これほど惚れたる素振りをするが、言うて仕方の下手な人
さて次の日だ、今日も元気いっぱい。
昨日水風呂に入ってガッタガタに震えはしたが、どうやら風邪は引かなかったみたいだ。
ふと考えてみれば、俺って風邪引いたことなかった気がする。何故だ、咳をしつつ鼻水をダラダラ流しながら登校した覚えはあるんだが。
疑問を浮かべつつ登校し、俺とアヤヤのクラスである二年D組に入ると、さっそく彼女の元へと向かった。彼女へのアプローチの為にも会話は大事、板東は英二。
「おはようアヤヤ。何読んでるの、それ?」
「おはようございます、ナルタカさん。これですか、『二人ぼっちの即興劇』、新刊ですよ」
「ああ、前に話してたやつか。俺も買ったぞ」
アヤヤが手に持っていたのは、机の上にあった一冊の文庫本だった。
女性の先輩と二人だけになった演劇部で、部活を再興させようと奮闘する青春恋愛小説。自分達の演技力を磨く為に主人公とヒロインがずっと即興劇を繰り広げ、その軽快なやり取りと共に徐々に進んでいく彼らの恋愛模様がウリだ。
アヤヤはこういう青春恋愛モノが好きらしく、よく勧められる。
「面白かったよな。恋心はゆっくりと育んでいくもの、ってフレーズが心に残ってさ。俺もアヤヤへの想いは、一年かけてゆっくりと熟成させてきたからかなあ」
「ナルタカさんの場合、腐敗の間違いじゃないですか?」
帯の宣伝文句にもなっているフレーズを口にしただけなのに、この鋭いリターンエース。
物は言いようだが、その言い方は酷くない?
「あっ、もう授業じゃないですか。ほら、ナルタカさんも席についてください」
「俺の席か、アヤヤの膝の上だな。今つく」
「もしもしポリスメン?」
「話し合おう」
警察はマジで洒落にならん。俺の土下座が火を噴いたことによって、何とか通報は免れた。
それ以降は特にいつも通りと言った感じで、あまり彼女にアピールできなかった。黒板に彼女との相合傘を書いて指さし確認をしたが、顔面を黒板に叩きつけられて怒られたので、渋々消すことになったくらいだ。クラスメイト達は「ああ、いつものことか」と、気にも留めていない。慣れたものだ。
そうこうしている内に、昼休みになった。一緒にお昼にしようとツツミちゃんからチャットアプリで連絡があったので、俺は光の速さで中庭のベンチへと飛んでいく。
アヤヤとは離れることになるが、ハルルに無下にするなとも言われているし。何より女の子の手作り弁当とか、人生で初めてだしな(お袋と妹は除く)。
前と同じ中庭のベンチでは、先に来ていたツツミちゃんが笑顔で俺を迎えてくれた。
「はい、先輩。お弁当だよ」
「やったぜ」
渡してくれたのは、デフォルメされたホタルがプリントされている大きめのお弁当箱。ウキウキしながら蓋を開けてみると、そこには俺の空腹を満たす為の食材がズラリ。
唐揚げが二つに、プチトマトとブロッコリーのサラダ。お弁当箱の半分以上を占めているオムライスがあり、上にかかっているケチャップはハートマークになっている。俺の好物ばかりじゃねえか。
やべ、見てるだけでよだれがキラリ。
「マジでこれ食べていいの?」
「もちろんだよ。だって先輩の為に作ったんだから」
嬉しいこと言ってくれるじゃないの。それじゃ、とことん喜ばせてもらおうかな。
「ボク、こう見えて料理好きなんだ。お弁当二人分作るくらいなら訳ないからさ、先輩が良ければ明日からもボクが作ってあげる。何か食べたいものがあったら、遠慮なく言ってね」
どうしよう、俺こんなこと言われて心が揺れ動かない自信がない。
今までの短い人生の中で、女の子にここまでしてもらったことなんてなかった。彼女の笑顔が眩し過ぎて、エロで穢れ切った俺の心が浄化されそう。
「アーメン」
「ごめん、いきなり十字を切らないで。何事かと思うから」
人は神に対して自然と首を垂れるものだと聞いたことがあるが、間違いないようだな。
何はともあれ、これは俺だけのお弁当だ。遠慮なく食べようと大口を開けた、その矢先だ。
「んじゃ、いっただっきま」
「じ~~~」
逆隣から異様な視線を感じた。
口元に持って行こうとしていたお弁当箱をそのままに目線だけ向けてみると、そこには面白くないものを見るジト目でこちらを凝視している、アヤヤの姿がある。
「あ、アヤヤ。奇遇だね」
