どうしようかと兄が問うなら、どうしろと聞く妹だ
昔に思いを馳せつつ、生徒指導室からの脱出というミッションインポッシブルを終えて家に帰った後。
家族共用の家事分担アプリの通知によって、お風呂沸かしを強いられている間。なんか忘れてる気がすると思いつつも、俺はこの現状についてリビングにいた妹に相談することにした。
「……と言うことなんだが、どう思うよマイシスター?」
「あたしにどうしろと、
ソファに座っていたマイシスターこと芝原ハルルは、この春に十四歳になったばかりの中学二年生だ。
身長は低めで、幼い頃からの茶髪ツインテールは健在。今は学校から帰ってきたばかりなので、学校指定の緑を基調としたブレザーを着ている。
話を聞いた後の彼女は、普段からつり上がっている目を訝しげにこちらに向けていた。
「って言うか、馬鹿兄はないだろ馬鹿兄は。お前の年頃ならもっとこう、難しい漢字にルビ振ったみたいな、そういうセンスが光る年代だと思うが?」
二度と戻れない(戻りたくない)お年頃だ。俺なんて、思い出すだけでも死にたくなる黒歴史だらけだというのに。
「中学二年生が全員あの病を患ってると思ったら大間違いなんだからね、
「ついでとばかりに人の痛い記憶掘り起こさないで、お願い」
ダンボールを切って黒いマジックペンで塗り塗りした自作の羽を背負い、川辺で何もせずに水面を眺めて黄昏れるフリしてたあの頃の記憶がァァァッ!
「んで? 告白というかセクハラ宣言して振られた挙句、彼女を作るなって言われたってことなのね」
「はい、そうです」
「普通はもう良いや、ってなりそうなもんだけど。馬鹿兄はそうじゃないんだよね?」
「ああ。俺はやっぱり、アヤヤが好きだ。精神的にも、肉体的にも」
「馬鹿兄が
「マジすんません、あれだけは勘弁してください」
頭に火のついたロウソクを二本刺して「地獄の業火に屈するがよいッ!」とか叫びつつ、虚空に向かってリコーダーを振り回しながら町内を駆け回ってた記憶がァァァッ!
ちなみに後で調べたら、デスサイズって死神が持ってる大鎌のことだって解って恥ずかしさは倍増した。
使う方じゃなくて使われる方じゃん、俺の馬鹿。
「まあ、それは今度にするとしても」
「すみません、次回あるんですか?」
「ストックはまだまだあるし」
誰かタイムマシン発明して。昔の自分を殴りに行きたいの、今すぐに。
「でも正直。そのアヤヤさんって人に、馬鹿兄が嫌われてるとは思えないのよね」
「ウホッ、マジで?」
「キモッ。だって本当に嫌いなら、誰と付き合おうがどーでもいーじゃん。それが駄目って言うんなら、ちょっとは気があるんじゃないの?」
言われてみればそうである。心底どうでも良ければ、相手の恋模様なんて知ったこっちゃないだろう。まだワンチャンスありそうと思っても、良いんじゃないか。
あとハルル。キモッ、はやめて。俺のグラァスハートに傷がついちゃう、ヒビ割れと言っても良いくらいのが。
「ってか、馬鹿兄がツツミ先輩と付き合ったら終わる話じゃないの?」
「アヤヤは俺が童貞を捧げると誓った人だ、諦め切れん」
「ホンットなんでこんな奴に告白したんだろ、ツツミ先輩。こんな家族の恥さらし、妹のあたしは絶対オススメしないのに」
そう言えばハルルとツツミちゃんは、俺と同じビーチバレー部の先輩後輩で顔見知りだったな。あと出来れば兄を家族の恥さらし呼ばわりせずに、他の人にちゃんとオススメして欲しい。
「なんだよー。昔から一緒なんだし、家族補正とかないの?」
「ない。無理。キモい」
「心が痛ァァァいッ!」
セメント対応のハルルである。迷子になった彼女を見つけて、泣きじゃくる彼女の頭を撫でてあやしてあげた結果。お兄ちゃんと一緒がいいとお揃いを喜び、懐いてくれていたあの頃は見る影もなく。今ではこの有様だ。
