やっぱり君が好きなんだよ。君の笑顔が好きだから


 今までの浮かれていた空気が吹き飛び、真に迫る勢いがある。


「こんな子ども騙しの何が面白いんですか。所詮は造り物ですし、中を歩くだけで、全然楽しいこともないです。他の所に行きましょうよ」

「そう? 最近改装されて、結構評判良いらしいけど」


 と言うかアヤヤの奴、露骨にお化け屋敷から目を逸らしているし、よく見ると膝が微振動を繰り返している。


「アヤヤ。もしかして、お化け屋敷が怖いんじゃ」

「こ、こここ怖い訳ないじゃないですか、私が何歳だと思ってるんですかッ?」


 アヤヤって俺と同じ十六歳だよな。確かにお化けを怖がる歳ではないのかもしれんが、これ絶対に怖いやつだ。

 確信した俺の中に、悪戯心が芽生える。


「じゃあ行こうかアヤヤ。なあに大丈夫、どうせ子ども騙しだし」

「い、行くなんて一言も言ってないじゃないですか。なに勝手に決めてるんですッ!?」

「だってリニューアル記念で、ドリンク無料チケットとかももらえるし。行った方がお得じゃん。アヤヤだって怖い訳じゃないんでしょ?」

「うぐ。そ、それは、そうですけど」

「だったら行くよねえ、ねええ?」

「わかった、わかりました。行けばいいんでしょ、行けば。汚いピエロみたいな顔しないでくださいッ!」


 ニチャアという擬音が似合いそうな笑みを浮かべたら、アヤヤから了承と共にエッジの効いた反撃を喰らった。汚いピエロて。

 怒りながら勝手にずんずんと進んでいくアヤヤの後ろを、俺はその顔のままついていった。


 お化け屋敷の中は冷房が効いていて、初夏の今には肌寒いくらいだった。まあお化けが出るっていうなら、冷たい空気は鉄板だ。

 薄明りの中で壊れた日本人形なんかが垣間見えてて、雰囲気がよく出ている。ジャパニーズホラーって、良いよね。


「ひ、ひい」


 一方で、入口まで快進撃を続けていたアヤヤは、中に入るや否や一気に大人しくなった。いや、全く動かなくなった。

 ダチョウが銘菓ひよこ饅頭にクラスチェンジしたとでも言おうか。


「な、ナルタカさんは怖いんですよねッ!? し、仕方ないので、私が一緒についていってあげますッ!」

「うんうん。俺が怖いから、一緒に行ってねアヤヤ」


 アヤヤは俺と腕を握り締めたままだ。ささやかなおっぱい様を覆っているブラの固めの感触と、彼女の怯えた表情のコンボで俺の口元が緩みまくる。

 ゆっくりと二人で歩いていると、ひと際冷たい空気が俺達の元に流れ込んできた。同時に耳に入ってくるのは、女の人のうめき声だ。


「あアぁアアアあァ」


 目の前に現れたのは、長い髪の毛で顔を隠した真っ白な死に装束姿の女性。しかも宙に浮いている。

 すげー、これが最新の幽霊か。多分、プロジェクションマッピング的なもので映し出してるっぽいが、現代の技術の進歩はここまで。


「きゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!」

「ウホッ」


 技術革新に感心していたら、悲鳴と共に俺に身体ごと抱き着いてきた最愛のアヤヤ。目を思いっきり閉じており、全身がガタガタと震えている。


「な、な、なんで立ち止まってるんですかッ!? は、早く行きましょうよッ!」

「ちょ。強い強い、力が異常に強いッ!?」


 かと思えば、俺を引っ張ってさっさと動き出した。なんだこの無駄な力強さは、彼女の細い腕の何処にこんな力が。

 と思えば、今度は落ち武者の格好をした男性スタッフが足元を這っている。


「よくも殺したなぁぁぁ」

「殺してないですーッ! ごめんなさいィィィッ!」


 何故か本気で謝っているアヤヤである。その後も彼女は、次から次へと襲い掛かってくるスタッフさん達に、いちいち律儀に返事をしていた。


「あの時の恨みぃぃぃ」

「今度ケーキ奢りますからーッ! 成仏してくださいーッ!」

「あなたもこっち側に来て……」

「私まだ未成年なのでーッ!」

「みんな死ねばいいんだよぉ」

「そんなこと言わないでくださいーッ!」


 なんだろう、このアヤヤめっちゃ可愛い。当の本人は本気で怖がっているようにしか見えないが、俺からしたら微笑ましいものを見ている心地だ。

 もちろんガッチリと俺を抱きしめている。傍から見たら、カップルであるに違いない、むふふ。


「はあ、はあ、はあ、はあ。けほ、けほッ」


