及び腰の彼女であっても、俺は絶対諦めない
決勝戦が始まった。じゃんけんの結果、サーブは俺からだ。
海を背にしてボールを構えた俺の目の前には、背中から見ても気落ちしていることが分かるアヤヤと、ネットを挟んで俺を見据えているツツミちゃんにキョウタ。最初はキョウタが、俺のサーブを受けることになるのか。
審判の男性教員が面倒くさげに試合開始を告げる中、俺は手に持ったバレーボールを見る。
「出し惜しみなんかしてられん。取れる時に、点を取らせてもらう。喰らえ俺のコークスクリューサーブゥゥゥッ!」
十点だ。余計なことされる前に十点取れば、俺達の勝ちだ。全部、丸く終わらせてみせる。
高くボールを放り投げた俺は合わせて跳び上がり、思いっきりバレーボールをぶっ叩いた。
「甘いっすよ、パーマ先輩」
「ッ!?」
キョウタは不敵に笑うと、ジャイロ回転した後に落下した俺のサーブをあっさりとレシーブで受け止めて見せた。
「小山内さんから聞いてますからね、自分にそのサーブは通用しないッスよ」
「上げるよ、鹿嶋枝君っ!」
拾ったボールの落下地点にツツミちゃんが回り込み、両手でトスを上げた。綺麗なトスだった。彼女の実力は、昔と全然変わっていない。
「行くッスよ。自分の思いを受け取ってくださいッス、アヤヤ先輩!」
跳び上がったキョウタが、アヤヤに向けてスパイクを放った。元野球部ということもあって運動神経の良いキョウタの一撃だ。
俺のような元経験者であれば、恐れる程のものでもないが。
「きゃあッ!」
「く、そォォォッ!」
如何せん、狙われたは素人のアヤヤだ。勢いの良いバレーボールの来襲に身体がすくんだのか、その場に棒立ちになっている。
俺がカバーに入ろうとしたが、あと一歩届かなかった。
「ナイス、鹿嶋枝君」
「どもッス、小山内さん」
ハイタッチを交わしている下級生二人。ツツミちゃんは俺の方をみてにっこりと笑い、キョウタはアヤヤに対して声をかけていた。
「あと九点ッスね、アヤヤ先輩」
無慈悲なそのカウントダウンによって、彼女の顔が青ざめている。
それを見て喜んでいるかのように、キョウタの奴は口元を歪めていた。
「大丈夫だ、アヤヤ。まだ始まったばかりだしな」
「あ、あああっ」
俺は彼女に対して励ましの言葉をかけたが、全く届いていないように思えた。
点を取られたことによってサーブ権が変わり、次はツツミちゃんのサーブとなる。受けるのはアヤヤだ。ボールを持った彼女は一つ頷くと、ボールを高く放り上げた。
「そう、れっ!」
「なァッ!?」
俺は声を上げずにはいられなかった。舞い上がった小柄な彼女から放たれたのは、ジャイロ回転しながら直角に落ちるサーブ。
俺が放っていたコークスクリューサーブだったからだ。
「ひッ!?」
当然、アヤヤが取れる筈もなく。驚いた拍子に尻もちをついた彼女の目の前に、バレーボールが深々と突き刺さっている。
ツツミちゃんはニッと笑っていた。
「これ、部活じゃ挨拶代わりだったよね、先輩」
「俺の記憶じゃ、ツツミちゃんはまだ覚えてないと思ってたけど」
「いつまでもできないままじゃないさ。先輩が教えてくれたことは、ちゃんと会得しておかないとね」
教えたのは紛れもない俺自身だ。背の低い彼女はかなり高く跳ばないといけないから、苦労していた覚えしかなかったが。どうやら、もう俺の知っているツツミちゃんではないらしい。
彼女が本気で俺を負かしにきているのだと、思い知ることになった。
「流石ッスねえ、小山内さん。アヤヤ先輩。あと八点ス」
「あと、八点」
カウントダウンがまた進んだ。アヤヤはフラフラと立ち上がりこそしたものの、全くやる気が感じられない。
サーブの受け手が俺になり、再びツツミちゃんのサーブになった。小柄な彼女が、太陽を背負って空高く舞い上がる。
「行くよ先輩。ボクの想い、受け取ってっ!」
「甘いわァッ!」
放たれたコークスクリューサーブを、俺はレシーブで受け止めた。部活で挨拶代わりにぶつけられていたからこそ、ここで取られるようなヘマはしない。
舞い上がったボールは俺が調整したこともあって、アヤヤの元へと落ちていた。
「アヤヤ、上げてくれッ!」
