メイド喫茶のオタク、メイド激推しの二日酔いの限界女子に絡まれる
素人友
第1話 喫茶店で隣に座るこのメイド喫茶オタクはいつも二日酔い
土曜の朝9時。平日のぎゅうぎゅうさをまるで感じさせないスカスカの電車を降りる。
買い物ついでに寄るところがあるからこの時間だけど、ちょっと早く着きすぎたな。
そう思いながら改札を通って駅の外へ出る。オタクの街をアピールポイントにして開発をしてきたおかげでアニメやゲームの広告があっちこっちに掲示されていて、まだ早い時間ながらバカでっかいスーツケースを引っ張ってる観光客がカメラを向けている。そんな彼らを横目に目の前にあるコンビニであるモノを買ってポケットの中に押し込む。大通りを渡り、車1台が通れそうなくらいしかない幅の道路を抜けると、見上げても視界に入りきらないほど大きなビルが見えてきた。開店から30分が過ぎるまではこのビルの1階にある喫茶店で過ごす。
尋常じゃない重さのドアを開けて店内に入って朝食ついでのミラノサンドとホットコーヒーのLサイズを注文。ミラノサンドは温めてもらう。温めてもらったミラノサンドとホットコーヒーを受け取って定位置と化している電源コンセントがある席に座る。
朝活として作業をしてる人が増えてきたらしく、今日も空いてる席は一つだけ。それも先に行くからと連絡が来たからついでに取ってもらうように頼んでおいた席だけしか残ってなかった。
「あ~……あったまいった……」
イスに鎮座していた荷物を隣の人の頭の上に置くと、僕が席に座ると突っ伏していた隣の席の人が呟いた。
「またしこたま飲んだの?」
「しこたまは……飲んでない……うあ~……いたたた……」
ポケットの中からウコンと大きな文字で書かれた黄金色の小さい缶を取り出す。隣からゾンビのように伸びてきた手が僕の手から缶を抜き取っていく。
「あ~……まいど~……ありがとーございます~……った~」
声を出すだけでも頭に響くらしい。消え入りそうな声が店内のBGMに交じって溶けていく。
そんな頭が痛くなるほど飲まなきゃいいのに、って思うけど、僕がそれを口にはしない。なんせこの二日酔いのおかげで今日も作業のための電源席を確保できてるんだから。感謝することはあっても、わざわざケチをつけるなんて傲慢にもほどがある。
隣の人は僕の手から抜き取った缶の封をパキッ!と一発で開けて一気に飲み干した。
「っぷあ~……!あ~……」
復活するかと思ったら、ダメだったらしい。缶をテーブルに叩きつけた勢いが身体に伝わってそのままテーブルに顔を強打。
ごんっ!と鈍い音が店内に響いた。痛そう……。
「……だ、大丈夫?」
「……」
反応がない。ただの二日酔いのようだ。
「はあ……」
僕も他人のことどうこう言える立場じゃないけど、本気で思う。
「こんなのの何がいいんだかねえ……」
ミラノサンドを頬張る。少し冷めてしまったっぽい。食べられないほどじゃないけど、結構固い。コーヒーを口に含んで口の中でふやかしながら食べる。
隣の人とは別に待ち合わせをしたわけじゃない。目的地が一緒ってだけで、それ以上でもそれ以下でもない。強いて言えば、「オープン前に来ておきたいんだけど、どこもお店がやってない!」と理不尽なケチをつけてきたのに対して、僕がここなら開いてるって言っただけ。そしたら次の週から来るようになってしまって、来るようになってからしばらくは自称メイド喫茶仕様のメイクと髪型だったんだけど、気づいたらこのザマ。アルコール臭はしないけど、完全に二日酔いの休日の限界女子になっていた。
ミラノサンドを食べ終わり、食後のコーヒーをカスが口に入りそうになるギリギリまで飲んだ僕は、おかわりをもらって時間ギリギリまで作業に取り組む。その間、隣の人には一切話しかけない。話しかけられても面倒だし、そもそも相手をしてられるような内容じゃない。
