君と一緒にやってきたよ。さあさあ行くぞ楽園へ
あっという間に次の日曜日になった。降り注ぐ朝日を庇が遮ってくれている中、待ち合わせ場所のマイナスイオンモール出入り口は、今日も人でごった返している。
巨大な敷地内に生鮮食品からレストラン、洋服等の各ブランド店が一堂に会した大型ショッピングモールだ。駐車スペースを探す車が目の前を行き交う中、人の往来によってスニーカーからハイヒールまで様々な足音が響いている。その中には、クラスメイトっぽい姿もあった気がした。
自動扉が開くと、館内の冷暖房と多数の人の吐息が混ざった独特の匂いが漂ってくる。ランランランドほど楽しもうという雰囲気でもないが、休日をここで過ごそうと期待している人が多く。快晴と合わせて活気があった。
家事分担アプリ以外のスマホの通知を切った俺は、入口に立っているだけなのに何故かチラチラと見られている、何故だ。トイレで恰好を確認してきた時は、見た目に関して全く問題なかったというのに。
ちなみに今日の俺は、黒のタキシード姿である。
「先輩ーっ! 遅れちゃった。待っ、たっ!?」
首を捻っていたら、慣れ親しんだ声がかけられた。俺が顔を上げると、そこには驚いた顔をしているツツミちゃんの姿がある。
首元が緩めのオフホワイトのパーカーにデニム生地のショートパンツ、黒いシューズを履いている。ボーイッシュな彼女のイメージにピッタリで、加えて自己主張の激しいおっぱい様が内側からパーカーを押し上げていた。
実に眼福である。
「おはようッ! 大丈夫、俺も今来たとこ。にしてもツツミちゃん、可愛い格好だな」
「ありがとうの前に先輩の格好が大丈夫じゃないよ。えっ、なんでタキシードなの?」
「カッコ良い俺に奢られる準備をしててって、言ったじゃん?」
男がカッコ良く決めるのであれば、これ以外にあり得ない。雑誌でそれを確認した俺はタキシードをレンタルし、今日に備えた訳だ。
レンタル料が意味不明なくらい高くて、切り札のお年玉貯金を切るハメにはなったが。詫びも兼ねてるし、これくらい平気よ、ぐすん。
「いや、あの。そこまで気合い入れられると思ってなくて、こう。凄く、困ってる」
俺の渾身のキメ顔の返事に対して、ツツミちゃんの反応はぎこちなかった。
あれれれー、思いの外不評だぞー? 何がカッコ良く決めるだ、あの雑誌のクソライター許せん。
今度会った時には三枚に下ろしてやる、会ったことないけど。
「まあいいや、タコライスよりは千倍マシだしね」
彼女の言うタコライスとは、俺が中学校の文化祭のステージでやった一発ギャグだ。頭にリアルなタコの被り物をし、身体を段ボールで作ったおにぎりで包み、文化祭で大いに盛り上がっていたメインステージの上に躍り出た俺は、大声で「タコライスッ!」と叫んだ。
その瞬間。瞬間冷却剤でももうちょい段階踏むぞと思えるくらい、それまでの熱気が嘘のように冷め、体育館中が無言になった。
文化祭史上最も盛り下がった瞬間であり、俺は最強にスベった男として、今でも母校で語り継がれているらしい。
語らんでよろしい。
「あのギャグは中学生にはまだ早かったからな。いずれ然るべき場所にてリベンジする」
「その時は、ボクのいないところでお願いするよ。心の底から」
「…………」
「先輩。膝から崩れ落ちてさめざめと泣かないで、みんな見てるから」
何故ここまでタコライスが受け入れられないんだ、さっぱり分からん。
「全くもう、世話が焼けるなあ」
「ちょ、待っ」
ツツミちゃんは俺を起こすのを手伝ってくれた後に、そのまま腕を絡めてくれた。温かく柔らかいツツミちゃんの身体が、というかおっぱい様が俺の肘に当たっており、その感触たるや何かに形容するにはいささか以上に俺の語彙力が足りない。
ついでに俺の理性も足りない。息子が暴発しそう。無心になるんだ、こういう時は仏様に限る。
「ほら、グズグズしてないで中に入ろう」
「観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時。照見五蘊、皆空。度一切苦厄。舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識。亦復如是」
「なんでまた急に般若心経を唱え出したのさ?」
「大丈夫だ。デートを楽しむ為に、視覚聴覚触覚嗅覚味覚を封印してるだけだ」
「五感を全部封印してるけど、あとは何が残ってるの?」
「心意気、かな」
そのまま俺はツツミちゃんと軽く腕組みしながら、マイナスイオンモールへと入っていった。
中に入ってまず俺達を迎えてくれたのは、総合案内所があるゆとり広場だ。そこは上階が見える吹き抜けとなっていて、解放感がある。
左右にはメインストリートが広がっており、中央には観葉植物や休憩用のソファ、左右に各種お店を並べながら軽く蛇行している。
室内に入って人口密度も上がった為か、冷房が効いてる筈なのに暑い感じがした。
「さてさて。やってきたは良いがまずは何処に行こうか。カラオケかボーリング行く?」
「遊びに行くのは後にして、まずは買い物に付き合って欲しいな。駄目?」
