君は言ったよ振り出しなんだ。助けておくれよタコライス


 次の日。軽い寝不足だった俺は寝坊することもなく、アヤヤと待ち合わせをして一緒に学校に登校した。

 道中に寄ったコンビニでは、一番くじで妙にリアルなタコの置物を当てた。ハズレじゃねえかと俺は笑っていたが、彼女は何処かぎこちなかった。


 気が散っている、と言った方が正しいか。道々で色んな生徒から「あれが昨日成立したカップルだぜ」と写真まで撮られていたことを、妙に気にしているような素振りだったし。

 アヤヤの様子に首を傾げつつも、いつも通りに学校に到着した。


「皆さん、おはようございまッス。自分は綺麗なキョウタッス。皆さんの高校生活の為に、精一杯努力させていただきまッス!」


 なお正門の前では、目を綺麗に輝かせたキョウタが、やってくる生徒一人一人に元気よく挨拶していた。

 俺はアヤヤと顔を見合わせた後で、彼の視界に入らない裏門から校舎を目指した。


 うん、マリア様。僅か一晩で、一体彼にどんな再教育を施したというのか。

 昨日の今日でのキョウタの変貌っぷりには、彼女がいるであろう三年生の教室の方向に向かって首を垂れるしかなかった。アヤヤには悪目立ちするからやめてくれと怒られた。


 そんなこんな玄関で上履きに履き替え、二人して教室に入った後の開口一番。

 彼女が大きな声で俺に言い放った。


「ナルタカさん、私と別れてください」

「???????????????????????????」


 壊れた機械の如く、俺は大きな瞬きを繰り返す。

 アヤヤの言っていることが、全くもって理解できない。


 だってだって、付き合うことになったのはつい昨日のことですよ。次の日の朝に別れ話が来る訳ないじゃないですかー、やだなー。

 ……えっ、マジ?


「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんッ!」

「ちょ、待っ。膝から崩れ落ちた挙げ句、大声で泣かないでくださいッ! 訳、訳を話しますから、とにかく床から起き上がってください、無駄に重いッ!」


 とは言え、俺の頭の中にはしっかりと先ほどの言葉が刻み込まれており。身体は正直に悲しみを表現していた。

 クラスメイト達がひそひそと話し始める教室を後にし、アヤヤに連れられたのは最初に告白した屋上である。


 俺と彼女以外に、今のところ他の人の影はない。


「ひっく、ぐっす。俺、俺、アヤヤに捨てられて」

「訳を話すって言ってるじゃないですか。本当に別れる訳じゃないんで、まずは落ち着いてくださいッ!」

「すごく落ち着いた」

「ひいッ。一瞬で落ち着かないでください、気持ち悪いッ!」


 そこまで言う?

