ついた決着終わった復讐。あと残るのは返事だけ
「いくら仲良くしてようが、お付き合いするかどうかは別の話です。それに周りがどうこうじゃなくて、当人達が良いか悪いか、ってだけの話じゃないです?」
知っているような知らないような女子の声は、周囲の雰囲気を変えていく。問いかけられた集団から、ポツポツと言葉が上がり始めた。
「それもそうか、好きか嫌いかは別の話だしな」
「友達として仲良くしてただけってことでしょ。確かに、大騒ぎする程のことでもなくない?」
「中学時代の話とか持ち出されても、知らんしなあ」
アヤヤを非難していた雰囲気が、少しずつ薄れていっている。彼女も顔を上げ、突如として変わった場の雰囲気に目を丸くしていた。
「なんか振られた腹いせに八つ当たりしてるように見えてきたわ」
「昔話を言いふらすとか、プライバシーの侵害じゃない?」
「そもそもみんなの前で告白とか、恥ずかしくないの?」
「な、何言ってるんスかみんな!」
慌てたのはキョウタだった。今まで彼に対して同情的だった筈の空気が一転し、非難の的になりつつある。
味方であった筈の周囲に突如として裏切られ、顔に動揺の色が満ちていた。
「コイツは人を誑かすだけ誑かしておいてポイ捨てするクソアマなんスよ!? 騙されちゃ駄目ッス! 皐月アヤヤが如何に最低な女かを、自分がもう一度教えて」
「その辺にしましょう、鹿嶋枝君」
やがてみんなの中から、一人の女子が現れた。緑色の髪の毛を両側で三つ編みにし、黒縁の丸眼鏡をかけた小柄な女子だ。
図書委員長であり文学少女にしか見えないその見た目に反して、女子サッカー部の部長すら兼任している三年生。
「マリア様」
「こんにちは、ナルタカ君」
昨年俺にマンツーマン指導をしてくれた先輩、マリア様だった。俺らと同じ白い半袖のシャツに紺色の短パン、白いスニーカーを履いている彼女は、俺の方を見るとニコっと笑った。
ふと彼女の声が、先ほど上がった女子の声と重なった。もしかしてさっき周囲の流れが変わった一言は、マリア様が発してくれたのだろうか。
「改めて、二人とも優勝おめでとう。アヤヤちゃんも運動苦手なのに、よく頑張っていました。ちゃんと見てましたよ、本当に凄いです」
「あっ、どうも」
「えっ、あっ、はい。あ、ありがとうございます、マリア委員長」
突如として現れた先輩に、俺とアヤヤは間の抜けた感謝の返事しかできない。
そんな俺達を見てふふふっと笑った後、マリア様は何気なしにキョウタの元へと向かった。
「鹿嶋枝君、もう良いでしょう。あなたはアヤヤちゃんにフラれたんです。前に何があったのか詳しくは知りませんが、これ以上、いたずらに女の子を傷つけてはいけません」
「な、何を言ってるんスかマリア委員長! 自分は被害者なんスよ!? それくらいして当然で」
「被害者とは、加害者に対して何をしても良いという免罪符ではありません」
必死に訴えるキョウタの言葉を、マリア様はあっさりと切って捨てた。
「そうやって復讐をしているあなたこそ、今は加害者の側に立っています。傷つけられて、苦しかったのは分かります。でも何処かで許さなければ、その連鎖は終わりません。罪には罰が必要ですが、必要以上を求めることは最早そちらの気分の問題。アヤヤちゃんはあなたのことで、十分苦しんだと思います。あなたは見ていなかったかもしれませんが、一年生の時に男子を寄せ付けなかった辛そうな彼女を見ていれば分かることです。もしかしたらあなたがいた中学校でも、彼女はずっと苦しんでいたんじゃないんですか? あなたには、許す勇気が足りないのです」
凛とした口調で話していくマリア様である。
キョウタは言い返そうにも言葉が思いつかないのか、口を開いては何も言わずに閉じるという、水中の魚みたいな有様だった。
「か、関係ない部外者は引っ込んでろッス! これは自分とアヤヤ先輩の問題で」
「いいえ、関係あります。これ以上、後輩の委員を傷つけるのであれば。それが同じ図書委員の仕業であるのならば。私は図書委員長として、関係があります」
