そんなつもりはなかったよ。だけどみんなはそうだった


 皐月アヤヤは中学校の頃から美少女であった為に、男子からの憧れの的であった。

 一部の女子にはひがまれていたかもしれないが、彼女の周りには男女共にたくさんの人が集まっていた。


「アヤヤちゃーん、一緒に遊ぼうッ!」

「アヤヤさん、動画サイトの新着見た?」

「はいはい、ちょっと待ってくださいね」


 目立つことは嫌いではあったものの彼女は親しみやすく、誰とでも仲良くしていた。

 男女分け隔てなく仲良くするその姿に、勘違いしそうになる男子は多かったが、当の本人にその意識はなかった。


(みんな仲良くが、一番ですよね)


 アヤヤは恋というものが分からなかった。もちろん好きな小説等によって、自分にとって特別な男の子ができるという知識は知っていたが、友達としての好き以上に想える相手がいなかった。

 クラスメイトや他で関わり合いになる男子も、仲良くしてくれるお友達。それは後に出会うことになるキョウタも同じだった。


 二人の出会いは、そこそこ劇的であった。帰り間際に野球部の近くを通っていた彼女の元に飛来した、ファールボール。それを飛びつきキャッチで防いだのがキョウタであった。


「ありがとうございました。ボール取る姿、カッコ良かったですよ」

「へへへッ、練習してて良かったッス」


 その時はそれっきりになったが、なんの偶然か、彼らは再会することになる。クラスでのくじ引きにハズレ、合唱祭の実行委員長になったアヤヤの元にやってきたのが彼だった。


「あっ、あの時の先輩。これからよろしくお願いしまッス!」

「はい。よろしくお願いしますね、キョウタ君」


 学年を越えたイベントとあって、なかなか大変だった実行委員の仕事。イケイケで派手なもの好きのキョウタは次々と提案していき、アヤヤがブレーキとなってそれを諫めるという形が多かった。

 彼らは協力し合って業務をこなしていき、二人で買い出しに出かけることもあった。


「もっと派手なのにしないッスか? こう、金色でピカピカみたいな」

「雰囲気に合いませんって。でも部分的には良いかもしれませんね。飾り付けに金色も取り入れましょうか。買うのはこれとこれと」

「あっ。重い荷物なら任せてくださいッス! こう見えて鍛えてますから」

「普通に鍛えてるように見えますよ。あっ、目元にゴミが。ちょっとそのままにしててくださいね」

「えっ、あっ、せ、先輩」

「はい、取れました。目に入っちゃ危ないですからね、気を付けてくださいよ?」

「は、はいッス!」


 アヤヤはキョウタに対してかなり気を許した態度を取っていた。それこそ、二人だけでランランランドに遊びに行ったりするくらいまでに。

 二人のその姿は、恋人にしか見えないと話されるくらいには。思春期が始まり、男女の恋仲を意識し始めるお年頃である。


 アヤヤとキョウタの噂は、一気に広がっていくことになった。

 しかし彼女には、全くそんなつもりがなかった。


(可愛い後輩ですね。こんな弟が欲しかったです)


 両親が子宝に恵まれなかった為に、アヤヤは一人っ子だった。兄弟姉妹に憧れを持っていた彼女は、キョウタをそのような目で見ていたのだ。

 そこに恋愛感情はなく、親戚のちびっ子を可愛がるような心地さえあった。


 結果として、アヤヤは特別にキョウタのことを構うようになる。それが恋人説の尾ひれを生み、周囲の確信を強めていっているとは欠片も考えないままに。

 女子達はにわかに色めき立ち、彼女を狙っていた男子は人知れず失恋していった。


「アヤヤ先輩。合唱祭、楽しみにしててくださいッス!」

「? はい、楽しみではありますけど」


 合唱祭が近づいてきたある日、キョウタはアヤヤに対して親指を立てていた。満面の笑みである彼に対して、彼女は首を傾げるばかりだった。

 彼女の疑問は解消されないまま、遂に合唱祭当日を迎えることになる。


 実行委員は当日も大忙しであり、本番中に具合が悪くなった生徒などもいて、てんやわんやにもなったが。彼らは他の委員と共に協力して対応し、何とか一日のスケジュールを全て完了させた。

 舞台の上でマイクを持ったアヤヤは、終了の挨拶と共に頭を下げる。


「以上を持って、合唱祭を終了します。本当に、ありがとうございました」


 会場からの拍手に包まれた彼女の心の中は、達成感でいっぱいだった。今までの忙しさの全てが報われたような気がして、疲労感ですら心地よいものだと思う程であった。

 他の実行委員も頭を下げている中で、一人だけ頭を上げた生徒がいた。


 キョウタだった。


「すみませんッス。こんな場で言うべきことじゃないかもしれませんが、自分、どうしても言いたいことがある人がいるんス。アヤヤ先輩!」


 マイクを持ったキョウタは、アヤヤの隣へと歩み寄ってきた。自分が呼ばれるとは露程も考えていなかった彼女は酷くビックリしていたが、他の実行委員らは特に騒いだりはしなかった。