「そうですね、奇遇ですね。独り身でいてくださいって言ってるのに、後輩の手作りお弁当にデレデレになってるナルタカさん」
言葉のトゲが鋭すぎて、モーニングスターでぶん殴られた気分だ。耳どころか頭蓋骨まで痛い。
「ああ、アヤヤさん来たんだ。こんにちは」
「こんにちはツツミちゃん。手作りお弁当とは、ベタな手を使うんですね」
俺越しに視線を交差させた、アヤヤとツツミちゃんの二人。
何処かでゴングが鳴った気がした。
「王道と言って欲しいね。男の子の胃袋で掴め、なんて普通のことじゃないか。えっ、もしかしてアヤヤさん、料理が苦手だったりする?」
「べ、別にそんなことないですけどー。人並にはできますしー」
「ふーん。ま、どうでも良いけどさ。ほら先輩、たくさん食べてよ。先輩の好きなものばっかり入れたから」
「お、おう」
促された俺は、恐る恐る唐揚げの一つをフォークで刺して口へと運んだ。
めっちゃ美味かった。
カリカリの衣部分と柔らかい鶏もも肉。醤油に漬け込んであったのか、噛むたびに味が染み出してきて、口の中で衣の油と混ざり合ってハーモニーを奏でている。
「どう、美味しい先輩?」
「美味いな、流石ツツミちゃん」
「やった。昔からずっと一緒だったからね。先輩の好きなものくらい、ちゃんと分かってるよ。あっ、口元にかすがついてる」
「えっ、どこどこ?」
ツツミちゃんが右の人差し指で、俺の下唇付近をなぞっていく。するりと動いていく指に合わせて、俺の心臓が一気に高鳴っていった。
「はい取れた。もー、先輩ったらいっつもそそっかしいんだから」
「あ、ありがと」
人差し指についた唐揚げのかすを、ツツミちゃんは自分の口へと持っていった。その仕草に、はにかむ笑顔に、俺の顔が一気に赤くなっていく。
「えへへ、先輩の味がする」
「そ、そっか、そっか」
「~~~~ッ!」
ただし。心底嬉しそうなツツミちゃんの反対側に、頬を膨らませつつ顔を真っ赤にして俺を睨んでいるアヤヤの姿があって、素直に食事を楽しめない。
見せつけるようなツツミちゃん仕草も、彼女の今の表情に一役も二役も買っているな。
「そう言えばナルタカさん。『二人ぼっちの即興劇』でも、お弁当のシーンありましたよね」
何かを思いついたのか、アヤヤが急に話を振ってきた。
「ああ、あったな。先輩と二人っきりのシーンだっけ?」
「それは最初の方ですね。後半で部員が集まってきて、シーン的に対比になってたの凄かったですよね」
「あー、確かに。最初は二人っきりだったのに、それがみんなになって良かった筈が。先輩の心に面白くない感情があって」
「そうですそうです。部活を再興させる為に自分で部員を集めたのに、それによって二人っきりでいられなくなって葛藤する姿が」
「喧嘩のシーンは熱かったよな。部活と恋心に揺れる先輩が泣きながら、『こんな筈じゃなかった』なんて言って」
本の内容を思い返していると、段々とテンションが上がってきた。何せ、あの小説はかなり面白かったのだ。
元々俺は読書なんてあんまりしてこなかったが、アヤヤと関わるようになってからは色々と勧められて。今ではちょくちょく読むようになっている。
「ナルタカさん、コメディ系のお話ばっかり読むんですから。たまにはこういうストレートな青春モノも良いかなーって」
「なんか、こういうのも悪くないなって思えたわ」
「また貸してあげますね。ナルタカさんの好きな物語、私はちゃんと分かっていますから」
ニッコリと、アヤヤが微笑んだ。鳥の雛を返してあげたあの時を思い出す、彼女の笑顔。俺の心臓が垂直飛びを敢行した。
「あ、ありがと、な」
「~~~~っ!」
ただし。心底楽しそうなアヤヤの反対側に、頬を膨らませつつ顔を真っ赤にして俺を睨んでいるツツミちゃんの姿があって、素直に会話を楽しめない。
アヤヤの挑発のような物言いも、彼女の今の表情に三役も四役も買っているな。
「先輩。そう言えば昔さ、部活の時に」
「ナルタカさん。今度の委員会のことなんですけど」
「へ、へー。そーなのかー」
春の暖かい日差しが降り注いでくるお昼時。そよ風が俺達の髪の毛を優しくゆらし、中庭に咲いている春草の香りを運んでくる中。
ベンチに座っている俺達の間に漂っている空気は、剣と銃を互いのこめかみに突きつけ合っているような、開戦秒読みの緊迫感だった。