やっと出せた言葉も、あっという間に封殺されてしまう。容赦なく入ってくるマリア様の様子に、キョウタは完全に腰が引けていた。
「不出来な後輩を導くのも、先輩の仕事ですから」
「いや、あの。自分は!」
「そろそろ静かにしましょうか」
往生際の悪いキョウタに業を煮やしたのか、マリア様はキョウタの顔を右手で正面から掴んだ。アイアンクローされたキョウタはジタバタすることすら敵わず、一瞬で意識を失う。
ガクンっと力なくその場に倒れそうになった彼を、マリア様は肩で担いだ。
「鹿嶋枝君については、私に任せてください。ちゃんと再教育してきますから。そしてアヤヤちゃん。まだやることが残っているでしょう」
「ッ!」
マリア様がニコっと笑うと、アヤヤがピクリと身体を震わせていた。
やること、とは一体何のことか。キョウタのことも何とかなりそうだし、これ以上に何かしなきゃいけないことがあるのか。
「そ、それは。まあ、そうなんですが」
「ナルタカ君も待ってますよ。ちゃんと、言ってあげてくださいね」
マリア様はキョウタを担いだまま行ってしまった。
彼は今日の夜を、何処で過ごすんだろう。俺の経験ではゴミ捨て場、養豚場の順だったが。
「な、ナルタカさんッ!」
彼の行く末に思いを馳せていたら、突如としてアヤヤからうわずったような声が上がった。何かと思って彼女の方を見て見ると、彼女は顔を赤らめている。
「優勝しちゃいましたね。これでお話していた賭けは、ナルタカさんの勝ちです」
「ま、まあ俺の勝ちだよな、うん」
「だから私は、もう一度あなたのことを考えないといけません。そうですよね?」
「お、おお、そうだな」
何故こんな再確認みたいな言い方をされているのか。まさか俺がした約束の仕方に穴があり、やっぱなしでとか言われたりして。
しくじった、約束ごとはやはり書面と押印が必要だったか。物的証拠が何もない場合は言った言ってないの水掛け論となってしまい、弁護士を雇ったとしても棄却されてしまう。せめてボイスレコーダーでもって、音声データくらいは用意しておくべきだったのか。
戦慄が走っている俺に対して、アヤヤは息をついていた。
「構えないでくださいよ、別に反故にするつもりじゃないですから」
「そうなの? あの言い方だと別に約束を守らなくても法的拘束力はないとか、そういう話じゃなくて?」
「なんで高校生同士の口約束に法律を持ち出してくるんですか。相変わらず、思考回路がひん曲がってますね」
今の一言って、かなり毒が効いてない?
いくらなんでもひん曲がってるは言い過ぎじゃない?
「……でも私は、あなたに救われました」
「えっ?」
「思えばあなたは、最初からそうでしたよね。逃げるように遠い高校に来て。男子が怖くて、避けてた私に、ずっと付きまとってきたのはあなたでした」
と思ったら、いきなり回想シーン始まった感じ?
確かに最初のアヤヤは、かなりツンケンしてて取り付く島もなかったけども。
「私に今の高校生活があるのは、あなたのお陰なんですよナルタカさん。あなたがいてくれなかったら、私はずっと、一人でうじうじしていたと思います。一度は拒絶して、ビンタまでしたのに。もう一度、あなたは来てくれて。今日に至っては、私に道まで示してくれました。頑張ったら、思わぬ道が見つかることを。やってみれば、なるようになることを。一緒にやれば、絶対に大丈夫だってことを」
試合途中に俺が言った言葉を、嬉しそうに復唱しているアヤヤ。そうやって言われるとこう、なんか照れ臭いものもある。
「あなたが居てくれたから、私はちゃんとキョウタ君と向き合うことができました。おまけに苦手だった運動で、優勝することだってできちゃいました。あとは、私の、初めてだって」
照れたように頬を赤らめて、アヤヤは俯いた。
待って、アヤヤの初めてって何? 俺、彼女にナニしちゃったの? 何にもしてませんことよ。
それともあれか? 寝てる間に夢遊病的なサムシングで、彼女を性的に襲ったとでも言うのか?
