自分もデートに行きたいんだよ。断るなんてお断り
アヤヤとのデートを終えて家に帰ってきた俺は、自室のベッドに寝ころんで天井を見ていた。思い返されるのは、今日のアヤヤのあの言葉だ。
「言葉の上では完全にフラれた訳なんだが……どうも、引っかかるな。誰かを好きになれない、か。どういうことなんだ? もしかしてアヤヤ、昔の俺と同じなのか?」
思春期をエロに全振りした結果、女の子をそういう目でしか見ていなかった俺である。
もしアヤヤも俺と同じであるならば、とも思ったが、流石にそれはないと首を振る。
「とすると考えられるのが、男について」
俺に先んじてアヤヤの遊園地デート処女を奪ったクソ野郎がいると、彼女の言葉から判明した件だ。
ただアヤヤは今誰とも付き合っていない筈であるから、彼氏という線はない。となると普通に考えられるのは、元カレの線だ。
「昔の男が忘れられないとか、そういうやつなんか? いや、アヤヤは誰とも付き合ったことがないって言ってたから、元カレの線もない。この謎を解明せずして、諦めることはできんのだが……ええー、マジでどういう話なん」
「馬鹿兄。今日の風呂当番、何サボってんの?」
グルグルグルグルと頭の中で仮説が立ち上がっては否定されていく中、部屋のドアがマイシスターによって盛大に開かれた。
前に息子と定規握ってた時もそうだったが、自分の部屋はノックしないと怒ってくる癖に、俺の部屋はノックなしで入ってくるハルルである。
妹ってそういうもんだ、もう諦めた。
「えっ、今日俺だっけ? スマホ鳴らなかったけど」
「あたしのスマホは鳴ってるけど、通知切ってたりする?」
「ヤッベ」
そう言えば遊ぶ際に横やりが入ると嫌だと、全通知をオフにしていたのをすっかり忘れていた。
全然触ってなかったスマホ画面を開いてみると、ちゃんと家事分担アプリからの通知が届いている。俺の所為じゃん。
「お袋からも連絡あったんか。っと、ツツミちゃんからも」
ハルルにごめんして風呂場に向かった時。お袋とエッチな業者からのスパム通知の合間に、ツツミちゃんからのチャットが届いていたことに気が付いた。差出日時は今日の午前中、内容は遊びに行かないかというものだった。
しまった、まるまる一日無視してしまっていたことになる、謝らなきゃ。同じ轍は踏まんとガスの元栓を入れてお風呂を沸かした後に、俺は自室に戻りながらツツミちゃんに電話をかけた。
「もしもしツツミちゃん? 今日遊びに行ってて全然気づいてなかった、マジごめんッ!」
『もしもし先輩? ああ、そうだったんだね。いつもは秒で返信してくるから、おかしいと思ってたんだ。あとゴンって盛大な音が聞こえた気がするけど、ひょっとして土下座とかしてない? 大丈夫、かなり鈍い音だったけど』
部屋に戻ったくらいで彼女が電話に出てくれたので、俺はその場で土下座しながら謝った。彼女にはバレていた。
打ち付けた畳の固さが額にじんわりと広がっていたが、まだだ、たかがウン千万の脳細胞をやられただけだ。
『って言うか、ひょっとしてアヤヤさんとランランランド行ってた? だとしたら、ちょっと羨ましいんだけど』
「相手どころか、なんで行き先まで分かったの?」
『あれだけ学校中にビラをバラ撒いておいて、分からない訳がないじゃないか』
それもそうだわ。
『そっかー。ボクの誘いを無視してアヤヤさんと遊んでたんだねー、先輩』
「グハァッ!?」
彼女のスネたような言い回しが、俺のグラァスハートにダイレクトアタックッ! グッタリしろ、致命傷だッ!
