第11話 最初の別れ

「まさか、こんなに重いとは…」

 

 ユウトはまるで大地の重みを背負うかのように、タイガーボアを必死でかついでいた。

 汗が額を伝い、腕の筋肉が痛むが、彼は歩みを止めない。

 宿屋が見えた時、ユウトの顔に安堵の表情が浮かんだ。

 

「お帰りなさい」

 アリアナの声が疲れたユウトを迎える。

 

「すごいのが仕留められたわね」

 

「へへ」

 ユウトは彼女の笑顔に得意げな顔をして見せる。


「これは見事な獲物だ」

 宿屋の主人はタイガーボアを見ると、感嘆の声を上げた。

 

「なんか作ってくれるかい?僕らに食べさせてくれたら後は宿の方で使ってくれてかまわないからさ」

 主人の言葉にユウトは晴れやかな表情で頷いた。

 

 宿屋のテーブルでユウトの興奮した声が響く。

 

「それで、俺はミューと息を合わせて……」

 

 まるで狩の興奮がまだ体の中を駆け巡っているかのようだ。

 アリアナはまるで子供の冒険譚を聞く母のように優しい眼差しでユウトの話に耳を傾ける。

 三人の笑い声は宿屋の夜を温かく包み込んだ。まるで、幸福な時間が永遠に続くかのように。

 

「明日は何をしましょうか、そうだ!精霊魔法をもっとみせてあげるわ、森の奥に湖があるからそこで……」

 

「……ごめんミュー、明日の朝にはもうここを立たないといけないんだ」

 

「えー、そっか、あなたは旅人ですものねー」

 

 からかうようにそう言ったミューリンクスだがよけいな詮索をしようとはしない。

 

「そんな言い方してーオレがいなくなるのが寂しいんだろう」

 

「まあちょっとはね、でも今度また来なさい!もっと色々教えてあげるから」

 

「ミュー……ああ、きっとまた来るよ」

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎ翌朝になった。

 3人はイオタ-I9が待つ森へと向かう。

 

 朝靄に包まれた森の中、擬態した次元列車が静かに佇んでいる。

 ユウトとミューリンクスは、別れを惜しむように向かい合って立っていた。

 

 ミューリンクスの金色の髪が朝日に照らされてキラキラと輝く。

 彼女の瞳はユウトの瞳に真っ直ぐに向けられている。

 まるで彼の心の奥底まで見透かすかのように。

 

 ユウトは言葉にできない思いを胸に秘めながら、ミューリンクスと視線を交わす。

 彼女はそんな彼の心情を察しているかのように、静かに微笑んだ。

 

 そっとミューリンクスがユウトに近づく。

 

 朝露に濡れた草花の香りが二人の間に漂う。

 

 彼女はユウトの頬に手を添えると、そのまま顔を近づけていく。

 ユウトは思わず息をのんだ。

 

 ミューリンクスの柔らかな唇がユウトのほほに触れた。

 まるで蝶が花びらに口づけするように、優しく、儚いキス。

 ユウトの心臓が高鳴る。

 ミューリンクスの温もりが頬から全身に広がっていくような感覚。

 

「だいじょうぶ、あなたならきっとできるわ」

 

 ミューリンクスが、ユウトの耳元で囁く。

 その声は朝靄に溶けるように儚く、しかし力強く響いた。

 ユウトは彼女の言葉に勇気をもらったように頷く。

 

「ああ、ありがとう、ミュー」


 名残惜しそうにしかし決意を胸に、ユウトは列車へと歩き出す。

 ミューリンクスは彼の背中を見つめながら、祈るように手を胸に当てた。

 ユウトの冒険の無事と再会を心から願いながら。

 

 馬車が動き出し、徐々にミューリンクスの姿が小さくなっていく。

 最後の時まで彼女はユウトに手を振り続けてくれた。

 その姿が朝靄に溶けるように消えていくまで。

 

 ミューリンクスの姿が見えなくなると列車はまるで彼女への別れを惜しむかのように、ゆっくりとスピードを上げ始めた。

 

 ユウトは車窓に額を押し当て、名残惜しそうに遠ざかる景色を眺めている。

 列車はやがて現実と幻想の境界線を超えるかのように、光の線となって宙へと舞い上がっていった。

 

「ミューはなんで最後にあんなことを言ったんだろう。"あなたならできるわ"だなんて」

 

「そう、彼女は気づいていたのかもしれないわね。あなたの旅の意味に」

 

「オレの旅の意味……」

 

「...そうだな、何がなんでもオレにはやらなきゃいけないことがあるんだ」

 

 ユウトは顔を上げアリアナを見つめる。その瞳には曇りなき決意の色が宿っていた。

 

「いい覚悟ですな」

 

 いつの間にか、二人の会話に耳を傾けていた車掌が近づいてくる。

 

「しかしあの時のオークとの戦闘はどうにもお粗末でした」

 

「あーー、あの時はありがとう、車掌さん!」

 

「あれほど油断するなと言ったでしょう」

 

「は、はい...反省してます」

 師匠に叱られる弟子のように、ユウトは頭を下げた。

 

「...まあ、過ぎたことをいつまで悔やんでも仕方がありません。それより二度とあんなことがないようにこれからびしびしやりますよ」

 

「う、のぞむところだ!」

 

「ほぉう、それでは参りましょうか」

 

 車掌はまるでひよこを鷲掴みにするかのように、ユウトの襟首をがっしりと掴んだ。

 

「え?いま、です、か?」

 

 ユウトの悲鳴のような声が車内に響き渡る。

 彼は必死に身をよじるが車掌は微動だにしない。

 

「アリアナ、た、助けて...!」

 

 投げかけられる助けを求める眼差し。

 しかしアリアナは、まるで子供の成長を見守る母親のような笑みを浮かべ、小さく手を振ってみせただけだった。

 

「また後でね、ユウト」

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