 兎にも角にも如何にもタコにも、何故アヤヤがあんなことを言い出したのかという理由を聞かねばならん。


「で、結局どういうことなの?」

「えっとですね。別れて欲しいというのは、対外的に、ということでして」

「対外的に?」

「つまり、本当は別れてないんですけど、みんなからは別れたってことにして欲しいんです。私達が付き合っているのは、こう、コッソリやる感じで」


 一体どういうことなんだろうか。

 アヤヤの言っていることは分かるが、何故こんなことにしなければならないのか、その理由が分からない。


「なんで? みんな知ってる訳だし、今さら隠すこともなくない?」

「それが恥ずかしいって言っているんですッ!」


 急にアヤヤの語気が強くなった。


「全校生徒の前で告白しちゃった所為で、今や私達は必要以上の有名人なんですよッ!? 先輩後輩関係なく知れ渡ってて、各所で写真まで撮られてて」


 今日の登校中にも撮られてたしな。しばらくは俺らの話題で持ち切りになることは、火を見るよりも明らかだ。


「しょうがなくない、やっちまったもんは」

「嫌ですッ! 周りに囃し立てられながら付き合うなんて、恥ずかしいんですッ!」


 元々目立とうとしないのがアヤヤだったこともあって、昨日の衆人環視での告白は確かに度肝を抜かれた。

 彼女曰く、どうもあの時は優勝した興奮とかマリア様の後押しとかで血迷っていたらしく、一晩経って頭が冷えたとも話していた。


「そ、そんなこと言われても。つーか昨日の今日で別れるって話をした方が、噂が凄いことになるんじゃね?」

「人の噂も七十五日。どれだけ盛り上がっていようが、三か月もすれば記憶の彼方です。小説だって漫画だって芸能人だって、そうじゃないですか」


 確かに最近の流行りの移り変わりの早さは、びっくりするくらいだ。あっさり時代遅れになっていく作品達には、同情の念を禁じ得ない。


「ちょっとの間、我慢するだけで良いんです。こんな目立つのは嫌なんです。だから、一度別れたことに」

「先輩、アヤヤさんと別れたって本当っ!?」


 アヤヤと話していたら、いきなり屋上の扉が開かれた。

 俺の元に飛び込んできたのは、黒髪短髪金眼巨乳の女の子、ツツミちゃんだ。


「つ、ツツミちゃん。い、いや、その。実はね」

「これで綺麗サッパリ、アヤヤさんとの関係は終わったよね。ボクのところに帰ってきてくれるよねっ! 大丈夫。傷ついた先輩のこと、たっぷり甘やかしてあげる」


 隣にいたアヤヤには目もくれていないのか。ツツミちゃんは俺の腕を組み、うりうりとその豊満なおっぱい様を押し当ててくる。

 待って、息子がスタンドアップする。


「ちょ、ちょっと待ってください。私はナルタカさんと本当に別れた訳じゃありませんッ!」

「あれ、アヤヤさんいたの?」

「いました、ずっといました。別れるっていうのは建前のお話なんです、ナルタカさんから離れてくださいッ!」

「建前の話?」

「えーっとな、簡単に言うとアヤヤがさっき」


 アヤヤによってむりやり引きはがされながらも、ツツミちゃんは俺の話を聞いてふんふんと頷いていた。


「なるほど。こんな目立つ形での関係は望んでないから、一度別れたってことにしてほとぼりを冷まそうってことなんだね」

「そういう話です。やっぱりツツミちゃんは、話が早いじゃないですか」

「じゃあ対外的には、ボクが先輩と付き合うってことにしても良いんだね?」

「    」


 うんうんと頷いていたアヤヤが、突如として固まった。もちろん俺も。

 えっ、何? ツツミちゃん、今なんつった?


「? 何をびっくりしてるんだい? アヤヤさんが先輩と付き合ってるのが問題なら、ボクと先輩が付き合ってることにしたら良いじゃないか」

「なっ、ななななな」

「うん、そうだよね。元々先輩と付き合いたいのはボクの方なんだし、これでアヤヤさんの噂もなくなるし。みんな幸せになれるじゃないか。なんだ、簡単なことだったね」

「何を言ってるんですかッ!?」


 あれ、前もこんなやり取りした覚えがあるぞ。これなんてデジャヴュ?


