君と遊ぶの楽しみなんだ。だから待ったよ、午前三時


 日が昇っては沈んでを繰り返し、やってきたのは待ちに待った日曜日の朝だった。

 今日も快晴。青空と白い雲の下、パンダのランランが笑顔で口を開いている姿を模したランランランドの入場ゲートの前にて、俺はアヤヤを出迎えた。


「おはようございます、ナルタカさん。待ちましたか?」

「おはようアヤヤ。いや、今来たとこッ!」


 よし。デートの定番、「今来たとこ」を言えたぜヒャッホイッ!

 こんなこともあろうかと、朝の三時から粘っていた甲斐があった。ちなみに集合時間は、朝の九時である。


 さて。まずは今日の彼女について確認だ。白い前ボタン付きの黒い楊柳ギャザーブラウスに、無地で薄いベージュ色のサテンフレアスカート。ホワイトに近い色のバレエシューズを履いて、茶色い肩掛け鞄を持っている。

 あら可愛い、見てるだけで昇天しそう。


 一方の俺は、よくわからん英語が黒で印字された白いTシャツに濃いめの青のジーパン。黒い柄付きの白スニーカーという格好だ。悩んだ末に機動性を重視したが、もう少しお洒落してきた方が良かったか。

 ファッション雑誌にあった男がビシッと決めるならのページをリスペクトして、タキシードにすべきだったかもしれん。


「アヤヤの服、可愛いなッ!」

「ありがとうございます。ナルタカさんも、良い感じですね。ぶっちゃけタキシードでも着てくるのかと思ってましたが」


 どうして俺が脳内で並べていた候補の一つが読まれているのか、謎だ。

 それは兎も角、俺のペアチケットでもって、二人でランランの口をくぐって入場した。


 ランランランドはジェットコースターや観覧車、お化け屋敷といった、おおよそ遊園地と言われて考えつく乗り物と各種アトラクションが用意されている。夏にはプールも開放されるという、この街でのデート鉄板の遊び場だ。

 入口でもらった無料配布のパンフレットを広げ、二人して覗き込む。


「うーん、まずはどっから攻める?」

「乗り物を攻めるって言い方してるの、初めて聞きましたよ。そうですねえ」


 俺とアヤヤはパンフレットの前で顔を合わせている。彼女の様子を見つつ、ここでふと思ったことがあった。

 アヤヤはまだ俺に対して、友達感覚しかないんじゃなかろうか、という疑惑だ。告白してきた男子と二人っきりでのデートだと言うのに、調子がいつもと変わっていない気がしている。


 いかん、このままじゃ普通に遊んで終わりになりそうだ。彼女と付き合う為にも、彼女と突き合う為にも、意識してもらうようなアプローチをせねばならんな。


「ナルタカさん、聞いてますか?」

「聞いてるぞ。近くに一時間二千円の格安の休憩所が」

「帰りますね」

「ジョォォォクッ! イッツアメリカンジョォォォクッ! はい、場も温まってきたところでー」


 思わず計画の一部がポロリしたが、まだ大丈夫だ。帰ろうとするアヤヤを何とか食い止めたところで、俺は即座に遠目に見えるアトラクション共を視界に捉えた。


「ごめんて。何せ、女の子と二人っきりで遊園地来るの初めてだしな。ちょっと気が逸ってるだけだ」

「ナルタカさんは、色々と逸りすぎてる気がしますけど。初めてだったんですね……まあ、私は男の子と二人で来たことありますけど」


 なんですと。今の一言は聞き逃せん。

 誰だ、俺のアヤヤと二人っきりで遊園地に来たクソ野郎は。太平洋に沈めてやる。


「…………」

「アヤヤ?」


 まだ見ぬ男に殺意を滾らせていたら、彼女の様子がおかしいことに気がついた。俺は声をかけようとしたが。


「なんでもないです。さあ、行きましょうナルタカさん」

「……よし、行くぞアヤヤッ! 今日一日で俺たちは、このランランランドを制覇するッ!」


 アヤヤがそう言ったので、俺は努めて大きめの声を張った。気にはなったが、彼女が何も言わないのであれば、俺が突っ込むのも野暮な話だ。

 なんでもないなら、なんでもない。今は彼女との時間を、楽しいものにするのが肝要ってやつだな。俺がどうにかできるのは昔じゃなくて、これからだけだ。


 邪魔が入らないようにとスマホの通知を全て切った俺は、彼女を引っ張って乗り物の方へと向かった。



 ランランランドに限らず、遊園地には魔法がかかっていると俺は思っている。某ネズミーランドみたいな宣伝文句ではなく、中にいるだけでウキウキしてくるこの気持ちのことだ。

 おそらく、周囲のみんなが楽しもうという気分でいることが大きいと思う。右を見ても左を見ても、楽しそうに笑っている人達ばかり。案内員さん達も含めて、笑っていない人間の方が少ない。


 コーヒーカップに楽しそうに乗っている子ども。ゴーカートではしゃいでいる、大学生と思われる男性陣。屋台で購入したソフトクリームを、歩きながら美味しそうに舐めているお姉さま方。みんな笑顔だ。

 それに加えて園内に流れているランランランドの公式テーマソング。アップテンポの曲調が絶えず耳に流れてくることで、自然と気分も上がってくる。


 歌の途中でランランが笑う箇所に合わせて笑っている子ども達の声と今日の快晴も、盛り上げに一役買っているな。全ての要素が相まって発生する、君も楽しもうと誘う雰囲気。

 これが遊園地の魔法の正体だ。


「よーし、次はメリーゴーランド乗るかッ!」

「良いですね、行きましょうッ!」


 当然、俺達も楽しい空気に酔いしれていた。入口で若干下がったテンションも、二、三個のアトラクションに乗ったら彼方へと吹っ飛んだ。


「ハイヨーッ、ハイヨーッ、ハイッ、ハイッ、ハイィィィッ! どういうことだ、何故アヤヤとの距離が縮まらねえッ!? しっかり走れ、この駄馬がッ!」

「あっははははッ。ナルタカさん、馬は叩いても早くなりませんよーッ!」


 メリーゴーランドに乗ってジョッキーの如く遊んでいる俺とアヤヤは、一緒になって笑っている。

 普段の彼女であれば何をしているのかとツッコミを入れてきそうなもんだが、今日はそんな様子を見せない。


「ほらほら、次行きましょうよー」

「ま、待ってアヤヤ、早い早い」

「もー。ほら、急ぎますよー」

「ッ!?」


 おまけに、次のアトラクションを急いたアヤヤは、俺と腕を組んで引っ張ってきた。彼女のささやかな胸が腕にクリーンヒットして、俺の胸と股間が高鳴る。


「あれ、ナルタカさん顔が赤いじゃないですか。もう疲れちゃいました?」


 当の本人はこの様子だ。浮かれているからか、おそらく自分がしていることを分かっていないな。

 俺としては嬉しい限りだが、同時に彼女が近すぎで良い意味で心臓に悪い。


「な、なんでもないぜ。そうだ、次はあれに行こう」


 俺が指を指したのは、お化け屋敷だった。指定された順路を回るタイプで、道中に何度も襲われるという仕組み。

 興奮した自分の体温を、恐怖感で冷ましたいという目論見だった。


 ボロボロになった日本家屋っぽい建物を前にした、その時。


「嫌です」

「ホワッツ?」


 アヤヤが仁王立ちし、断固拒否の構えを取った。

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