開店時間ちょうどじゃなくて時間をずらしてるのは、わざと。開店してすぐは客がまとまって入店する。見た目が可愛いメイドは開店してすぐに一気に入ってくる注文に対応するため、開店してすぐに入ったとしてもゆっくり話をする暇なんてほぼない。
そんなわけであえて30分ほどずらしてる。ちなみに1時間だと滞在時間がちょうど終わりの時間になってしまう。だから30分にして開店時間の人たちが次のターンに行かせないようにする。
いい感じの時間になったところで隣の人の肩を叩いた。
「んあ?」
顔を上げた隣の人と視線が交錯する。美人、というより可愛い系の顔。メイド服を着れば間違いなく人気が出るくらいの顔なのに、二日酔いで崩壊してるのに加えて、テーブルにぶつけたところが赤くなっていてなんとも残念すぎる。
「――じかん?」
作業を始める前よりやや覇気のある声に戻ってきた気がする。けど、本調子にはまだ遠そうだ。それでも時間は待ってはくれない。僕は無慈悲に一言だけ返す。
「時間」
「んなぁ〜……」
あくびをしながら体を伸ばした。まるで日向ぼっこでたたき起こされたネコのよう。
……というか、そのまんま。
しばらく「あ〜」とか「う〜」とか唸ったあと、大きめのカバンの中から小脇に抱えられるくらいの大きさのバッグを引っ張り出し、「ここで待ってて」とだけ言い残してふらふらとトイレの方に消えた。
それからしばらくして。
作業に戻った僕が隣の人が戻ってきたのに気づいたのは、遠くから聞こえてきたヒールの音が僕がいる席の隣で止まったところだった。
「おまたせ」
視界に入ったのは、長い髪。肌ざわりがよさそうなサラサラ具合でドアが開いたときに入り込んでくる風に靡く。二日酔いもどこかに置いてきたらしい。声がいつもの調子に戻り、崩壊していた顔は記念撮影のチェキ用のやや濃いめのメイクをキメてそこら辺の女の子と比べても数段上なレベルに可愛くなってる。彼女の推しが推してると言うのもなんとなく頷ける気がする。
そういえばウワサじゃメイドよりもこの人を推してる、なんてオタクもいるとかいないとか。客じゃなくてメイドを推せよ。僕はどっちも推さないけど。
「……どうしたの?」
「うわっ!?」
しょうもないことを考えてると、隣の人の顔が目の前にあった。僕はびっくりして危うく椅子から転がり落ちそうになった。
「……なにやってんの」
寸でのところで踏みとどまった僕に彼女は「はあ……」とため息付きで言った。
「急に目の前に来ないでよ」
「別に急でもなんでもないでしょ。どんだけ見てんのってくらい見てるくせに」
「そこまでは見てない」
「ふうん?そんなこと言っちゃうんだ?アスナにチクってやろうかな。おっぱいガン見してるよって。あ、最近はお尻の方かな?」
「してないんだけど!?」
言いがかりにもほどがあるだろ。
「ふ。ま、その反応ってことは今日も上々ってとこかな。ってか、そろそろ行かないと」
臨戦体制になった隣の席の人は、飲みかけの僕のコーヒーを飲んでさっさと店を出て行ってしまった。片付けくらいしていけよ……。
僕らの目的地のメイド喫茶は、ここから歩いて5分。1階にパソコンショップのテナントが入ってるビルの6階にある。
「よし。当欠なし!そっちは?」
SNSとアプリで確認して目当てのメイドがいるのを確認した彼女が僕に聞いてきた。
「聞くまでもないでしょ」
「それもそっか」
客引きのメイドさんが並ぶ通称メイド通りを抜けて右を曲がってすぐ。
最近新しくなってメイドのフリフリのカチューシャが迎える入口を通って僕らは今日もメイドさんと楽しい一日を過ごす。
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