「もちろん良いぞ。何を買いに行くの?」
女の子の買い物となれば洋服なんかが定番で、小物類のアクセサリーなんかも考えられる。
どれでも良いが、今日の俺はツツミちゃんの財布だ。あんまり高級ブランドとか、そういうのでなければまあ。
「水着だよ。シーズンは来てるし、人気のやつはすぐに売り切れちゃうし。夏に向けて良いのを選ばないとね」
「急ぐぞ。夏はもう目の前だ」
「ちょっ、強い強い。引っ張らないで、無駄に力強いっ!」
武者震いというやつか、身体まで震えてきやがった。俺は逸る気持ちを一切隠そうともしないままに、ツツミちゃんと共に目指していった。
夏を最高に仕上げる場所、女性用水着売り場(エデン)へ。
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皆さんは三角形というものをご存じだろうか。そう、三つの辺と呼ばれる線で構成された、図形のことである。
古来より人間に親しまれてきた図形の一つでもあり、建物の屋根からアクセサリー類等の小物に至るまで、幅広く使われてきた。
内側に宿る内角の総和が百八十度等の様々な性質を持っており、俺のような中高生は、何度も数学の教科書でお目にかかってきたものだ。
その三角形が今、俺の目の前にある壁にズラリと飾られしている。赤、白、黄色。チューリップの歌のように色とりどりのそれは、間違いなく三角形。女の子のおっぱい様とお股を隠す為だけに作られた、至高の布だ。
ここはまさしく女の園であり、同時に男の天国である。
分かりやすく言えば、女性用水着売り場の一角にある三角ビキニコーナーだ。
「なるほど。ピタゴラスはこの光景を目にして、三平方の定理を導き出したに違いない」
「いや違いしかないから」
白い三角ビキニを凝視しつつ、顎に手を当てて古代の数学者に思いを馳せていたら、白い薄布で間仕切られた向こう側からツツミちゃんの声がかかった。彼女は今、水着の試着中だ。
「全く。ただでさえ、タキシード姿の変態が水着売り場にいるっていう酷い絵面なのに、これ以上変なことしないでよ」
その言葉と同時に、カーテンレールに乗せられた滑車が走る軽い音がした。揺れる白いカーテンの向こう側から現れたのは、ツツミちゃんという名の芸術だった。
黒い短髪の小柄な彼女。金色の瞳で俺に微笑みかけてくれている彼女は今、おっぱい様とお股の部分を黒い三角ビキニで包んでいる。彼女曰く重たいおっぱい様を支えているのは、か細い紐で支えられた聖なる三角形。
先端にある突起部分とその周囲のみを覆っているそれは、前面の谷間と側面の地肌をこれでもかと強調している。
上半身に対して、下半身の方もワガママだ。お股を覆っている逆三角形は両側面にてちょうちょ結びになっているか細い紐で吊るされており、それを支えているムチムチの太ももも惜しげもなく披露されている。
「どうかな先輩。やっぱりこういうのが好き?」
クルリ、とツツミちゃんがその場で一回転した。背中の方は首の後ろとおっぱい様の後ろでそれぞれちょうちょ結びがされており、二度解く楽しみがあることを確認。
ぶるんという擬音が聞こえてきそうなお尻は、回転の余波を受けてささやかな振動を見せる。
もう一度言おう、これは芸術である。
「…………」
「あれ、どうしたの先輩?」
「ツツミちゃん」
「うん」
「とてもよく似合っている。だけどその姿は、可能であるならばあまり他の人間には見せないで欲しい。ビーチバレー部だったあの時みたいなことにならないとも限らないからな」
「えっ? あっ、はい」
至極真面目な俺の言葉に、戸惑いの表情を浮かべているツツミちゃん。そう反応されるとは思ってなかった、と顔に書いてある。
「もう少し布面積の大きいものとかどうだ? ワンピースタイプのものも可愛いな。これなんかヒラヒラがあって、スカートみたいで良いかもしれん」
「あの」
「とりあえずそれを脱いで、他を検討してみよう。ささ、早く着替えて着替えて。俺はその間にお手洗いに行ってくるから」
「えっ、ちょ、先輩ッ!?」
彼女をさっさと試着室に押し戻すと、俺はカーテンを閉めた。その一連の動作は、まさしく紳士だ。落ち着きを払い、慌てることなく、女性をエスコートするジェントルマン。俺は内心と下半身を悟られなかったことに安堵した。
同時に、俺は行かなければならない場所ができた。目的地は一つ、俺はその場所に、絶対に立ち寄らなければならない。今後ツツミちゃんとのデートを継続させる為にも、必要不可欠な場所だ。
俺はその場所を具体的に把握する為に、近くにいた女性店員さんに声をかけた。
「すいません。お手洗いは何処ですか?」
内側で暴れ狂った息子によって、内側から盛り上がった息子が大変なことになっている。静まりたまえ、こんな所で暴発させる訳にはいかん。
怪訝な顔をした店員から場所を聞き出し、俺はダッシュで向かった。タキシードが擦れて痛かった。
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