おかしい。俺は今、可愛い女の子に囲まれて手作りお弁当を食べるという、羨ましがられて当然なシチュエーションにいる筈なのに、まるで睨み合う大国に挟まれた小国のような心地がある。
対処を誤ってどちらかが一線を越えた時、戦火に見舞われるのは間違いなく俺だ。
必死になって両方に不義理しないよう、気を回しまくって良い感じに会話を続けていく。お陰でせっかくのツツミちゃんのお弁当、全く味がせん。歯ごたえの異なる、味のしないガムを噛んでいるような気分だ。
遂にはストレスが身体に影響を及ぼし始めたのか、胃まで痛くなってきやがった、最悪だ。いつの間にか太陽に雲がかかって、空まで陰ってやがる。
「あっ、そうだ。先輩。今日はボクと一緒に帰ろうよ。寄りたいお店があるんだ」
「き、今日か。今日は確か図書委員の仕事もなかったから大丈」
その時、俺の学ランを掴む手があった。アヤヤだ。
「駄目です。ナルタカさんは図書委員の仕事があるので、私と一緒に来てください」
「えっ?」
俺は首を捻った。その話は聞いてない。
「さっき先輩、仕事ないって言ってなかった?」
「今さっきできたんですッ! ほら、昼休みも終わりますし、行きますよナルタカさん」
「ちょ、アヤヤ」
ツツミちゃんの訝し気な表情には目もくれず、アヤヤはそのまま俺を強い力で引っ張っていく。ツツミちゃんにまたねと言い残しつつ、俺達は中庭を後にして校舎内へと入っていった。
「あ、アヤヤ? 俺の仕事が今さっきできたって、一体」
「……ナルタカさんは、私のことが好きなんですよね?」
廊下で前を歩いていたアヤヤが、唐突に立ち止まる。こちらを見ないままにそう言った彼女に対して、俺はチラリと周囲に目をやった。幸いにして人の往来は少なく、あまり気にしなくても良さそうだ。
「あ、ああ。まあ、そう、だけど」
「ツツミちゃんの方が好きになったとか、そういうことはない筈ですよね?」
未だにこちらを見ないままに口を開いているアヤヤだ。
「い、いやまあ。それは、その。そう、なのかな?」
「だったらッ!」
突然、勢いよく振り返ったアヤヤ。口元を横一文字に閉じつつも、俯きつつも俺を見上げてきている。その大きな瞳に、大きな気持ちを宿しながら。
「じゃあ、今日は……私と一緒に帰ってくれても、良いじゃないですか。そ、それが、あなたの仕事、です」
デクレッシェンドの如く段々と小さな声になりつつも、彼女の意図ははっきりと分かった。俺は緊張の糸がほつれたかのようにゆっくりと息を吐くと、彼女に対して微笑みかける。
「ああ、いいぜ。久しぶりに、一緒に帰ろうか」
「ッ!」
俺が口を開いた瞬間、窓から光が差し込んできた。雲に隠れていた太陽が顔を出したんだな。
それと同時に、アヤヤの顔も一瞬で笑顔へと塗り替えられていく。まるで桜の花びらが、一斉に開花したかのような笑顔だった。陽の光を受けた彼女の嬉しそうな顔は、息を呑む程に眩しかった。
「……ハッ。わ、分かれば良いんです。た、ただし、あくまで友達としてですからねッ!」
「分かってるよ」
が、桜というものはあっという間に散ってしまうもんだ。何かに気づいた彼女は、念押しをしつつすぐにいつもの顔に戻ったが、俺の頭には先ほどの光景がしかと刻まれている。
彼女のことが好きになって、本当に良かったと思った。
そのまま彼女と適当なやり取りをしつつ、俺達は教室へと戻っていく。ツツミちゃんにもフォローを入れておくとして、放課後が楽しみだな。
もちろん、綺麗に終わる筈はなかった。俺は昼休みに覚えた胃の痛みにずっと耐えており、結果として午後の授業からアヤヤとの帰宅デートの間、ずっとグロッキーだったことをここに記しておく。
楽しそうなアヤヤの手前、何でもない顔をしていたが、彼女と別れた後には顔中に脂汗がにじみ出てきた。
ちなみに青白い顔で家に帰った時、俺を見たハルルは心底驚いていた。
「うわ、何その顔。遂に風邪でもひいたの、あの馬鹿兄が? お赤飯炊かなきゃ」
赤飯って病人食だったっけ。
マイシスターが嬉しそうに炊飯器のスイッチを入れる中、俺は一人で胃薬を一気飲みしていた。
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