第12話 これはさすがに不可抗力では?
寝ていた、というより、落ちていた、と気づいたのは、目が覚めた瞬間だった。もっと正確に言うなら起きる前から右手に薄っすら感じていた柔らかくもしっかりとした質量のある存在に疑問が生じたときだったけど、確証を得たのは目が覚めたときだったから、まあ誤差みたいなものだろう。
「ん……」
風呂に入った記憶は――なんとかある。服を脱いで浴室のドアを開けて、ってところまではちゃんと覚えてる。蛇口を捻ってシャワーを浴びようとしたのも記憶にある。けど、記憶にあるのはそこまで。身体を洗ったり、浴室から出て着替えたりの記憶はまったくない。
当然、同じベッドで抱き枕のように抱きしめられてるのもまったく記憶がない。もっと言えば一緒にベッドに入った記憶さえもない。いつどのタイミングでベットに入って、彼女も潜り込んできたんだろう?いや、もしかしたら僕が彼女のベッドに入ったかもしれない……?そんなわけないか。
ガッチリ掴まれた右手の指を動かしながら益体もないことを考える。
それにしてもすごい重量感。これを両肩で支えてるって冗談だろ?って思うくらいの重量がある。なのに、指の間からこぼれていきそうなくらい柔らかい。揺するように動かしてるつもりなのに、揺れるよりも先に指の方が沈んでいく。
救えるはずの人たちが手から零れ落ちる、なんてライトノベルとかアニメのヒーローモノであるけど、まさかリアルで実感するとは。
次元が全く違う話だとは思いつつも、実感せずにはいられないこの感触に感動を覚えずにはいられない。
「ん……」
ぱちり、と彼女の目が開いた。
「おは。」
寝起きのカスッカスの声に僕も応える。
「おはよ」
「身体、どう?」
「え?ああ、まあ、少しはマシってくらい?」
「ふうん。ちょっとはマッサージした甲斐があったかな」
マッサージ?そんなものされた記憶ないんだけど。
仰向けになった彼女が「ん〜!」と寝起きの伸びをした。
「今日はどうする?」
「どうするって帰るに決まってるでしょ」
時間はわからないけど、当初の僕の予定は自分の家で寝て起きて朝から積み上がった未読の本たちを読み漁ってるはずだった。
それが気づけばこんな時間。
具体的な時間はわからないけど、外はかなり明るいから昼近くになってるはず。
「え〜……もう帰るの?つまんな。まだ何もしてないじゃん」
「何もって今日もスズいるんじゃないの?」
「夜最短ね。それまではヒマだから遊んでよ」
「ヒマって服の片付けは?」
「やった。整理した分ぜ〜んぶキッチリ戻った!見て見て!!」
そりゃあ、あんだけ買えばそうなるよね。というか、よく溢れなかったな。
妙な感心をしていると、彼女は布団から出てウォークインクローゼットの方に歩いて――って!?
「ちょっと!?服は!?」
「ん?ああ!」
どうも感触が生々しいな、って思ってたらコイツ上半身裸じゃねえか!!下もパンツ一枚だし!!どーなってんだ!?コイツの頭は!?
「お風呂から出てそのまま布団に入ったら暑くってさ〜。アサカも寝てたしいいかって」
「そういう問題じゃ――」
「で、どう?わたしのカ・ラ・ダ」
腰をくねらせて片手を頭にやる「うふん」みたいなポーズを取った。
もともと出てるところが飛び抜けて出てるし、引っ込むところは引っ込んでるモデルも型なしな体型をしてる彼女の身体がポーズによってさらに強調される。
しかも上半身は何も着てない状態。
ブラのワイヤーの力も借りてないのに重力に逆らって形を保ってる彼女の胸の頂点まで修正やモザイクも入ってない素の姿はいやらしさをまったく感じさせない、むしろ芸術のようにさえ思える。
「キレイ、っていうには言葉が足りない」
「んふ。上々」
なんとか絞り出すように出した感想に彼女は満足そうに微笑んだ。
「薄着になるまでにもうちょっとやるけどね。この辺とかまだちょっと肉が――」
薄着も何もほぼ全裸で何言ってんだろうね?
