頷いてくれた君がいるんだ、最早自分に憂いなし


 高く跳び上がったツツミちゃんから、再びコークスクリューサーブが放たれた。


「行くよ、このまま決めるっ!」


 既に試合も中盤以降に差し掛かっているというのに、一向にサーブのキレが衰えない。流石はツツミちゃんだ。


「ここだァァァッ!」

「やっぱり先輩には通じないか」


 だがそれは俺も同じよ。彼女のサーブをしっかりとレシーブで受け止め、鋭く落下していたボールが再び宙に舞う。

 ルール上、俺はこのボールには触れない。ならば。


「頼むアヤヤッ!」

「はいッ!」


 同じコート内にいる彼女に声をかけると、良い返事が返ってきた。空振りすることもなく、彼女はトスを上げてくれる。

 先ほどよりも、良い位置に。


「ナイスだアヤヤ、オオリャァァァッ!」


 大声と共にジャンプした俺は、思いっきり腕を振るった。狙うは相手コートの角、キョウタの後ろ側だ。いくらツツミちゃんがカバーするからと言って、逆側までは間に合わないかもしれない。


「負け、ないっ!」

「チィッ、やっぱツツミちゃん上手いなァッ!」


 俺の目論見は手を伸ばしながら飛びついて拾ってみせた、彼女によって打ち砕かれた。

 背が低い彼女は元々撃つよりも拾う方を得意としており、その動きは一層の輝きを放っている。


 思わず舌を打つのと同時に、感嘆の言葉が出てきていた。


「決めてやれッス、小山内さん」


 キョウタがトスを上げ、起き上がったツツミちゃんが飛ぶ。スパイク来る、どっちだ。俺か、アヤヤか。


「そぉれっ!」

「しまッ、アヤヤの方かッ!」


 俺は二択を外した。次はこちらに来ると思って、カバーに動かなかったんだ。

 結果、ツツミちゃんの放ったスパイクはアヤヤ目掛けて一直線に飛んでいく。駄目だ、彼女がこんなもん受けられる訳が。


「ええいッ!」

「なっ!?」


 驚愕の声を上げたのはツツミちゃんだった。何故なら、アヤヤが彼女の放ったスパイクを、一歩下がってからレシーブで受けてみせたのだ。


「ナイスだアヤヤ。喰らえ俺のコークスクリュースパイクゥゥゥッ!」


 上空へと舞い上がったバレーボール目掛けて、俺も跳び上がる。そのままサーブの時と同じ要領で、腕を振り抜いてやった。

 ジャイロ回転がかかったバレーボールが直角に落ち、驚いているキョウタの横に突き刺さる。審判の男性教員が、静かに俺達の得点を告げた。


「で、できました。できましたよ、ナルタカさんッ!」


 これで一対七。ようやく一点取っただけで、全く追い付けてこそいないが、今の一点はかなり大きい。

 何故なら、アヤヤの口元に笑みが浮かんでいたから。


「完璧だったぞアヤヤッ!」

「私でもできた、行けそうですッ!」


 やる気になったアヤヤが、いきなり成功してくれたからだ。

 スポーツにおいて、できたという実感は何よりも大事だ。できたから行けるに変わり、行けるが再びできたに変わり、それを繰り返した最後には勝てるへとたどり着く。


 これが勝利の方程式だ。

 単なる根性論ではない、勝ちの流れ。


「よーし、アヤヤのサーブだ。このままの勢いで頼む」

「はいッ!」


 アヤヤのサーブは下から撃たれ、平凡な山なりの軌道を描く。これで点が取れるなんて、欠片も思ってはいない。あっさりとキョウタに拾われ、ツツミちゃんがトスを上げていた。


「まぐれは二度も続かないッスよ」


 跳んだキョウタが、ギロリとアヤヤを睨んだ。掌でバレーボールを叩くと、そこそこ鋭いボールが彼女の元に飛来したが、俺はカバーに入る気はなかった。

 彼女のことを、信じていたから。


「えーいッ!」

「う、嘘ッス」


 俺の期待に応えるかのように、アヤヤはレシーブでスパイクを拾ってくれた。信じられないものを見ているキョウタに向き直った俺は、腕を思いっきり振りかぶる。


「信じてたぜアヤヤッ! オラァァァッ!」


 今度はキョウタ目掛けてスパイクを放った。茫然としていた彼はワンテンポ遅れてスパイクに気が付いたが、時すでに遅し。彼の手元にヒットしたボールは横に飛んで、コートの外へと転がっていった。

