あの時父が教えてくれた。男は女体が好きだって
思い返してみれば、俺がエロに目覚めたのは幼い頃の暑い夏のある日。親父の部屋でエロ本を見つけた時だった。
その日は日曜日だったが、共働きの両親が家におらず。半袖の白シャツに紺色の短パンをはいた俺は、同じ半袖短パン姿につり目、茶色いツインテールを揺らした三つ年下の妹のハルルと二人っきりでの留守番になった。
この頃は同じものを与えないと、貰えなかった方が不機嫌になるという時期だったらしく、俺とハルルは大概お揃いの格好をしていた。
ちょうど迷子になった彼女を俺が見つけたこともあって、一番俺に懐いてくれていた時期でもある。
「かくれんぼしようぜーっ! じゃーんけーんぽーんっ!」
「負けたー。じゃあ、あたしが鬼ー。ひゃく数えたら探しにいくからねー、お兄ちゃん。いーち」
両親がいなくなった途端、俺達はハシャぎ出した。大声で家中を走り回っても怒られない日ということで、二人ともテンションはマックスだった。
「どこに隠れようかなー。そうだ、お父さんの部屋がある」
俺が目を付けたのは、親父の部屋だった。家主不在ということでさっさと忍び込み、ウォークインクローゼットの中に隠れようとしたその時。合間に隠されていた白い段ボールが、俺の足元に落ちてきた。
蓋がされていなかった段ボールは、横向きに倒れた拍子に中身をぶちまける。中に入っていた雑誌類が飛び出して、一つの雑誌はページが開いた。
露わになったのは、肌色。
「こ、これはっ!」
それが俺とエロ本との出会いだった。
後で聞いた話では、スマートフォンが普及して十八歳以上禁止のコンテンツのほとんどがデジタル化した現代において。古き良き紙媒体のエロ本収集は、親父の趣味の一つだったらしい。俺はこれで育ってきたから忘れられないんだと、自慢げに言っていた。
兎にも角にも。なまめかしいポーズで股を開いている女性を見て、俺は生まれて初めて勃起した。
その内にハルルが俺を探しに来て、親父の部屋を開けた時。俺は慌てて段ボールをしまい、飛び出していた一冊をシャツの中に隠した。かくれんぼは負けとなったが、どうでも良かった。
勉強を思い出したとか適当言ってハルルの横を足早に通り過ぎ、自分の部屋にエロ本を持ち逃げする。
「す、凄い。ちんちんが止まらない」
純真無垢な少年が女性の裸体に抗える筈もなく、俺はエロの虜になった。
その後も親父の部屋に度々侵入しては、新作をかっぱらって楽しむ日々。
「ちゃんと貸してやるから、終わったら返してくれ」
「へえあっ!?」
ある日、親父から笑いながら言われた。俺としてはバレていないつもりだったが、どうやら筒抜けであったらしい。バレてないと思っていた俺は、心底飛び上がった。
とまあそんな訳で、俺は性に健全な男子としての道を歩み始めることになる。結果、俺は女の子をエロイ目で見るようになった。
この子の服の下には、どんな肌色が隠されているのか。アホな想像ばかりが先にくるようになり、同級生や教師を問わず、俺は女の子をそういう目で追うようになった。
懸念を示したのはお袋だった。原因となった親父をシバキつつ、俺が中学校に上がった際にお袋が告げてきた。
「ナルタカ。アンタは何か、スポーツ系の部活に入りなさい」
どうも滾る性衝動を運動で発散させようと目論んだらしく、小遣いの減額という脅しを受けた俺に拒否権はなかった。
種目は何でも良いと言われたので、俺は女の子の水着姿が拝めるという理由だけでビーチバレーを選んだ。入部届を持っていった時、お袋は椅子から転げ落ちた。
こうして俺はビーチバレーを始めることになる。動機は百パーセント不純だったが、これが存外に面白く。俺は一気にのめり込んでいくことになった。
勝ち負けがはっきりと出る為に、負けたくないという意識が生まれ。その時のコーチに言われた、ビーチバレーはボールを落とさなければ負けない、という言葉を鵜吞みにして、鬼気迫る表情でしつこくボールを追い回すようになる。
「絶対に諦めんぞォォォッ!」
そのしつこさは実生活にすら影響を及ぼし始め、欲しいモノ、やりたいこと等を絶対に諦めない性格が形成された。給食の余ったプリン争奪戦になった時には、じゃんけんに負けても勝った奴にしつこくまとわりつき、最終的には根負けさせて奪い取る程である。
なお、ハルルにプリンのことを自慢したら、人を軽蔑する時の表情をされた、解せぬ。
ちなみにビーチバレーをしつつも、俺のエロさは全く衰えることがなく。むしろ女の子の水着姿をたくさん眺められる、ということで悪化した感じすらあり。
お袋は盛大に頭を抱えつつ、原因となった親父をもう一度シバいていた。親父は泣いていた。
「おい、知ってるか芝原。あの子、隣のクラスの子と付き合ってるんだってよ」
「へー」
中学生と言えば、思春期真っ只中だ。
