君と行くならランラン光る。俺と行こうよ遊園地


 ある日。家に帰った俺は、リビングでハルルから一枚のチケットを手渡された。


「ランランランドのペアチケット?」

「お母さんがショッピングモールの懸賞で大当たりしたんだって、馬鹿兄にもあげる」


 話を聞いてみると、なんとウチのお袋が遊園地のペアチケットを三枚も当てたとのこと。一枚は親父とお袋で、一枚はハルル、最後の一枚は俺へと回ってきたらしい。

 昔から何かと懸賞等に当たりまくっているウチのお袋である。何故その運が俺には遺伝しなかったのか、裁判所を通して二重螺旋構造に調停を申し入れたい。


「これはデートのチャンス。アヤヤーッ!」


 とは言え、幸運のおこぼれを預かることができた。であれば、俺がやることはただ一つ。


『いきなり電話してきたかと思ったら、なんですか急に?』

「俺とランランランドで愛のランデブーをかまさないか?」

『何言ってるのか分からないのに何となく分かるという不思議な気分ですね』


 気を取り直して話をしてみたら、アヤヤからかなり渋い返事が返ってきた。


『い、いやー、その。それは』

「どしたん? タダで乗り放題のチケットまでついてるのに」

『あ、あれです。二人で遊びに行ってそういう噂されたら恥ずかしいってやつです』

「俺がアヤヤにアプローチしてるのはみんな知ってるし、今さらじゃね?」

『もしかしてナルタカさん、羞恥心をお母さんのお腹の中に忘れてきたりしてます?』


 それ絶対取りに戻れないやつじゃね。


『とにかく、私は行きません。あっ、でもツツミちゃんとも行かないでくださいね。もし行こうとしてたら、たわし投げますので。では』


 電話が切られた。誘いは断られた上に、ツツミちゃんを呼んだらたわしを投げられるらしい。何故だ。


「諦めんぞ」


 しかーし。その程度で俺が挫けると思ったら、大間違いよ。俺は何としてもアヤヤとランランランドに行く、誰がなんと言おうとなあ。火が点いた俺は、早速計画を練ることにした。

 次の日。俺は朝の五時から学校に向かい、印刷室に忍び込んでポスターを刷っていた。もちろん、ランランランドのやつだ。


 マスコットであるパンダのランランが、正気を失っているとしか思えないギョロ目で両手を上げているポスターを大量に手に入れると、アヤヤの下駄箱から教室に向かう導線上に貼りまくる。

 仕込みを終えたのは、丁度生徒の登校が始まったくらいだった。間に合ったな。


「…………」


 多くの生徒がこれはなんだと訝し気に首を捻っている中、標的であるアヤヤがやってきた。自分の下駄箱を確認して、動きをピタリと止めている。

 俺はそれを確認すると、何食わぬ顔で出ていった。


「アヤヤ、おはようランラン。今日もいい天気だランド」

「何してくれてるんですか、ナルタカさん?」

「何って、なんでもないじゃないかランラン。ただ偶然にもチラシをもらったから、アヤヤにもおすすめしてるだけだランド」

「おすすめっていうか脅迫ですよね?」

「そんなことないランラン。ランランランドは楽しいランド」

「って言うか変な語尾で、サブリミナル効果を狙わないでくださいッ!」


 ぷりぷりと怒りながら先に行ってしまうアヤヤ。いきなり一本釣りとはいかんかったが、彼女の脳髄にはランランランドが刻まれたことだろう。このまま畳みかける。

 俺は彼女の後を追うことなく、放送室へと向かった。放送機材のコードをスマホに刺すと、動画サイトに上がっている公式動画の再生を始める。程なくして流れ始めたのは、ランランランドの公式テーマソングだ。