 俺達の二点目だ。


「行ける、勝てるッ! アヤヤ、このまま逆転するぞッ!」

「もちろんです、ナルタカさんッ!」


 勢いに乗じて、俺達は果敢に攻め立てた。アヤヤは二回に一回どころか、ほとんど拾ってくれている。お陰で無理なカバーを考えなくて良くなり、俺の方にも余裕が生まれた。

 脳内にアドレナリンでも出ているのか、先ほどまで感じていた疲労感さえも何処かに吹き飛んだような心地だった。


 結果、アヤヤのサーブであったにも関わらず、俺達はあっという間に追いつき、遂には逆転した。

 一気に九点を取って、マッチポイントまでこぎつけたが。


「ボクだって負けないっ!」

「ぬおッ!?」


 ツツミちゃんが跳び上がった。

 大きく揺れる胸をものともせずに腕を振り抜き、放たれたのはジャイロ回転したスパイクだ。


 ボールは味方コートに突き刺さり、ここ一番で点を取り返された。

 これで九対八だ。


「ボクの先輩への想いは、誰にも負けない。ちょっと行ける気になった程度に、負けてたまるもんか。ずっとずっと、先輩だけを追いかけてきたんだ。ボクは、こんな所で終わってなんかやらないっ!」


 着地した彼女は、キッと顔を上げた。

 その目は真っすぐに、俺を捉えている。熱い視線に、心ごと射抜かれそうになる。


「終わって、堪るか」


 続いたのはキョウタだった。続けて放たれた彼のサーブを何とか拾って返したものの、まだ向こうの攻めは続いている。

 ツツミちゃんからの綺麗なトスに、彼は思いっきり跳び上がった。


「自分が何のために、こんな遠い学校まで来たのか。自分が何をしにここまでやってきたのかって……オラァァァ!」

「ふぎゃあッ!?」

「アヤヤッ!」


 キョウタの放ったスパイクが、アヤヤの顔面を捉えた。彼女は押し出されるようにのけ反って、背中から砂浜に倒れていく。

 ボールは明後日の方向に飛んで落ち、向こうの点となった。


「アヤヤ先輩に、今度こそ思い知らせるんス。自分の思いを、執念を」

「か、鹿嶋枝君? ルール違反じゃないけど、女の子の顔を狙うのは、あんまり良くないと思う、よ?」

「ルール違反じゃないんスよね? ならこれも、立派な戦術ッス」


 戸惑っているツツミちゃんに対して、キョウタが冷たく言い放っている。

 確かにビーチバレーにおいて、相手の顔にぶつけてはいけないというルールはない。


 ないが、素人の顔面を意図的に狙ってボコボコにして良い、というものでもない。ルールではなく、マナーの話だ。


「それともなんスか? 小山内さん、負けたいんスか? 勝ってあのパーマ先輩、取り戻したいんでしょ? 違うんスか?」

「そ、それはそう、だけども」

「じゃあ手段なんか選ばなきゃいいじゃないッスか。勝てば良いんスよ」

「アヤヤ、大丈夫かッ!?」

「大丈夫、です。ナルタカさん」


 駆け寄った俺に対して、アヤヤは顔を抑えながら立ち上がっていた。鼻の頭を真っ赤にしているが、彼女は微笑んでいる。


「私が、運動音痴なのが、いけないんです。これくらい、へっちゃらですから」

「痛いなら、無理しない方が」

「無理じゃないです。これは、頑張ってるんです」


 軽くフラついた彼女の肩を、俺は支える。彼女は笑みを崩さない。


「頑張ったら、何とかなるんでしょう? 諦めなければ、思わぬ道が見つかるかも、しれないんでしょう? ナルタカさんが、教えてくれたんじゃないですか。なら、私だって頑張ります。これくらいで、負けませんよ」

「アヤヤ……」

「それにナルタカさん。私と賭けをするんでしょう?」


 殊勝な彼女の姿に思わず涙腺が緩んでくる中、立ち上がってくれた彼女は更に嬉しい言葉を続けていた。


「この球技大会で優勝したら、私はもう一度あなたのことを考える。駄目だったら、もう諦めるって、そう言ってたじゃないですか」

「アヤヤ、それは」

「私は賭けに乗ります」


 俺の顔を見てはっきりと、アヤヤは言い放った。


「ここで優勝したら、ちゃんとナルタカさんのこと、考え直しますから。もう一度あなたのこと、見直しますから。頑張りましょう、あと一息ですッ!」

「……ああッ!」


 昇っている太陽の如く綺麗に微笑んでくれた彼女に対して、俺は心からの返事をした。

 遂にアヤヤを、賭けに乗せることまでできた。第二関門も突破だ。


 最早今の俺に、一点の憂いもなし。

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