第26話 燃やせ魂

 "カカカカカカカカカカ"


「ゴッドディラが…!」

 

 ミナトが息を呑む。

 黒い影に苦しめられるゴッドディラ。

 次第にその動きが鈍くなり、ついには地面に倒れ伏してしまう。

 

「くそっ…!」

 

 ユウトはたまらず銃を抜き、影に向けて引き金を引いた。

 だが光弾は影を貫通するだけで何の効果もない。

 こちらを向いてニヤリと笑う影にユウトは歯噛みした。

 

「くそぉ、やっぱりだめか…!」

 

 ユウトの声が怒りに震える。

 

「ど、どうすればいいの…」

 

 ミナトも悔しそうにその光景を見ていた。

 アリアナは無言で唇を噛みしめる。その表情には、今までにない緊張が走っていた。

 

『これは…まずい状況かと…』

 

 アルプの声にもかすかな動揺が混じる。

 ゴッドディラの苦しむ姿。影の不気味な笑み。絶体絶命の窮地に、一行の心に深い絶望が広がっていく。

 

「どうにもならないのか…?」

 

 島を、仲間を、全てを守りたいという思いは強いのにどうすることもできない。

 その無力感が、ユウトの心を締め付ける。

 ミナトは膝をつきうなだれる。

 

「私たちに、もう何もできないの…?」

 

 ミナトの言葉にも絶望の色が見え始める。

 アリアナも珍しく言葉を失っていた。彼女の瞳に悔しさの涙が光る。

 影はそんな彼らの絶望を喰らい、さらに大きくなっていく。

 まるで全てを飲み込むかのように、島全体が深い闇に包まれていくのであった。

 しかしその絶望の闇の中で、一筋の光が揺らめいた。

 レッドだ。小さな赤い魂は、周囲の絶望にも負けず、むしろ一層強く輝き始めていた。

 

「レッド…?」

 

 ユウトがかすかな希望を見出したように顔を上げる。

 赤い魂は、まるで「諦めるな」と言わんばかりに激しく明滅を繰り返す。

 その輝きは次第に強さを増し、やがて周囲の闇を押し返すほどの光を放ち始めた。

 

「レッドが…まだ戦おうとしている…!」

 

 ミナトの声に、再び力が宿る。

 アリアナは静かに頷いた。

 

「そうね。最後まで希望を捨てちゃいけないわ」

 

「ウオオオオオオオオン」

 

 アルプの声にも、再び凛とした響きが戻っていた。

 レッドの光は、ユウトたちの心に再び火を灯す。

 諦めかけていた彼らの瞳に、決意の色が宿り始める。

 

「そうだ…なにかまだできることがあるはずだ!考えろ!」

 

 ユウトが拳を握りしめる。彼の周りにもかすかな赤い光が漂い始めていた。

 レッドの光の輝きは、まるで仲間たちに語りかけるようにさらに激しく脈動を始めた。

 

「何か…伝えようとしてる?」

 

 ユウトはレッドの意志を感じ取ろうと、真剣にまなざしを向ける。

 この瞬間、レッドとユウトの間に不思議な共鳴が生まれようとしていた。

 絶望の淵から新たな希望の光が生まれる。

 その光が、この戦いの行方を大きく変えようとしていた。

 しかし影は何をしても無駄だとでもいうように不気味に笑う。


 "カカカカカカカカカカ"

 

「レッド…?」

 

 力強い輝きを放ち始めたレッドがフワリとユウトの銃に吸い込まれていく。

 するとユウトの銃が赤く染まり、輝き始めた。

 

『撃て、ユウト!!!』

 

 ユウトの脳裏にレッドの声が響いた気がした。

 ゴクリと唾を飲み込むと黒い影に銃口を向け再び引き金を引く。

 

「うおおおおお!」

 

 光弾が発射され赤い炎の弾へと変化していく。

 燃え盛る炎の弾は巨大な光球となり、影の顔面を直撃した。

 

「ギャアアアアアアッ!」


 影から発せられた断末魔の叫びが、夜空を引き裂くように響き渡った。

 その声には、これまでの不気味な笑いとは打って変わって恐怖と苦痛が滲んでいた。

 

 巨大な黒い塊が激しく痙攣し、その輪郭が歪み始める。

 まるで内側から何かに引き裂かれているかのように、影の表面に無数の亀裂が走る。

 そこから漏れ出す光が、周囲を昼のように照らし出す。


 次の瞬間、影は爆発的に膨張し漆黒の霧となって霧散した。

 影は、風に乗って渦を巻きながら消えていく。

 その様は、まるで悪夢が朝日に溶かされていくかのようだった。

 最後の一片が消え去るとき、かすかに聞こえた悲鳴のような音が、この恐ろしい存在の最期を告げていた。


「や、やったのか…?」

 

 黒い影が消滅すると、ゴッドディラの体が黄金の光に包まれる。

 黄金の光はゴッドディラの傷を癒し、砕けた鱗を修復していく。

 そしてついにゴッドディラが雄たけびを上げて立ち上がった。

 

「よし! レッド、お前のおかげだ!」

 

 ユウトがガッツポーズをするが、銃は元の色を取り戻していて、そこにレッドの気配はなかった。

 

「レッドー、おーい、レッドー?まさか……」


 ユウトの声が震えた。周囲に広がる静寂が、最悪の事態を示唆していた。

 ミナトが小さく息を呑む。


「レッドは…私たちを守るために…」


「自分を犠牲にしたのね」

 

 アリアナが静かに言葉を継いだ。その声には珍しく感情が滲んでいた。

 ユウトは拳を強く握りしめる。

 

「くそっ…でも、死んじゃったらもともこもないじゃないか」

 

 その言葉の後、重い沈黙が降りた。誰も答えを見出せず、ただ立ち尽くすだけだった。

 自分の身を投げ出してでも守るべきものがあるのだろうか。

 その時が来た時、自分もレッドのように誰かのために戦うことができるのだろうか。

 答えは見つからない。

 

 静寂を破ったのは、アルプの鳴き声だった。

 

 "ウォーーーーーン"

 

 その悲しげな声が、レッドへの追悼のように島中に響き渡った。長く、深く、そして寂しげに。

 ゴッドディラはユウトたちをじっと見つめていたが、やがて大きな咆哮を上げると神殿の方へと歩み去っていった。

 その背中には、レッドの犠牲が無駄ではなかったという静かな誇りが感じられた。


「これで、島に平和が戻るのね」


 ミナトが微かに微笑んだ。その瞳には、悲しみと共に希望の光が宿っていた。


「ああ、みんなのおかげだ」ユウトは再び空を見上げる。

 

「そして何より、お前のおかげだ、レッド」


 風が吹き、まるでレッドの魂が応えるかのように、ユウトたちの頬を優しく撫でていった。

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