 ようやく出口に着いた時、アヤヤは涙目のまま肩で息をしており、声を上げ過ぎたのか時折咳き込んでいる始末だった。


「楽しかったな、アヤヤ」

「何処がですかッ!? ……ハッ」


 笑顔でそう声をかけると、般若のような顔で怒ってきたアヤヤだったが。少しして、俺に抱き着いていたことに気が付いたらしく、バッと俺から飛びのいていく。


「どしたん、アヤヤ? まだ抱き着いてくれてて良いよ」

「結構ですッ!」


 顔を赤らめた彼女が、プイっとそっぽを向いた。

 うーん、その仕草、百点。やっぱ可愛いなあ。


 軽くへそを曲げたアヤヤがベンチに座り込んでアイスを所望しますとのたまうので、俺は近くの販売所でソフトクリームを調達してきた。

 しかし戻ってみれば、先ほどまでベンチに座っていた筈の彼女の姿がない。何処へ行ったのかと辺りを見渡してみれば、園内に植えてある一本の木の枝にしがみついている彼女の姿を発見する。


 その下には、不安そうに彼女を見上げている幼い女の子の姿があった。


「お、お姉ちゃん、本当に大丈夫なの?」

「だ、だだだ大丈夫です。も、もう少しで取れますからッ!」


 枝にしがみついた彼女が伸ばしている手の先には、赤い風船が引っかかっている。

 彼女が木に引っかかった女の子の風船を取ってあげようと、慣れない木登りしたんだと、俺は状況を一瞬で察した。


「取れ、た、ってうわァッ!」

「きゃあっ!」


 急いで応援に行こうとしたが、間に合わなかった。

 必死で彼女が手を伸ばして、風船を掴み取ったその時。無理に手を伸ばしたことで態勢を崩した彼女が、下に落ちてしまったのだ。


「いったた」

「お、お姉ちゃん大丈夫っ!? ごめんなさいっ! わたしが、お願いなんかしなきゃ」


 お尻から落ちたアヤヤは、顔を歪めている。枝から地面へはそこそこの高さがあったし、痛くない訳がない。女の子は責任を感じているのか、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 だけどアヤヤは、女の子の頭を撫でていた。


「ほら、風船取れましたよ。今度は離さないように、ちゃんと握っててくださいね」

「でも、でも。お姉ちゃん、落ちちゃって」

「大丈夫ですッ!」


 彼女はすくっと立ち上がると、両手で握り拳を作るポーズをしてみせた。


「ちょっと痛かったですけど、なんてことありません。全然へっちゃらです。お姉ちゃんは強いんですよッ!」

「う、うんっ!」

「ッ!」


 彼女は笑っていた。痛いのを我慢しているのか、口元だけはぎこちなかったけど。それでも彼女は、笑おうとしていた。

 女の子を安心させようと、何でもない顔を作ろうとしていた。それを見た女の子も、笑っていた。


 俺は反射的に、彼女に一目惚れした時のことを思い出していた。顔をぶつけて痛い思いをしている中でも、鳥の雛を返せたことに安堵して笑っていた、あの時のことを。

 その後は女の子のお母さんらしき人が来て、何度もアヤヤに頭を下げていた。お礼をしたいというお母さんの申し出を丁寧に断り、女の子に手を振ってお別れをしていた。


「大丈夫だったのか、アヤヤ?」


 その時になってようやく、俺は彼女の元にやってきた。振り返った彼女は、引きつった顔をしていた。


「み、見てたんなら手伝ってくださいよ、ナルタカさん」

「悪い。ちょうどアヤヤが落ちた時に、こっちに来たものでな」

「そ、それはタイミングが悪かったです、ね。あ、あの。お尻が死ぬほど痛いので、ちょっと休憩しませんか?」

「もちろんだ」


 その後はベンチにうつ伏せになって唸っていたアヤヤだったが、程なくして痛みは引いていったみたいだった。

 寝そべりながらソフトクリームを食べていた彼女。俺は彼女を見つつ、改めて自分の想いを噛み締めていた。


 アヤヤはずっと、俺が好きなアヤヤだった。自分が辛い目に遭おうとも、誰かが助かってくれるのなら、彼女は微笑む。自分じゃない他の人を思いやって、笑ってくれる。

 見た目も可愛いけど、その性根が、心が、とても綺麗だと感じ入っていた。


 大きく、俺は息を吐いた。アヤヤは俺を不審そうに見ていたが、これは不満からのため息じゃない。喜びと安心と、安堵の深呼吸だ。

 この子を好きになって、本当に良かったって。

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