そうだとしたら、俺は犯罪者だ。最低最悪の男として、大人しく牢に繋がれよう。臭い飯がお似合いだ。
「あれ、どうしたんですかナルタカさん、急に項垂れたりして?」
「アヤヤ。俺が獄に繋がれても、手紙を書いてくれるかい?」
「今までの話の何をどう解釈したら、そんなお願いをすることになるんですか?」
どうやら違うらしい。
良かった、気づかぬ内にNTRモノのクソ野郎になっちまったかと思ったぜ。
「全くもう。せっかくのムードが台無しですよ」
「ムード?」
「ええ。既にあってないような感じもしますけど、ちゃんと聞いてくださいよ。一回しか言いませんからね」
アヤヤは、ふう、と息を吐いた。俺、今から何を言われようとしてるの?
「思い返してみたら、私もあなたと一緒でした。去年同じクラスになって、一緒に図書委員の仕事をして。一年間かけてゆっくりと、育んできたものがあります。それに気が付いたのは、ついさっきのことでした。本当はずっと前から、そうだったんだと思います。今思えば無意識の内にそうだったからこそ、あなたにあんなことを言ったのかもしれませんね」
あんなことって、私と付き合うのは駄目だけど、俺に彼女ができるのはもっと駄目という、アレか。あの時の衝撃はケタ違いだったな。
「今、あなたにだけ言います。受け取ってください」
すうっと、彼女が大きく息を吸い込んだ。
「ナルタカさん、私はあなたのことが大好きです。私と、付き合ってくださいッ!」
「 」
世界が止まった。
音も景色も匂いもそよ風も、五感の何もかもが消え失せていって、俺はアヤヤしか認識できなくなる。
真っ白になった世界で、俺と彼女は二人っきり。
笑顔の彼女が放った言葉は、俺の頭の中で反響を繰り返していた。
あなたのことが大好きです、私と付き合ってください。あなたのことが大好きです、私と付き合ってください。あなたのことが大好きです、私と付き合ってください……。
「な、ナルタカさん?」
「……い」
スポンジに洗剤が染みこむように、ゆっくりと俺は彼女の言葉を理解していった。
それと共に湧き上がってくるのは、歓喜、狂喜、驚喜、悦喜、欣快、愉楽、悦楽、喜悦、欣幸、有頂天、歓天喜地。
簡単に言うと、めっちゃ嬉しいってことだオラァァァッ!
「いやったァァァッ!!!」
雄たけびを上げろ、喝采を上げろ。長きにわたる俺の戦いは、今ここで勝利とあいまったのだ。
結婚式場に設置されているカリヨンの鐘、あの鐘を鳴らすのは俺だァァァッ!
テンションの上がった俺は両手を思いっきり上に振り上げて、喜びのままに砂浜を走り回り。遂には海にさえ飛び込んだ。
「やった、やった、やったァァァッ! 遂に俺、俺、アヤヤと付き合うことになったんだァァァッ!」
「ちょっとナルタカさん。喜ぶのはいいですけど、ちゃんとお返事くださいよ」
「そうだった。儀式はしっかり執り行わないとな」
「いきなり冷静にならないでください。なんか怖いです」
おっと、俺としたことが。喜びの余り、早漏になっていたらしいな。
本番前に出ちゃうなんて、お恥ずかしい。キチンと、ヤることはヤらないとな。
水から上がった俺は海水をしこたま流しながら、彼女の前にて膝をついた。
「もちろんですマドモアゼル。俺の童貞を、あなたに捧げましょう」
「前にも言いましたけど。それで女の子と付き合えると思っているなら、一度死んで人生をやり直すべきだと思います」
「カットだ、リテイクを頼む。今度はちゃんとやるから」
「でも。もちろんです、ナルタカさん」
ここ一番でしくじったかと思ったが、アヤヤはニッコリと笑ってくれた。
「これからもよろしくお願いします」
「こっちこそよろしく、アヤヤッ!」
その瞬間、周囲から黄色い声と共に一斉に拍手が巻き起こった。
俺達はギョッとした。そう言えば今って、衆人環視の状況だったじゃん。
「ヒュー、熱いねー!」
「二人ともお幸せに!」
「キャー! キャー! 球技大会に新しい伝説できちゃいそー!」
「えっ? あっ、しま。えっと、違うんですッ! これ、は」
ようやくアヤヤも見られていることに気が付いたのか、一気に顔を真っ赤にしていた。
彼女としては、二人っきりの状況のつもりだったのかもしれないが。生憎、今は球技大会で、ビーチバレーの決勝戦の後で。みんなが見てたんですよ、コレが。俺達は散々弄られることになった。
こうして、長いようで短かった球技大会は終わった。俺はやっと、手に入れたかったものを手に入れることができた。
一番大好きだった、彼女を。
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