君との時間が愛しいよ。これが永遠続くように


 球技大会が終わった、その日の帰り道。

 クラスに戻った俺達はクラスメイトからも散々からかわれることになり、ホームルーム終了後には二人で逃げるようにして学校を出ることになった。駆け落ちしたー、とか背後から聞こえてきたが、無視だ無視。


 ただ二人して疲れ切っていたので、学校を出て海岸線沿いを走ってすぐに限界が来た。暮れ行く夕日が眩しい中、近くの堤防線上にて二人して座り込む。


「ハー、ハー、も、もう駄目だ、走れねえ」

「ぜえ、ぜえ、な、なんでこんなことに」

「そりゃアヤヤがみんなの前で告白するからだろ」

「そうなんですけども、ここまでしなくても良いじゃないですかッ! 表彰式じゃ、二人の初めての共同作業とか言われましたし」


 まるで結婚式のようだった表彰式である。めっちゃ写真も撮られたし、ひたすらに拍手をされ。

 俺もアヤヤも落ち着いてきた頃だったこともあって、変に気まずい思いをしながら校長から賞状をもらうことになった。


 なお初めての共同作業とか抜かしやがったのは、あろうことか校長だ。あのカッパハゲ親父、教育者としてその言葉遣いはなんなんだよ、ったく。


「あー、もう疲れました。ナルタカさん、ちょっと膝貸してください」

「へ?」


 アヤヤはそう言うと、俺の返事を待たずに膝の上に転がってきた。彼女の頭の重みが俺の膝にのしかかったかと思うと、彼女が俺の方を見上げてくる。


「うん。男の人の太ももも、結構良いものですね。程よく固いのが、癖になりそうです」

「普通膝枕って、男が女の子にやってもらうもんじゃねーの?」

「嫌ですよ。あれされてると、太ももが痛くなっちゃいますもん」

「俺の太ももが痛くなっても良いの?」

「良いんです。ナルタカさんは、私の彼氏さんなんですから」

「ええー、嘘ーん」


 どういう理屈なのか。微分方程式で考えても、さっぱり分からない。もしやニュートンでは駄目なのか。


「そう言えばナルタカさん。委員長のことマリア様って呼んでましたけど、あれは一体なんなんですか?」

「マリア様はマリア様だ。それ以外の何ものでもない」

「アッハイ」


 人は崇拝すべき対象と相対した時、自然と頭が下がるものだと言う。つまりはそういうことだ。

 アヤヤは何かを察したのか、それ以上は聞いてこなかった。


「ふふふっ」


 不意に、俺の膝元でアヤヤが微笑んでいた。


「知ってると思いますけども、私ってワガママなんですよ? こんな私を好きになるなんて、ナルタカさんは絶対に苦労すると思います」

「なあに、その方が愛し甲斐があるってもんよ。そもそも俺だってアヤヤのこと知った上で、告白した訳だしな」


 彼女の性格が嫌いってんなら、そもそもここまで彼女に構ってはいない。それくらいは、当初から織り込み済みってやつだ。


「じゃあ、私がして欲しい時に膝枕してくださいね」

「おう」

「電話して欲しい時に、電話してくださいね」

「誠心誠意、努力する」

「あとは私の代わりに宿題もしてくださいね」

「……おう?」


 雲行きが変わった。


「お昼のお弁当はステーキを所望します。焼き加減はミディアムレアじゃないと嫌ですからね」

「いや、あの」

「遊園地は行きましたし、今度は動物園とかも行きたいです。もちろん、全額ナルタカさんの奢りで」

「待って」

「後は私が一人でスマホしてる時、電子の海にいることに漠然とした寂寥感を覚えて、SNS等でも索漠とした感情を拭えないような孤独に陥った場合。私の側に来て、頭をよしよししてください」

「最後の要望は何ッ!? もしかして俺、四六時中アヤヤの面倒見てないと駄目とか、そういうやつッ!?」

「冗談ですよ、本気にしないでください」


 一部冗談に聞こえなかったのも、全て冗談ということにしておこう。そうでなくては、俺の中の何かが保たない。


「そうか、冗談か。俺は一部に戦慄を覚えたがな」

「良かったじゃないですか。国語で戦慄って漢字の問題が出た時に、あっ、あれアヤヤでやったところだ、ってなりますよ」

「アヤヤって真剣ゼミかなんかなの?」

「真剣アヤヤ、高校講座ッ!」

「先生、卑しい男子高校生に夜の保健体育を教えてくださいッ!」

「良いでしょう、まずは人体の感覚からです。これが痛みですよ、アヤヤチョップッ!」

「これが痛み、ナルタカ覚えたッ!」


 いきなり頸動脈をチョップされたんですが、それは。


「ふふふっ。楽しいですね」

「ふふふっ、痛い」

「すみません、思った以上に良いとこに入ったみたいで」


 思った以上で人体の急所を的確に突いてくるあたり、彼女にはアサシンとしての才能があるのかもしれない。首に変な痣が出来ていないことを祈る。


「……私にこんな日が来るなんて、思ってもみませんでした」


 俺が首元を擦っていたら、アヤヤが神妙な面持ちをしていた。


「恋愛が分からなくて、キョウタ君にも迷惑をかけて。挙げ句地元から逃げて来た私が、こんなことになるなんて……誰かを好きになれるなんて、思っていませんでした。こんな気持ちは初めてなんです。ナルタカさん」