どこで教育をミスったんだ、セーブアンドリロードでやり直したい。
彼女の一言にマインドクラッシュしそうになりながらも、今日の俺は折れなかった。何故なら、一筋の希望が見えたからだ。
本当に嫌いなら、彼女を作るなとまでは言わない筈。つまり、俺がアヤヤと下半身創世合体できる可能性も、ゼロではないということだ。
であれば、俺のやるべきことはたった一つ。
「俺がアヤヤにもっとアプローチして、彼女を振り向かせれば万事解決だッ!」
「ツツミ先輩はどうするの?」
「どうしよう?」
俺はハルルの言葉に詰まった。
確かにあの子も可愛いし、何より胸にぶら下げた脂肪細胞製のたわわに実った胸部装甲がばるんばるん揺れながらこちらに来たら。俺も自分のオトコノコを抑えられる自信がないかもしれない。
「……また考える」
「ブレっブレじゃん」
仕方ないだろ。ツツミちゃんから告白されるなんて、夢にも思ってなかったんだ。
「アヤヤと出会う前に好意を伝えられていたら、生まれたままの姿であのおっぱい様に飛び込んでいたかもしれんが、今の俺にはアヤヤに童貞を捧げるという使命がある。男たるもの、一度胸に抱いた大切なものは忘れずに生きていきたい」
「最後だけ聞くと良い感じなのに、それまでが酷すぎて全然感動できない」
「お前にはまだ早かったかもしれんな、男の生き様については」
「雑音には耳を貸さないとしても。あたしとしてはアヤヤさんって人のことがなくても、馬鹿兄には独り身でいて欲しいけどなぁ」
おおっと、実の妹からのまさかのセリフが。
これは口では散々言うようになったけど、実はまだ俺のことを兄として好いているというやつではなかろうか。
なんだかんだ言って、お兄ちゃんを見知らぬ誰かに取られるのはやっぱり寂しいんだな、うんうん。
「だって誰であろうと、馬鹿兄と付き合う女の子が可哀そうだし」
いくらなんでもそこまで言う?
「ま。頑張りたければ頑張れば? あたしは別に応援も否定もしないからさ。ただ、ツツミ先輩にもちゃんと向き合ってあげてよね。馬鹿兄に好きになってもらうよう頑張るとか、全米が泣くレベルの決心なんだし」
泣くなよ全米。エンディングはまだ先だぞ。
「もしツツミ先輩を蔑ろにでもしたら」
「したら?」
「部屋にあるエロ本全部燃やしたうえで、馬鹿兄の黒歴史を一冊の本にまとめてネット上に晒してやる」
「誠心誠意、ご対応させていただきます」
自室のお宝本だけには飽き足らず、俺の消したい過去をインターネットの大海原にエンターテイメントの一つとしてバラ撒こうというのだ。
お宝本は最悪取り返せたとしても、ネットの方はあかん。俺の恥ずかしい思い出はたちまち0と1で電子化され、コピーアンドペーストを繰り返されて完全削除が困難な状況になる。
「そう言えば何だっけ? 俺が全ての終わりを司る影だとか、終焉は侘しいとか言ってたやつ」
「さーて風呂にでも入ってくるかなーあーッ!」
言ってる間に致命傷が襲ってきたので、俺はちょうど沸いたであろう風呂場へ逃げた。
たった一言で、この威力だとッ!?
耳を塞ぎつつさっさと学ランを脱ぎ捨てると、俺はお湯の張ってある筈の湯船に頭から飛び込んだ。
「あひゃぁぁぁあああああああッ!」
あまりの冷たさに思わず飛び出した。水風呂だった。どうやらガスを点火し忘れたまま、湯船に水を溜めていたらしい。
なんか忘れてると思ったら、ガスのスイッチだったって訳だハックションッ!
冷えた身体をガッタガタ震わせながら、俺は追い焚きのスイッチを入れた。
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