミナト、ユウト!どうしたの?」


 ミナトは、アリアナに状況を説明した。アリアナはユウトの様子を見て眉をひそめる。

 

「クイントの力がユウトを捕らえているのね。もう一度その村長に話を聞きに行きましょう」


 3人は再びノエルのもとを訪れ、アリアナがノエルに詰め寄る。

 

「ノエルさん、クイントの力から解放される方法はないのですか?」

 

 アリアナの声は、切迫していた。

 ノエルは、悲しそうに首を振る。

 

「私も方法を知りません。今までクイントの力から解放された者はいないのです」


 アリアナは絶望的な表情を浮かべた。ミナトも希望を失いかけていた。


「ミナト…一緒に、幸せになろう…」


 ふと、ユウトが呟いた。


「ユウト…いいよ、一緒に幸せになりましょ。でもそれは今じゃないわ。私は絶対にこれからもあなたと一緒に旅を続けるわ」

 

 ミナトは、ユウトの手を握る。

 アリアナもミナトの決意を感じ取ったのか頷いた。

 

「そうね。私たちで、必ずユウトを救い出しましょう」


 その時、白くて大きな犬が飛び込んできた。

 村の入り口にいた白いシェパード犬、アルプである。

 アルプは寝かされているユウトにまるで家族のように自然に寄り添った。

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