「駄目に決まってるじゃないですか、ナルタカさんは私が好きなんですからッ!」

「でも表立って付き合うのは駄目なんでしょ? 大丈夫、ボクが先輩と付き合ってることにすれば、アヤヤさんのことはみんな忘れてくれるから」


 再び、ツツミちゃんは俺に腕を絡めてきた。すすすっと身体をくっ付けてくると、嬉しそうに頭を擦り付けてくる。


「じゃあ先輩、これからは恋人ってことでよろしくね。嬉しいなあ、やっと先輩がボクのものになった」

「違うって言ってるじゃないですかッ! はーなーれーてーくーだーさーいーッ!」


 アヤヤがツツミちゃんと逆隣に来た上で、彼女を俺からはがそうとグイグイ引っ張っている。


「だいたい私と別れることにしたからって、ツツミちゃんと付き合うことにしなくても良いでしょうッ!?」

「それを言うなら、アヤヤさんだってそうじゃないか。別れるんならキッチリ別れちゃわないと、みんな納得してくれないよ?」

「私は良いんです、ナルタカさんのことが好きなんですからッ!」

「それを言うなら、ボクだって先輩のことが大好きだからね。その理屈は通さないよ」


 二人の美少女によって取り合いとなっている景品の俺。綱引きの綱の気分を味わう日が来ることになろうとは、このナルタカの目を持ってしても見抜けんかった。


「ナルタカさんッ!」


 アヤヤがひと際大きな声で叫んだ。


「私と付き合うのは駄目ですけど、あなたに彼女ができるのはもっと駄目ですッ!」

「    」


 俺の目が点になった。

 えっ、それってあれじゃん。あの日に戻っちゃったやつじゃん。すごろくで言うところの振り出しに戻るじゃん。


 色々頑張ってきたのに、ここに来て元の木阿弥? どうなってんの世界は?

 元カノと後輩によって引っ張られながら、俺は空を仰いだ。とても良い天気だ、もう訳が分からない。


 付き合わないことにして、こっそり付き合おうと言うアヤヤ。付き合ってないなら、自分と付き合うことにしようと言うツツミちゃん。

 どっちも言いたいことは分かるが、どういう判断をしたら正しいのかが皆目見当もつかない。彼女らの議論は平行線をたどり続け、一向に落としどころが見つかる気配もない。


 俺は一体どうしたら良いのか、そもそも俺の意見は聞いてもらえないのか。この青い空が、何かを教えてくれたりしないか。

 ふと、俺に妙案が下りてきた。この意味不明な状況を打開する、神の一手。そうだ、俺にはアレがあるじゃないか。流石にこれは、お釈迦様でも思うまいよ。


 二人を優しく振りほどいた後に、俺はおもむろに服を脱いだ。


「えっ、ちょ、ナルタカさんッ!?」

「どうしたんだい、先輩。我慢できなくなっちゃった?」


 アヤヤは真っ赤にした顔に両手を当てて目を覆っているのかと思いきや、思いっきり開いた指の間からこちらを凝視している。ツツミちゃんは一糸まとわぬ姿になっても、優し気に俺を見つめている。

 裸を見せて一発かましてやろうと思っていたのに、アテが外れた。


 まあ良い。裸はまだしも、これは予想できないに違いない。俺は頭の上に今朝当てた景品のタコを乗せると、両腕で三角を作り、両足を曲げてひし形を作りながら大声で叫んだ。


「タコライスッ!」


 どうよ、これぞ俺の起死回生の一発。こういうインパクトで一度場を和ませ、その後は俺のペースに持って行くって寸法よ。

 これぞ神の一手。殺伐とした状況にタコライスが、ってやつだな。


 昔ダダ滑りした、あの時のリベンジだ。俺のギャグセンスに酔いな。


「…………」

「…………」

「…………」


 アヤヤは、何も言わない。

 ツツミちゃんも、何も言わない。


 彼女達はクスリと笑うこともなければ、開いた口を塞ごうとする気力すら見えない。

 もちろん俺も、何も言えない。


「…………」

「…………」

「…………」


 沈黙。屋上に吹き込む風と初夏の香り以外、屋上にいる俺達に動きはない。いや、多分彼女達は動けないのだろう。

 何かの限界が来た俺はポーズを解くと、おもむろに服を着た。いつもの学ラン姿に戻った後、タコの置物を屋上から投げ捨て、彼女達の前で膝をつき、深々と頭を下げた。


「……申し訳ございませんでした」


 土下座した俺とそれを見ている彼女達の頭を、太陽はカンカン照りにしている。微かに聞こえ始めたのはセミの泣き声だ。本格的な夏が近づいてきている証拠だ。

 暑い季節は、もうすぐそこまで近づいているというのに。俺達の間に通っている空気は、割れた瞬間冷却剤よりも低かった。


 ――「私と付き合うのは駄目ですけど、あなたに彼女ができるのはもっと駄目ですッ!」完。

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