振りかざしてるその考えは、あなたが私を好きだから


 昼休みになった。今日はいい天気ということで、学校の中庭ではチラホラと他の生徒の姿を確認できる。

 教職員用正面玄関の目の前に鎮座している桜の木の下のグラウンド側にあるベンチにて、俺は約束通りツツミちゃんと待ち合わせた。


 少しぎこちなく挨拶を交わして、どちらからともなく座って。

 意を決した俺が起きた出来事をありのまま話したら、サンドイッチをかじっていた彼女の額に青筋が浮かんでいた。


「……いくらボクでも怒って良いよね?」

「マジすんません。てかこれ、俺が謝らないと駄目?」

「へー、この子がナルタカさんに告白したとかいう物好きな女の子ですか。予想外に可愛い子でびっくりですね」

「つーかお前なんでいんのッ!?」


 そしてツツミちゃんとは逆隣に、当たり前のようにいるアヤヤである。

 可愛らしいシロクマがプリントされている水色のお弁当箱を片手に、お箸で掴んだミニハンバーグを口に運んでいた。


「なんではないじゃないですか。私、言いましたよね。ナルタカさんに彼女ができるのはもっと駄目ですって。だからナルタカさんが誰とも付き合わないように、私も頑張ろうかなーって」

「お前やっぱり俺のこと嫌いだろ」


 ここまでされる言われはあるのか。例え便所に隠れていても息の根を止めてやる、くらいの勢いがないとそこまでしないのではなかろうか。


「初めまして、だよねアヤヤさん。ボクは小山内ツツミ。話は先輩から、よく、聞いてるよ」


 アヤヤに向かって自己紹介しているツツミちゃん。よく、という単語を強調していたけど、何故に。


「女っ気ゼロの癖に人一倍スケベで、当然女子からも嫌われてて。この人はボクがもらってあげないと駄目かなーって思ってた先輩が。高校行って『天使に出会ったッ!』とか気持ち悪いチャットを送ってきたから、どんな人かと思ったら」

「私のこと、影で天使とか言ってたんですか? うわぁ」

「やめてくれツツミちゃん、そのエピソードは俺に効く」

「先輩ってフリー素材並みに色んな人から弄られてる癖に、変に細かいとこ気にするよね」

「知ってるかい? 俺も人並みに傷つく」


 いくらなんでもフリー素材はないだろ、フリー素材は。


「初めましてですね。ツツミちゃん、と言いましたか。知ってると思いますが、私は皐月アヤヤです。そしてナルタカさんに彼女ができることは、私が許しません」

「正直。先輩の彼女でもない人から、そんなこと言われる筋合いはないんだけど」


 至極ごもっともで。


「いいえ、ありますよ。ナルタカさんが好きなのは私なので。残念ながら、あなたじゃありません」


 ビシッ、っと人差し指を差してそう言ったアヤヤ。間違ってはいないが、なんでそれを張本人に代弁されにゃならんのだ。


「だからあなたは、ナルタカさんと付き合うことはないんです。わかりましたか?」

「ふーん」


 ジトーっとした目でそれを聞いているツツミちゃん。言葉は聞こえているが、頭では理解できてない雰囲気だ。うん、俺もまるで意味が解らんぞ。


「アヤヤさん、先輩のことが好きなのかい?」

「なッ!?」


 ツツミちゃんの言葉に、アヤヤが声を上げる。そう、そこなんよ、俺が聞きたいのも。


「な、なにを言ってるんですか。私がナルタカさんを好きだなんて、彼と付き合うなんてあり得ません。例え天地がひっくり返ったとしてもッ!」


 俺のグラァスハートに甚大なダメージあり。ガッカリしろ、傷は深いぞ。


「だいたい、人の体調をこと細かにアプリに入力して、私の生理をドンピシャで当てたうえに。新品のハンカチを差し出してくる男なんか、こっちから願い下げです」

「それをやられたら、ボクでも勢いつけて殴ると思うな」

「ホンマごめんなさい」


 俺はアヤヤの前で土下座した。諸悪の根源であるアプリは既に闇に葬ったので、どうか許して欲しい。


「まあ、それは置いといて。とにかく、アヤヤさんは先輩と付き合うことはないってことなんだね?」

「当たり前です」

「加えて先輩がアヤヤさんを好きだから、他の人と付き合うのは駄目だと」

「そういうことですね。話が早いじゃないですか」

「なら、先輩にボクのことを好きになってもらえば良いんだね?」

「    」


 スイスイ答えていたアヤヤが、突如として固まった。もちろん俺も。

 えっ、何。ツツミちゃん、今なんつった?