自分の身体の改善点を語りはじめた彼女を放置してダイニングへと向かう。
「あれちょっと?ねえ!聞いてよ!」
「はいはい。二の腕とわき腹でしょ?二の腕はわかんないけどわき腹はたしかにまだ乗ってるもんね」
「雑!――って、え?乗ってる?まじ?」
なんかショックを受けてるみたいだけど、もちろんテキトーに言っただけ。
「ん~?おかしいな。わたしの目がバグってる?」
「飲み過ぎでしょ」
「や、あんなの水分補給みたいなもんじゃん。っと、目覚めの一杯飲まなきゃ」
彼女は僕の横を通り過ぎてキッチンに向かう。
――パンイチのまま。
「服は?」
クローゼットを開けたんだよ?普通は着る服を出すよね?なんで「ほら!全部入ってるでしょ!?」って見せるだけ見せて閉めちゃうかな。
「え?この方がいいでしょ?」
彼女はどこからともなくエプロンを出して付けた。
限界女子の裸エプロンならぬ下着エプロン。いや、誰得だよ。
「いいとか、そういう問題じゃないんだよなあ……」
せっかく清々しい気分だったのに、彼女が目を覚ましてからというもの、いろいろぶち壊しで頭を抱える。
「パンしかないからパンでいいよね?」
「任せる」
僕はスマホを手に取ってゲームのデイリーミッションをこなす。この部屋に泊まるのは2回目だけど、この間、僕らの間に会話らしい会話はない。
聞こえてくるのはキッチンの方からは包丁がまな板に当たる音とジリジリ唸るトースターのタイマーの音、それからときどき混じる僕の爪が画面を叩く音だけ。
「ほい。できた」
デイリーミッションが終わったところで彼女がサンドイッチが乗った皿を持ってきた。
「ツマミじゃない……」
「さすがに朝から飲まないって」
「ホントかよ」
「寝起きはね」
だと思ったよ。
「いや、ホントはさ?飲みたいよ?飲みたいわけ。夏のクッソあっつい日にさあ。クーラーガンガンに効かせて飲む目覚めの一杯!もうそれだけでその日は優勝だよね!」
「知らんがな」
せめて昼とか夜でしょ。なんで朝から……。
「こっから下を見るじゃん。ほら、スーツ着てる人とかいるでしょ。平日のこの時間だから大体シゴトに行く方じゃん?」
「まあ、帰ってくる時間じゃないね」
「それを上から見下ろして飲むわけよ。シゴトおつ〜って」
マジで性格悪いな。コイツ。知ってたけど。
サンドイッチもよく作ってるらしく、店に売ってるヤツより美味かった。あっという間に食べちゃったから若干の物足りなさを感じるけど、普段ほぼ食べない僕からすればちょうどいい。
「足りないでしょ?作るけど食べる?」
少し考えて僕は首を振った。
「いや、いい。ご馳走様」
「そう?じゃあ、お昼は――」
「帰るってば」
「帰さない。最後まで付き合え。おっぱい揉んでチュパチュパしてたってアスナにチクるぞ」
「揉んでないしそんなことしてない。そもそも目が覚めた時点であの状態だった」
横暴にもほどがある。
だいたいなんだよ。チュパチュパって。抱き枕にされてたのにそんなことできるわけないだろ。
「ふうん?わたしとアサカ、どっちを信じるかな?勝負してみる?揉んで遊んでたって言ったらどうなるかな」
「……」
ニヤニヤ気持ち悪い笑みを浮かべてる彼女に僕は返す言葉がなかった。状況証拠を出されたらどっちを信じるかなんて考えるまでもない。
「女子ってズルいよね」
「男子がバカ正直なだけとも言うよね。わたしはその方が好きだけど」
ケラケラ笑う彼女に僕はぐうの音も出なかった。
「あ。そうだ!せっかくいるなら手伝ってもらおうかな」
パンくずがついた手を叩いて彼女は言った。
「手伝う?何を?」
「何ってそりゃあ決まってるでしょ」
ニヤリと笑って彼女は言った。
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