君が好きだよそれだけなんだ。それだけだから頑張れる
「ウォォォリャァァァッ!」
「なァ!? あ、あれを拾うんスかァ!?」
「流石は先輩、浜辺のマムシは伊達じゃないね。けど、これで終わりさっ!」
何とか相手コートへとボールをはじき返したが、ツツミちゃんが拾い、キョウタがトスを上げてスパイクが放たれた。
当然、生徒の合間にいた俺は間に合わず、アヤヤはピクリと身体を震わせただけで、ボールは俺達のコートに突き刺さっていた。
「ハア、ハア、お、オェェェッ。ペッペッ、砂食ったァッ!」
「……もう、良いじゃないですか」
飲み込みかけた砂を吐きだしていた時、おずおずとアヤヤが声をかけてきた。
「ナルタカさん、ボロボロじゃないですか。そもそも私がいる時点で、こっちは圧倒的に不利ですし。ナルタカさんだって、身体が」
「な、何言ってんだアヤヤ。俺ならまだまだ。あ、アレ?」
「ナルタカさんッ!? タイム、タイムお願いしますッ!」
軽いめまいを覚えた俺は倒れ込みこそしなかったものの、砂の上に膝をつく。
言われてみれば俺の身体は、かなりキていた。汗はダラダラだし、主要な筋肉は筋が見えそうなレベルで張っている。手足は軽く震えてすらいた。
ヤバ、いつの間にか無茶し過ぎてたみたいだ。現役のつもりで動いてたけど、アヤヤを追っかけて一年以上のブランクがあったから、昔みたいにはいかないのか。加えて、昨日まで無茶のツケも回ってきたらしい。
タイムのお陰で一時的な猶予をもらい、俺はその場に座り込んだ。現在スコアはゼロ対七。油断していると、すぐに終わってしまいそうな状況だ。
「だ、大丈夫。ちょっとクラっときただけだから、休めば」
「……諦めたら、良いじゃないですか」
彼女はこちらを見ないままに俯いていた。
「私は、今度こそ、キョウタ君に報いてあげなくちゃいけない。そのチャンスを彼がくれるって言うんなら、もう、私がどうするのかなんて分かりきってるじゃないですか。勝っても私が考え直す訳がないのなら、負けで良いじゃないですか。なのにどうして、ナルタカさんは諦めないんですか? ツツミちゃんみたいな可愛い後輩にまで好かれてるのに、何で無茶するんですか? どうして私なんかの為に、そこまでするんですか? どうしてあなたは、いつも、そこまで」
「それが、俺の好きだから」
声が震えているアヤヤに、俺は息を整えながら、ゆっくりと語りかける。
「俺さ、アヤヤが好きなんだ。入学式の日に鳥の雛を巣に戻そうとして、転んじゃって。それでも笑ってたアヤヤが、大好きになったんだ」
「ッ!? み、見てたんですか、あの時のこと。って言うか、それ、だけで?」
「うん、それだけ。まあ、要は、一目惚れだったんだよ。自分が怪我してるのに、雛のことを想いやって。鼻血まで出てたのに、ちゃんと戻せた時に笑顔になったアヤヤを見て。あっ、この子が良いって、そう思ったんだ。ぶっちゃけ、そんだけよ? それ以上出せって言われても、多分体液しか出せん」
話しててなんとなく照れ臭くなってきた俺はいつものようにボケてみたが、彼女からのツッコミは返ってこなかった。
仕方なく咳払いをした俺は、改めて口を開く。
「それだけで、俺は頑張れる。アヤヤの為って思ったら、いくらでも頑張れるんだ。不思議だよな。まあ、ハルルとかツツミちゃんがいてくれたこともあるんだけどさ」
「ハルルって。いつかお話してた妹さん、ですか?」
「ああ。ハルルがいなかったら、俺は腐っていくだけだったと思う。それに加えて、こんな俺ですら好きになってくれた女の子だっている。彼女の為にも、俺はカッコ良くいたい」
ここにはいない妹に思いを馳せた後で俺が顔を向けると、休憩中のツツミちゃんと目が合った。肩にかけたタオルで汗を拭き、給水ボトルの水を飲んでいた彼女は、ボトルを口から離すとニッコリと微笑んでくれた。
俺も笑顔を返し、アヤヤへと向き直る。彼女はビクッと、身体を震わせていた。