「え、えいッ、ふぎゃあッ!?」
ボールは上がってこなかった。トスをしようとした彼女だったが、手の間隔を開きすぎたのか、ボールは両手の合間をすり抜けて彼女の顔面にヒットする。
しまった、彼女の運動神経を舐めていた。
「あららー、大丈夫ッスかアヤヤ先輩? 無理なら、もう棄権してくれても良いッスよー?」
「大丈夫、です。ありがとう、ございます、キョウタ君」
心配しているフリをしつつ、馬鹿にしているようにしか見えないキョウタだが。アヤヤはちゃんと返事をしていた。彼女の様子に、俺は奥歯を噛み締める。
これでゼロ対三。未だに一点も取れていない中、サーブ権はツツミちゃんのまま。彼女のコークスクリューサーブをアヤヤが拾える筈もなく、点差は四に広がった。
続くサーブを俺は拾うことに成功し、再びボールがアヤヤの元へと降り注ぐ。
「アヤヤ、もう一回だッ!」
「え、えいッ」
前回の反省が活きたのか、アヤヤはトスを上げてくれた。ツツミちゃんのようにスパイクを放つ味方のことを考えた綺麗なトスではなかったが、ボールが上がっただけで上等だ。
俺はトスに合わせて跳び上がり、思いっきり腕を振るった。
「オリャァァァッ!」
狙ったのは彼らの間隙。元経験者と運動神経の良い面子とはいえ、所詮は急造のチーム。どちらが対応するのか判断し辛い場所さえ狙えばあるいは、とも思ったが。
「任せたッス、小山内さん」
「ええいっ!」
「なッ、ツツミちゃん」
一歩も動かなかったキョウタに対して、ツツミちゃんが素早く反応してみせた。俺のスパイクに飛びつきながら手を伸ばして、片手だけで拾ってみせる。
そのボールの落下点にキョウタが構えた時には、彼女は既に立ち上がっており、ネット際へと詰めて来ていた。
「頼むッスよ、そら」
「先輩、もらったっ!」
「ひいッ!」
跳び上がったツツミちゃんを見て、アヤヤが身をすくませている。再び強烈なスパイクが飛んでくるんじゃないかという恐れが、顔に出ていた。
「危ないアヤヤッ!」
同じ手は食わんと、俺がカバーに入る。
アヤヤの隣に立ち、ツツミちゃんの一撃に備えたが。
「なーんちゃって。そっちだっ!」
「ゲッ!」
打つ直前で、ツツミちゃんは狙いを変えていた。俺が動いたことによってできたスペースに、容赦なくスパイクが打ち込まれる。味方コート内にボールがめり込み、審判の先生が淡々と得点を告げていた。
この時点でゼロ対五。相手は既に折り返し地点に立っているというのに、俺達は一歩も進めていない。
その後にもう一点取られたことで、ゼロ対六に差は広がった。
「ハア、ハア、ま、不味い。このままじゃ」
息が上がってきた中、俺は舌を打っていた。
向こうのチームは元ビーチバレー部のツツミちゃんと元野球部のキョウタだ。どちらが穴かと言われれば間違いなくキョウタの方だが、奴の運動神経は一般的なスポーツマンのそれ。
おまけに自分にできないことをハナから放棄しており、スパイクへの対応をツツミちゃんに一任するという役割分担さえ決まっていて、実質穴ではなくなっている。
一方で俺のチームは、アヤヤが明確に穴だ。運動音痴の彼女を集中砲火されるに加えて、フォローに回ろうとすれば、ツツミちゃんが容赦なく空いている所にボールを打ち込んでくる。
俺の動きを熟知している、ツツミちゃんだからこそできる芸当。毎回毎回俺かアヤヤかの二択を迫られ続けることが目に見えており、厳しいなんてもんじゃない。
「さあもうすぐッスよ、アヤヤ先輩!」
「キョウタ、君。あっ」
おまけにキョウタに対して後ろめたさがあるアヤヤが、一層の及び腰になっている。
元々なかった動きのキレが更なる悪化を辿り、最早自分のところに来たボールに反応するだけのBOTになりつつある。
だが。
「諦めて溜まるかァァァッ!」
ツツミちゃんのコークスクリューサーブがたまたまアヤヤの腕に当たり、ボールが明後日の方向に飛んでいく。
俺は大声を上げて全力疾走をし、見学に来ていた生徒の合間に大口開けながら飛び込んでボールに食らいついた。
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