 事前にキョウタが、話を通していたのだ。


「自分、先輩と仕事ができて、一緒にいられて、本当に楽しかったッス!」

「は、はい。ありがとうございます。でも、わざわざこんな所で言わなくても良いじゃないですか」

「いいえ。言いたいことはこれだけじゃないッス」


 何を言おうとしているのか全く分かっていないアヤヤ。困惑気味に周囲を伺ってみたが、何故か他の面々は何かを期待するようなまなざしで彼らを見ている。

 彼女の困惑は深まるばかりだったが、次にキョウタが放った言葉によって一気に呆気に取られることになる。


「自分、アヤヤ先輩が好きッス。愛してまッス。自分と、お付き合いしてくださいッス!」

「へ?」


 頭を直角に下げて手を差し出したキョウタの言葉に、アヤヤが間抜けな声を上げた時。会場中から黄色い声が響き渡った。

 大舞台での愛の告白。派手好きなキョウタが周囲に話を通し、ドッキリとして仕掛けていたのがこれであった。観客席にいた生徒達が、一気に色めきだっていく。


「やりやがったぜ、あの二年生」

「こんな時に言えるなんて素敵じゃない。あんな告白されてみたいなー」

「これは付き合う一択でしょ。何せあの二人だしなあ」


 口々にそのような言葉が飛び交い、ざわめきが広がっていく。好き放題言っている大衆が、思い描いていた光景はたった一つである。

 アヤヤがその手を取って、彼らが公然のカップルになるであろうということだ。


 ピンク色の雰囲気の中、ただただ困惑していたアヤヤ。弟のように思っていた彼が、自分を異性として見ているなんて考えもしていなかった。

 おまけに合唱祭を終えて緊張が解け、一気に気が緩んでいたこのタイミングだ。そこまで言葉を考えることもできないまま、彼女は素直に口を開いてしまう。


「えっ、あの。私、別にキョウタ君のこと、好きじゃないですよ?」

「えっ?」


 その瞬間、会場内が水を打ったようにシーンと静まり返った。誰一人として予想していなかったその言葉に、反応できる者はいない。

 唯一声を上げられたのが、キョウタの気の抜けた一言だけであった。


 ただし、それも一時のこと。我を取り戻した観衆は、コソコソと口を開き始めた。


「嘘でしょ。あれだけ仲良くしておいて、その気がなかったっていうの?」

「こんな大舞台で男を見せたのに、こんなあっさり振るか普通?」

「性格悪ッ。キープでもしてたってのか?」


 嫌でも耳に入ってくる、心無い呟き。アヤヤは自分が放った言葉に気が付いて、慌てて声を上げることになる。


「ち、ちちち違いますッ! わ、私はそんなつもりじゃなくて。キョウタ君のことは」

「アヤヤ先輩」


 彼女を遮ったのが、キョウタだった。顔を上げた彼は差し出していた手を引っ込めると、再度頭を下げる。


「すみませんっした! 自分の勘違いだったみたいッスね。皆さんもお騒がせして、本当に申し訳なかったッス!」


 キョウタはアヤヤだけではなく、観衆に対しても頭を下げた。その姿に、生徒達が一気に彼に対して同情的になる。


「~~~~~~~~ッ!」


 アヤヤは一人、声なき声を上げることなった。その後は気を利かせた教師がその場をまとめてくれて、合唱祭は終わりとなる。

 生徒達がゾロゾロと退場していく中、アヤヤはキョウタの元へと向かった。


「き、キョウタ君。あの、その、本当にごめんなさいッ! 私、あなたのこと」

「すみません、アヤヤ先輩。今、自分、気持ちの整理がついてなくて」


 キョウタはアヤヤの言葉に耳を貸さず、そそくさとその場を後にした。彼女には聞き取れなかった、言葉だけを残して。


「……てろよ」


 合唱祭が終わった後のアヤヤは、クラスで孤立することになった。今まで仲良くしてくれていた人達も、あの事件の後は妙によそよそしくなっている。


「あれが後輩の男の子を弄んだ悪女だってさ」

「ちょっと顔が良いからって、調子乗ってたんだねー」


 周囲から聞こえてくる、根と葉がある陰口。それはどんどん大きくなっていき、嫌でも聞こえてくるようになってしまい、アヤヤはずっと耳を塞いでしまいたくなる。

 中でも彼女を一番揺さぶった言葉が、コレであった。


「あれだけ仲良くしてて駄目とか。あの娘、誰も好きになれないんじゃない?」

「ッ!」


 誰が言ったか、なんてことは重要ではなかった。

 自分は誰も好きになることができない。


 その言葉がアヤヤの心の中に、重石となってのしかかった。

 まるで、呪いのように。


 直接的なものこそなかったが、ほとんどいじめのような日々。アヤヤはそんな中でも、学校に通い続けた。三年生であった彼女は、もうすぐ受験があったからだ。

 彼女は迷わず遠い所の高校を受けることに決め、ひたすらに勉強に励んだ。滑り止めで近くの高校も受けないかと親に言われたが、自分のことを知っている人間がいる所に行くなんて、絶対に嫌だった。


 猛勉強の末に彼女は遠い高校に受かり、卒業式もそこそこにさっさと中学校を後にした。誰の顔も見たくなかった。

 合唱祭のあれ以来、キョウタに会うこともなかった。

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