君の影には触れなかった。だから疑問は尽きないの
雲間にある夕日が傾き始めた今、俺はアヤヤと観覧車に向かい合って乗っていた。
「あー、遊んだ遊んだ。もう夕方なんだな」
「なんか、あっという間でしたね」
アヤヤが回復した後は、お昼ご飯にした。
ランランランド特製のパンケーキやたこ焼き等を買い揃えて、二人で堪能。味的にはショッピングモールなんかにあるフードコートと同じ筈なのに、こういう所で食べると妙に美味いから不思議なもんだ。
ちなみに全て俺の奢りだ。こういう細かいところで点数を稼いでいきたいからな。彼女は自分も出すと言っていたが、断固拒否した。男の見せ場、譲る訳にはいかんからな。財布が軽いかるーいになったけども。
その後はご飯を食べた後ということもあり、比較的穏やかな乗り物から始めつつ。他の乗っていない乗り物やアトラクションを順番にクリアしていった。最後がこの観覧車だ。
締めは観覧車と史記にも書いてある筈だしな、読んだことないから知らんけど。
「にしても、おばけ屋敷が苦手とは思ってなかったな」
「うっ。し、仕方ないじゃないですか。怖いものは怖いんですから」
今日のことを思い出しながら、俺達の会話は弾む。
「ぐぬぬぬ。な、ナルタカさんはおばけとか、怖くないんですか?」
「いんや全然。むしろ幽霊がいるなら、是非とも話してみたい……」
「ちょっと、幽霊って言わないでください。おばけって言いましょうッ!」
「怖いから?」
「怖すぎますからッ!」
「怖すぎますからァッ!?」
幽霊はおばけって言う、ナルタカ覚えた。
「全くもう」
アヤヤがスッと立ち上がった。狭い室内を移動して、俺の右隣に腰かける。
「改めて。今日はありがとうございました、ナルタカさん」
ふわっと香ってくる女の子の香りと、軽く触れる肩。少し身を固くした俺に対して、彼女が口にしたのはお礼だった。
「お誘いから不愉快な思いをしたりと色々ありましたけど、本当に色々ありましたけど」
割と誘った時のことを根に持ってそうな言い方である、すんませんでした。
「本当に楽しかったです。私がまたこんな風に男の子と遊べるなんて、思ってなくて」
アヤヤは何気なしに言っているのかもしれないが、俺はその言葉を聞き逃すことができなかった。
彼女は、また、と言っていたということは、以前に俺以外の他の男子と遊んだことがあるということだ。
無意識の内に、拳に力が入る。
「……アヤヤ」
「なんですか、ナルタカさん?」
何も知らない彼女の過去に俺が入る余地はないが、彼女の未来になら潜り込める可能性がある。ならば、俺にできることは。
「俺、やっぱりアヤヤのことが好きだ」
もう一度、この気持ちを伝えることだ。
過去という後ろではなく、俺が立っていられる前を向いて欲しい。俺のことを、見て欲しい。
それを素直に、真っすぐに、彼女にぶつけることだ。それ以外、俺にできることはない。
「…………」
最初に告白した時のような間が流れる。あの時はまだ、アヤヤがしどろもどろに何か言っていたが、今回は完全なる沈黙だった。
ゴンドラが動き、室内の温度を快適にしようとする空調の音くらいしか、耳に入ってこない。
俺の身体には先ほどと違う緊張が走っていた。最初に告白した時は初めてということもあって高いテンションがあったが、改めて口にすると胸の辺りにむずかゆくなってくるものがある。
この後に何を言われるのか。もう一度、自分と付き合うのは駄目だけど、みたいな言葉が返ってくるような気もしていたが。
「ごめんなさい」
頭を下げたアヤヤのシンプルな一言は、俺の心にダイレクトに刺さった。無意識のうちに、視線が下がる。
これはもしや、完全にフラれたのではないか。そうとしか捉えられない一言に、身体の芯が冷える感覚がある。ストレートな一言が、心に亀裂を刻んだ心地があった。
終わって、しまったのだろうか。
「私は誰かを好きになれないんです」
だけど続けて彼女の口から零れたのは、予想だにしない言葉だった。
俺は思わず、アヤヤの方をのぞき込む。
「今日がとても楽しかったこと、ナルタカさんと居て心地よいことは、本当です。でも、駄目なんです。分かっていない私のままじゃ、あの時の二の舞いなんです。私は最悪、あなたにまで」
その時、雲間から夕陽が顔を覗かせた。うつむき加減のアヤヤの顔をオレンジ色の光が照らし、物憂げな顔の右半分だけ強調される。左半分は影となって暗く、それが俺の邪推を呼んだ。
まるで月の裏側。誰にも見せようとしない闇が、彼女の心に広がっているのではないか、と。
「アヤ、ヤ?」
「なんでもありません」
再び夕陽が雲間に隠れた時、彼女は立ち上がって俺の向かいの席へと戻っていった。
誰かを好きになれないとは、あの時の二の舞いとは、どういう意味なのか。俺の身を案じてくれているような言い回しも、引っかかるものがある。俺を好きになっちゃいけない理由は、俺の為だとでも言うのか。
疑問はいくらでも湧いてくるが、告白をはっきりと断られたというのも事実。その衝撃もあって、俺は上手く物が考えられないでいた。
「そろそろ終わりですね、時間も遅くなってきましたし。帰りましょうか、ナルタカさん」
「……おう」
いつの間にか、観覧車が地面の近くまで来ている。係員に促されて外に出た時、夕陽も沈んだ為に辺りが薄暗くなっていた。遊園地内の街灯が点き始め、園内を明るく照らしている。
暑い雲に遮られて月も見えない暗い空は、まるで俺と彼女の心模様を表しているかのようだった。
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