『ランランランド~、楽しい楽しいランランランド~。ランランと遊ぼうよ~、目をランランにして遊ぼうよ~』


 パンダのランランが歌っている、この曲。「ランラン」というワードが世界一多い曲ということで、ギネス認定を狙っているらしい。

 ずっと棄却され続けているらしいが、遊園地スタッフは不屈の精神で、毎年毎年申請を上げ続けているのだとか。見習いたいものだ。


 全校放送モードにしている為、校舎内にいる人間は容赦なくこの公式テーマソングが聞こえることになる。今朝のチラシ爆撃によって、まずはアヤヤの視覚に訴えることに成功した。

 次に狙うのは、彼女の聴覚だ。サブリミナル効果を狙っての会話が少なかったので、ここで追撃をかましておく必要がある。完璧だな。


「放送室を勝手に使っておる馬鹿は何処のどいつだッ!?」

「ゲエッ、鬼面ッ!」


 やってきたのは紺色のジャージ姿で角刈り頭の生徒指導教員、鬼面だった。しまった、全校放送モードにしたから職員室にも流れていたのか、抜かった。


「またお前か芝原ァッ! この前は逃がしたが、今日と言う今日は逃がさん。東村先生としっかり呼べるようになるまで、帰れると思うなよ」

「い、いやその。俺にはね、やることが」


 放送室の出入り口は一つのみ。そこを抑えられている以上、俺に逃げ道はない。詰んだ。


「さあ、楽しい生徒指導の時間だ。来い」

「待ってまだ俺には訴えたいことがァァァッ!」


 俺は鬼面によって生徒指導室という地獄に案内された。しこたま説教をくらい、ようやく解放されたのは夕方。あの、今日の俺、一つも授業出てないんですけども、まあいっか。

 グッタリしながら一人で帰宅した後、自室に戻った俺は腕を組んだ。窓が一つで畳が敷いてある六畳一間に、勉強机とベッドが置いてあるクソ狭い部屋だ。


 クローゼット代わりの押し入れがなかったら、タンスまで鎮座していたであろう。ちなみにハルルの部屋は八畳間だ、何この差は。


「にしても、アヤヤにはあと一押しは欲しいところだな。次は味覚と嗅覚に訴える為に、ランランランドのフードメニューでも……っと、スマホが」


 今後の戦略を練っていた俺のスマホが震えた。彼女からのチャットだった。


『これ以上何かされると頭痛が痛いので、一緒にランランランドに行きます』

「よっしゃあッ!」


 約束を勝ち取ったぜ。判定は辛勝と言ったところか、文句は言わん。

 何はともあれ、こうして俺はアヤヤと遊園地でデートすることになった。


 つーか痛いのって頭じゃね? 頭痛自体が痛いとか、全然想像できないんだけど。


「じゃあ日曜日に、ランランランドの入口で待ち合わせ、っと」

『分かりました。経緯はどうであれ、遊園地に行くんですから楽しまないと損ですよね。楽しみにしてます、経緯はどうであれ』


 なんかアヤヤが二回も繰り返してきているが、まあそれは置いといて。さあ、忙しくなってきたな忙しくなってきたぞ。てんてこ舞いの大盤振る舞いだ。

 彼女と遊びに行くのは久しぶりだし、ここは気合いを入れていかねばならん。デートと言えばアベック、アベックと言えばホテル、ホテルと言えば男と女のアーンイヤーンをする愛の休憩所だ。


 まずはゴムの調達からだな、自分の息子のサイズにピッタリなのを探さなければ。

 そうなると、限界までフライトゥンした息子のチン長とチン周の測定からか。そう思って全裸になり、最近のお気に入り動画を再生したところで。


「馬鹿兄。そろそろ夕ごは」


 ハルルが俺の部屋の扉を開けた。


「…………」

「…………」

『来て、来て、もっと奥までぇっ!』


 全裸で息子と定規を握っている俺。

 一瞬でフリーズしたマイシスター。

 AV女優の妖艶な声を再生し続けている俺のスマホ。


「こんの家族の恥晒しィィィッ!」

「剪定ばさみはやめてェェェッ!」


 正気を取り戻したハルルが、凶器を持って襲い掛かってきた。大型のはさみがトラウマになりそう。

 その日の夜は、シャキン、シャキン、という音が耳から離れなくて眠れなかった。シザーガール怖い。

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