『酷いなー、ボクのことなんてどうでも良いのかなー』
「そ、そんなことないってッ! お、俺で出来ることであればなんでもしますので、どうかその辺で勘弁していただけないでしょうか?」
『んっ? 今、なんでもするって言った?』
しくじった。申し訳なさから、とても安請け合いしてはいけない言葉を放ったような気がする。
誤魔化せ、全力で。
「言ったような言ってないような気がすることがしないでもない感じも多少なりとは存在すると仮定することができますので、まずは論理的に証明していただく必要があると深く考える次第でございます。詳細は事実関係が明らかになってから、後日改めてご報告を」
『通話の録音データ』
「はい言いました、何なりとお申し付けくださいツツミ様」
駄目でした。俺は今から、ツツミちゃんの奴隷になります。
『ま、難しいことは言わないさ。先輩、ボクともデートしてよ。本当は今日遊びたかったからさ』
ツツミちゃんは簡潔にお願いごとをしてきた。そう言えば今日のチャットも遊びのお誘いだったからな、当然っちゃ当然か。
『もちろん、先輩の奢りで』
「待って」
でも次の言葉は聞き捨てならない、というか聞き捨ててはいけない。ただでさえ、今日アヤヤに対して奢りまくったというのに、この上でまだ金を出さねばならんのか。
切り札のお年玉貯金こそあるが、なるべく切りたくない。
「俺さ、実は今、ちょーっと金欠気味で」
『えー、アヤヤさんには奢ったのに、ボクには奢ってくれないのかい?』
「何でバレてんの?」
『あっ、やっぱりそうだったんだ。先輩のことだから、カッコつけて奢るぜーとかやったんじゃないかなーって』
俺って人工衛星か何かで、動きを四六時中監視されたりしてる?
どうしてここまでツツミちゃんに行動が筒抜けになってるの?
俺がツツミちゃんで抜きたいのに。
『まあ、ないものは出せないからね。奢り部分はいいよ。一緒にデートに行ってくれるなら』
「いや、金は俺が出す」
妥協する感じが出ていたツツミちゃんの言葉を、俺は遮った。
思い直したんだが、ただでさえ今日連絡を無視していたのに、この後に及んでお詫びまでケチるとはいかがなものか。いくらなんでもカッコ悪すぎる。
『本当に? 先輩、お金ないんじゃないの?』
「大丈夫大丈夫、金ならまだ何とかなるからな。それにせっかくツツミちゃんと遊ぶんなら、見栄の一つも張ってやりたいって気分よ」
『そうやって色んな墓穴掘ってるって、先輩気づいてるの?』
色んな墓穴って何だろう。墓穴って一種類しかないんじゃなかろうか。
『まあ先輩が言うなら、お願いしちゃおうかな。じゃあ来週の日曜日に、マイナスイオンモールに集合で。もちろん、やっぱお金ありませんってなっても大丈夫だよ。なんならボクが奢ってあげるからさ』
「奢られるなんてカッコ悪いことしません。ツツミちゃんはどーんと構えて、カッコ良い俺に奢られる準備だけしてればオッケーさ」
『じゃあ、期待しておこうかな。楽しみにしてるよ、先輩』
「おう、またなー」
ツツミちゃんとの電話を切った。一つ深呼吸した後に、俺はおもむろに自室を後にする。
向かったのは、マイシスターハルルの部屋。俺はきっちり三回ノックをし、部屋主からの返事があってから「失礼します」の言葉と共に入室を果たす。
「なに、馬鹿兄? 妙にかしこまっちゃってさ。お風呂のことならもう」
「頼むハルル、金を貸してくれェェェッ!」
彼女の顔を視界に収めるや否や、俺はすぐに土下座をかました。
勢いあまって額を強かにフローリングに打ち付けた結果、鈍い音と共に俺の脳細胞が更に死滅していく。
「……妹にお金ねだるとか、恥ずかしくないの?」
「お前の前で全裸になれるくらいには恥ずかしくない」
「死ね」
遂には脳内で罵倒を考えるというリソースすら割いてもらえなくなったのか。非情なマイシスターの一言と共に部屋から追い出され、勢いよく扉が閉められた。おまけに、その日はそれ以上話してくれなくなった。
だが俺を舐めるなよ。しつこく事情を説明し、しつこく土下座し、しつこく陳情を続けた結果。
二度と貸さないという条件付きでハルルを折れさせることに成功し、何とか金を工面することができた。なお返済の為、しばらくの間、俺は小遣いが手元に残らないことになった。
次はお袋に頼むか。
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