誰が好きだ、誰と誰が付き合っているだの話題は、絶えることがなく。男同士でもみんな好きな女子はいないのかと、修学旅行の夜も恋バナで持ち切りだった。
「つーかお前、好きな子とかいないの?」
「うーん、二組のあの子は太ももがエロいけど」
「そーゆー話じゃねーんだよ」
無論、俺にもそういう話題が振られまくっていたが。前述した通り、女の子をエロイ目でしか見ていなかった俺は、誰かを好きになるという感覚がイマイチ分からなかった。
可愛い子や良い身体つきをしてるあの子と付き合って、もしベッドインしたら、なんて妄想はそりゃもうたくさんあったけども。
「恋かあ、ピンとこねえなあ」
俺にとっての周囲の女子とは、エロ本の向こうの女優さんを見ているような感覚だった。こんな俺にも関わってくれる女子や後輩もいたにはいたが、妄想しつつもどこか本気にしていない自分がいた。
恋が分からない癖に、可愛い女の子と付き合ってエロいことしたい欲望だけは人一倍。周囲からは、コイツは風俗にでも行けば満足するとさえ思われていた。
そんなこんなで中学時代を過ごし、遂に俺は高校生になった。テンションが上がった俺は両親を差し置いて高校へ先行した訳だが、その時に木に向かってジャンプしていた彼女、アヤヤの姿を見つけた。
彼女はずっと、両手を上げて木に向かって跳んでいた。
「~~~ッ! ~~~ッ!」
「あっ」
最初は意味がわからなかったが、伸ばしている彼女の手にあるものを見て、思わず声が出た。
それは鳥の雛であり、彼女が手を伸ばしている木の上には巣もある。彼女が巣から落ちた雛鳥を、巣に返してあげようとしてたんだ。
「踏み台も使わず、木によじ登ることもせずに跳んでる。何故だ」
首を捻る俺。後で知ったことだが、彼女も新入生だった為に踏み台の場所など知らなかったこと。
加えて彼女は飛んできたバレーボールをスカした挙句、顔面で受け止めるレベルの運動音痴で、木登りなんかできやしなかったのだ。
「えいやぁッ!」
そろそろ手伝いに行こうかと思い始めた時、彼女がひと際大きい声を上げて跳んだ。今までよりも高く舞い上がった彼女は、遂に鳥の雛を巣に戻すことができた、が。
「ふぎゃあッ!?」
彼女は着地に失敗し、顔面から木にぶつかった。遠巻きに見ていても、痛いと確信できるレベルのぶつかり方だった。流石に大丈夫かと駆け寄ろうとしたその時、彼女が顔を上げた。無事に雛鳥が巣に戻れたのを見て、顔を綻ばせた。
「良かったぁ」
ぶつけた彼女の鼻の頭は赤くなっていたし、鼻血も少し垂れてた。まずは自分の心配をしてしかるべき状態だ。にもかかわらず、彼女は笑っていた。
心底安心したように、優しく笑ってたんだ。
瞬間、俺は雷に打たれたみたいな衝撃を受けた。
苦手なことにも一生懸命で。痛い思いをしても、自分よりも相手を思いやって優しく笑った彼女を見て。「あっ、この人が良い」、って思えた。
人生初の一目惚れ。それが俺と彼女、皐月アヤヤとの出会いだった。
その後、彼女は鼻血に気が付いてさっさと行ってしまったが、同じクラスの一年生と分かってテンションマックス。勝手に行くなという両親からのお叱りも耳に入らないくらい、俺は彼女に夢中になった。
「俺は芝原ナルタカ。よろしくなッ!」
「えっ、えっ? あ、あなた誰ですかッ!?」
アヤヤが図書委員に立候補したので、中学まで続けていたビーチバレー部に入らないことを決め。彼女目当ての野郎共との死闘と賄賂の末に図書委員の座を勝ち取って、アプローチを開始した。
「どうしてまとわりついてくるんですか、あっち行ってくださいッ!」
最初の頃、アヤヤは本当に取り付く島もないくらいに冷たかった。あの優し気な表情を見せてくれることはなく、男性嫌いなんじゃないかという疑いを持つくらい袖にされたが。
「だが断る」
自前のしつこさで執拗に関わり続けた結果、根負けした彼女が挨拶を返してくれるようになり、徐々に打ち解けていくことに成功する。
「アヤヤ見て。めっちゃでっかい鯉釣った、刺身で食おうッ!」
「必要以上に生臭い。学校で鯉の解体ショーを始めないでください、ナルタカさんッ!」
遂には名前で呼び合うくらいの仲になり、アヤヤとのキャッキャウフフな学園生活の始まった。
一緒に図書委員の仕事をしたり、朝会えば挨拶を交わし合ったり。彼女の体調が悪そうな日は、「今日は生理かな。はい、ハンカチ」と新品のハンカチを差し出して、ぶん殴られたりもした。
そうしている内に一年が経ち、俺達は二年生になった。
アヤヤとの仲も良好で、そろそろ告白しても良いんじゃないかもしれんと考えていた俺は、突如として入学してきた後輩のツツミちゃんに告白されることになる。
これが全ての始まりだった。
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