「何をびっくりしてるんだい? 先輩がアヤヤさんのことを好きなのが問題なら、先輩がボクのことを好きになってくれたら良いじゃないか」

「なっ、ななななな」

「うん、そうだよね。元々先輩と付き合いたいのはボクの方なんだし、先輩が好きになってくれたらボクも嬉しいし。なんだ、簡単なことだったね」

「何を言ってるんですかッ!?」


 一人で合点がいったという様子のツツミちゃんに、アヤヤが食ってかかる。


「こんな変態と付き合いたいとか正気ですかッ!? 脳外科か精神科をオススメしますッ!」

「大丈夫だよ。先輩が馬鹿で変態でえっちぃことしたいとしか思ってない、人としての軸がブレた下半身の化身だってことは、ちゃんと解ってるからさ」


 あれ、大粒の涙が止まらない、何故だ。春だし、花粉症にでもかかったのかな。空が、景色が滲んで、何も見えないんだ。


「そ、そこまで解ってて、どうして?」

「でも、それだけじゃないからさ。アヤヤさんもそれが解ってるからこそ、先輩に彼女ができるのが嫌なんじゃないのかい?」

「ッ!?」

「それにスケベな先輩なら。ボクのこれでちょーっと誘惑してあげたら、案外コロっと心変わりするかもしれないしね」


 自分の豊満なおっぱい様を下から持ち上げ、手をパッと離してみせたツツミちゃん。一連の流れによって、プルンっとおっぱい様が躍動する。

 その様子を脳内SSDに名前をつけて保存すべく、俺の灰色のシナプスがうねりを上げようとして。


「何見てるんですかこのスケベッ!」

「バハマァッ!?」


 アヤヤが固く握りしめた拳で、俺をあごの下から思いっきり殴り抜いてくれた。

 脳みそが揺れた。保存途中だった映像記録が、意識と共に薄れていく。


「ふふふっ。アヤヤさんだって、先輩がボクのことを好きになれば、文句もないだろ? だって今は、先輩が自分のことを好きって言ってくれたから、強気に出てるんだよね?」

「そ、それは、その」

「ま、いいさ。別にアヤヤさんの了承なんか要らないよ。先輩に好きになってもらえるように、ボクがアプローチするだけさ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいッ! そんな勝手に」

「勝手を言ってるのはそっちじゃないか。先輩はボクの王子様なんだ。絶対に負けないからね、アヤヤさん」

「み、認めませんにょッ! 私は認めません。ナルタカさんには、意地でも独り身を貫いてもらいますッ!」

「にょ?」

「噛んだだけです、蒸し返さないでくださいッ!」


 同級生と後輩のやり取りを、俺は聞いていなかった。何故なら完全に意識が途切れる直前まで、さっきのおっぱい様の映像をなんとして脳髄から復元しようと必死だったから。

 やっぱ無理でした。


 俺が次に意識を取り戻した時。おっぱい様の思い出どころか、あの二人の姿まで綺麗サッパリいなくなっていた。

 代わりに目の前にいたのは、角刈り頭で筋骨隆々の身体に紺色のジャージをまとっている先生。通称、生徒指導の鬼面こと、東村ひがしむらヨシオ先生であった。


 怒った顔が鬼の如く怖いことから、生徒間でまことしやかにそう呼ばれている。


「授業はとっくに始まっておるというのに、こんなところで堂々と昼寝とは、いい度胸だな」


 ニッコリと笑顔を浮かべながら、鬼面は拳をポキポキしている。普通に考えたらピンチ以外の何物でもないが、俺の頭には一つの閃きがあった。

 この状況を打破する、ウルトラC。


「やあ鬼面、君もどうだい?」


 そう。いっそのこと鬼面と一緒に昼寝してしまえば、二人してハッピーうれピー。


「誰が鬼面だ、東村先生と呼ばんかァァァッ!」

「ごめんなさァァァいッ!」


 思いっきりぶたれた。衝撃で鼻血を吹きつつ宙をきりもみ回転しながら舞った気がするけど、気のせいであって欲しい。

 そのまま生徒指導室に連行されたが、催してきたと言ってトイレの窓から逃げた。危ない危ない。


 こうして、俺の高校二年生の生活が幕を開けた。

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