 俺の膝の上で仰向けに寝ている彼女が起き上がると、俺のことを真っすぐに見つめてくる。


「甘えん坊な私が、あなたを大好きになりました。私なんかに火を点けたんですから、生半可なのは許しませんよ?」

「上等だぜ」


 そのまま彼女は顔を寄せてきて、


「ん」

「ッ!?」


 俺のほっぺにチューをした。


「覚悟、してくださいね」


 えへへ、っとはにかむように笑ったアヤヤ。俺は息を呑まずにはいられなかった。

 夕陽に照らされた彼女の顔は正面から照らされていて、ランランランドの時のような影はない。彼女の全てが露わになり、かつ全身全霊をもって俺の方を向いてくれているかのような、綺麗な笑顔だった。


 ゆったりと流れてくる海風も、漂ってくる潮の香りも。何もかもがアヤヤを引き立てているのではないかと錯覚するくらいに、温かくて眩しい表情の彼女。今までの中で、一番可愛かった。

 笑顔と不意打ちのキスに、俺は黙り込んでしまう。アンブッシュは一回まで許されると言われているが、こうも綺麗に決められると驚嘆しか湧いてこない。世界の戦争史にも残るであろう、見事な奇襲だった。


 一ノ谷戦いで鵯越の逆落としを決めた源義経だって、裸足で逃げ出すに違いない。そうして逃げたその先でチンギス・ハーンになったんだろう、俺はそう信じている。

 その為にも、義経にはここで死んでもらう訳にはいかない。


「…………」

「な、ナルタカさん? な、何か言ってくださいよ、どうしたんですか?」


 戦国の世に思いを馳せていたら、アヤヤが戸惑ったような声を上げてきた。返事をしていない俺の所為で、彼女を不安にさせたらしい。

 いかん、ちゃんと応えねば。


「殿、心配召されるな。この弁慶が矢面に立ち、必ずや追っ手を食い止めてみせよう」

「ナルタカさんッ!?」

「なあに、敵が千でも万でも、この弁慶の敵ではない。すぐに殿の後を追いますが故に、今は逃げてくだされ。拙者なら大丈夫である。パインサラダを作って待っていてくれ」

「弁慶の時代にパイナップルありましたっけってか、それ以前いきなり何を言い出しているんですかッ!?」

「この戦いが終わったら、拙者は結婚するんだ。こんな傷、大したことはない、すぐに良くなるさ。縁起でもないこと言うなよ。後で必ず合流する。帰ったら一杯やろうぜ。今朝の占いじゃ、今日の俺はツキまくってるらしいからな。無敵の俺が、死ぬ訳ない。今、凄く幸せなんだ。古い手には引っかからない。故郷に戻ったらアヤヤに伝えてくれ、愛してるって」

「キャラがブレッブレな上に、なんですかその死亡フラグのフルコースはッ! そもそも私は目の前にいますよねッ!?」


 急に身体が軽くなってきた感じがある。俺はその感覚を、本能的に察していた。

 俺は今、アヤヤが尊過ぎて天に召されようとしているんだって。


「大丈夫、ちょっと休むだけ。ちょっと休んだら、また頑張れるから」

「なんでほっぺにチューで死にかけてるんですかあなたはッ!?」

「ああ。俺の灰は、木星の大赤斑に乗せて」

「せめて大気圏内にしてくださいッ!」

「ラトパッシュ、僕、とっても眠いんだ」

「何処ッ!? パトラッシュ、イズ、何処……パチもんだこれェェェッ!」


 アヤヤの声が、段々遠くなっていく。とても穏やかな気分だった。生から解放されるのって、存外心地の良いものだったんだな。

 死は終わりじゃない。新しい、始まりなんだ。人も動物も虫も魚も、生きとし生けるものすべてに訪れるもの。


 仲間外れはない。みんな一緒だ、怖くない。笑って、受け入れよう。


「泣かないで。ちょっとお別れするだけだから、な」

「な、ナルタカさーんッ!」


 芝原ナルタカ、ここに眠る。

 なおその後、アヤヤが再び俺の頸動脈にチョップをかましたことによって、俺は強制的に現世に戻ってくることになった。


 家に帰って確認してみたら、俺の首には二本のミミズ腫れのような赤い痣があった。どんな強さでチョップしたらこんなことになるのか。彼女を怒らせないようにしようと、俺は固く誓った。

 まあでも、明日からは晴れてアヤヤとのラブラブな高校生活が始まる。ほっぺにチューで昇天こそしかけたものの、彼氏彼女ということはそれ以上が俺を待っている。


 マウストゥーマウスのキスから下半身創生合体まで、夢は広がりんぐだ。今から失敗しないように、イチャラブモノAVでしっかりと予習しておかねば。


 その日の俺の夜は、長かった。

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