「俺のことを信じて待ってくれている子がいる。その子にちゃんと向き直る為にも、俺はやれることを全部やりたい。中途半端じゃ、いられない。だからアヤヤ」
俺は立ち上がり、彼女に対して手を差し出した。
「一緒に頑張ろうぜ。アヤヤは一人なんかじゃない。アヤヤのことが好きな、俺がいるからさ。二人で考えたら、なんか分かるかもしれんし。頑張ったら、思わぬ道が見つかるかもしれん。出来ることだけでも、やってみようぜ。やってみれば、なるようになるからさ」
「ナルタカ、さん」
一呼吸置いた後、俺は彼女に対して思いっきり笑ってみせた。
「絶対、大丈夫だ。だから、一緒にやろうぜッ!」
「ッ!」
その時のアヤヤは、まるで雷にでも打たれたかのようなリアクションだった。
目を見開いて、身体を震わせて。ただただ呆然と、立ちつくしてしまっている。
「なん、ですか、今のは。私、あなたに対して、感じたことない、何かを……いや、もしかしたら。私はずっと、あなたのことを」
アヤヤは口を半開きにしたまま、俺が差し出した手だけが視界に入っているかのように、恐る恐る自分の手を伸ばしてくる。
「では、そろそろタイムを終わりにします。コートに戻ってください」
審判の男性教員の声がかかり、アヤヤの手が俺に触れることはなかった。
時間切れか、惜しかった。もう少しでアヤヤの手を、にぎにぎと愛でられたのに。
「時間か。点差は結構開いてるけど、まだ負けた訳じゃない」
「……そうですね。まだ、終わってませんよね」
スコアは非情な現実を突きつけてきているが、まだ終わった訳じゃない。劣勢からの逆転こそ、スポーツの華よ。
アヤヤが手をひっこめたと思ったら、掌をこちらに向けてきた。
彼女の瞳は、何処か吹っ切れたような色がある。向けられた掌の意図を一瞬で察した俺は、彼女と勢いよくハイタッチをした。
「やるぞ、アヤヤッ!」
「はい、ナルタカさんッ!」
あれからずっと聞けなかった元気な声を、彼女は上げてくれた。その言葉を受けて、何だか行ける気がしてくる。
アヤヤが先にコートに戻ると、先ほどのような棒立ちではなく腰を低くして構え直していた。
「羨ましいよ、アヤヤさん」
ツツミちゃんがサーブのボールを受け取った後、アヤヤの方を見た。
「ボクはずっと、先輩が好きだ。先輩の一番になりたいって、ずっとずっと思ってる。でも、今はあなたがいる。本当に、悔しくて悔しくて……羨ましいよ」
「ツツミちゃん。私、は」
「だからこそ、負けない」
ツツミちゃんはニッと笑って、アヤヤと俺を見た。
「カッコ良い先輩を、ボクが射止めてみせる。いま先輩の一番になった程度で、いい気にならないでよねっ!」
「ツツミちゃん……はいッ!」
アヤヤも何かを受け取ったのか、威勢のいい返事をしていた。
俺にはよく分からんかったが、男には分からん女の子同士の何かがあるのか。今度ハルルに聞いてみよう。
「…………」
一方で、給水を終えてこちらへ戻ってきている途中キョウタの奴は、何も言わない。その視線は憎々し気にアヤヤを見た後に、俺の方へと注がれている。
奴とのすれ違いざま、俺は決意を新たにする為にも、口元で小さく声に出した。
「絶対に、お前の思い通りになんかさせん」
「調子乗んなよ、部外者が」
キョウタも吐き捨てるように俺にそう呟いた後、自分達のコートへと戻っていった。
部外者か、試合前にも言われたな。キョウタからしたら俺なんかどうでも良い存在だ。中学の時の奴の因縁に何にも関係しない人間、それが俺だ。言い分としても間違ってはないのかもしれんが。
「部外者だろうが何だろうが、アヤヤを悲しませるつもりなら容赦はせん。無理やりにでも関係者になってやるから、覚悟しやがれ」
強い視線をキョウタに向けた後、俺も自分のコートへと戻った。
審判の男性教員がダルそうに声を上げる。試合再開だ。
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