第11話 長いようで短いはずの夜の始まり

 夕飯は彼女お手製のよくわからないテキトー料理だった。


 さすがにこの表現だといろいろ問題が出そうなので、詳しい献立を出すと、インスタントの味噌汁、それからナスのホイル焼き。そのほかにもあったけど、テーブルに並んだのは味噌汁を除けばどれもこれも酒のアテだった。


「待って。言い訳をさせて」


 と彼女が言ったので、聞きの姿勢になったけど、並べられた言葉はホントに言い訳だった。


 曰く――、


「なんか買ってるのだと負けてる気がしてきたんだよね。試しに作ってみたら思ったより自由が効くのに気づいてハマったんだけどさぁ〜」


 てへっ!と頭に手をやった彼女が一言。


「気づいたらこういうのしか作れませんでした〜!」


 なんかもう、想像通り過ぎて笑うしかない。


「いや、別にいいよ?ツマミでも作れないよりいいでしょ」

「ええ?いやいや、ちょっと待って?そういう反応が欲しいんじゃないの。ほら、こういうのって女子力ってか料理できますよ!ってアッピールするとこじゃん!」


 それはそうだ。これが何にも知らないデートだけを重ねた男女だったらそのアピールは有効だっただろう。


 けど、僕らはその前提自体がぶっ壊れてる。


 そもそも出会いはメイド喫茶でグッズ交換したところからだし、そうでなくとも片や見た目は抜群でも中身は酔っ払いの醜態を晒しまくってるスズオタな限界女子。片やそのお世話をさせられてるメイド喫茶通いと読書が趣味な隠キャ男子。


 どう転がったってそこら辺のアニメやマンガのようなピュアピュアな雰囲気な2人じゃあない。


「今さらそんなのアピールされても、ねえ?テーブルに頭突きかましてたんこぶ作ってる人だよ?逆だったらここにいないよね」

「ぐぅ……」


 なんとか絞り出した、みたいなぐうの音。まあ、しょうがないよね。彼女を推してるオタクどもだって実態を知ったら百年の恋だって冷めるレベルだし。


「おかしい。こうなるハズじゃなかったのに……」


 頭を抱えて何かをブツブツ言ってる。コワ……。


 何はともあれ、せっかく作ってもらったんだ、と食べてみたら、これが意外。想像以上に美味かった。ちなみに見た目もお店で出されるような感じで整っていて、品の良さを感じられる。


 正直、ちょっと見直してしまうくらいのレベルの見た目と味だけど、作ったのは目の前で頭を抱えてる酒クズな限界女子。なんだかなあ、と思ってしまうのは僕だけだろうか。


「こうなるってどうなる予定だったのさ?」

「どうって……う~ん……」


 また考え出した。


「や~ほら。なんかあるじゃん」

「なんか」


 なんにもないけど。むしろ何があるというのか。吞兵衛が酒のつまみを作るのなんて別に何の不思議もないけどな。


「仮にあるとして――」


 そう思いつつ僕が切り出すとようやく彼女は箸を取った。


「ちゃんとした料理のバリエーションがあったとして、それ続けられる?」

「――……ズズズ~」


 おい。味噌汁飲みながら目をそらすな。こぼすだろ。


「どうよ?」

「継続は力なりって言うと思わない?」

「好きこそものの上手なれっていうだろ。証拠は目の前に広がってるし、その言葉そのままがこの結果を生み出したとは思わないかね?」

「ぐぅ……」


 吞兵衛はどこまで行っても吞兵衛。どう頑張ったところで結局作るものはつまみになる運命なんだよなぁ。


「そうは言うけどさ。作ればつまみばっかの女子ってどう?」


 シジミがいっぱい入ったインスタントの味噌汁をすすってると、彼女が聞いてきた。


「どう?と言われても。作れないから丸投げすればいいや、って人よりはいいと思うけど」

「それってダメもダメ、最底辺のレベルじゃん。そうじゃなくって」

「期待するなら?って話?」


 そうそう、と頷く彼女に僕は少し考える。


「できないよりできた方がいいに越したことはないけど、そこまで気にすることでもないんじゃないかな」

「え~」


 割とちゃんと応えたはずだけど、彼女は不満そうに唸った。


「じゃあ、もっとわたしがもっとちゃんとしたご飯を作れたとしたら?」

「う~ん。って言われてもね」


 これが激マズだったら考え物だけど、酒のつまみってこと以外を除けば美味いから文句をつけるところがない。


 なんとなく堂々巡りな予感がして僕は仕方なく答える。


「酒のつまみってのを考えなければ見た目も味もお店レベルに文句をつけられないかな」

「え」


 茄子のホイル焼きをつつきながら答えた僕に彼女の手が止まった。


「なんだって?」


 聞こえてきた声はからかいを含むモノじゃない。ホントに聞こえなかったか、聞こえたけど理解の範疇を超えたときの反応だった。


 けど、僕だってそう何回も言いたい言葉じゃない。


「もう言わない」

「え~!?なんで!?言ってくれたっていいじゃんか!」


 箸を伸ばそうとしていた千枚漬けの小鉢が遠ざかった。


「答えてくれないと食べさせない」

「横暴な」


 そう言ってる間にもほかの小鉢が彼女のもとへと吸い寄せられていく。けど、そんなことするなら僕にだって考えがある。


「そんなに食い意地張ってると、太るよ?」

「って思うでしょ?太らないんだなぁ。これが」


 彼女の箸が僕の小鉢に差し込んで口の中へ。綻ぶ顔がその小鉢の美味さを物語る。


「そんな顔で見てもあげないから。ほら、さっさと言って」


 ほおん?あくまでも言わないと食べさせないってか。よろしい。ならば戦争だ。


「……プラス2キロ」


 ボソッと一言。さっきよりもほんの少しだけ大きく、ギリギリだけど彼女に確実に聞こえる声で一撃を加えた。


「わき腹。タイトスカート」


 なんだかインターネットで検索をするみたいな単語の羅列だけど、彼女にはこれで十分効果がある。その証拠に――ほら、手が止まった。


「……なんで知ってるの?」


 地獄の底から響いてくるような声がした。が、そんなことで屈する僕じゃない。


「なんでってなにが?」

「わかって言ってるでしょ」

「いやいや、そんなまさか」


 彼女はジト目を向けてくるけど、僕がやったのは検索ワードのように単語を言っただけ。紐づくものなんてなにもない。


 ただ最初に会ったころより「気に入ってるんだよね~」とか言ってたタイトスカートを着なくなったような気がしただけだし、わき腹に至っては本人が「肉がつきやすい」って言ってたのを拾っただけに過ぎない。


 まあ、そこから得られる回答は明白だけど。


 彼女に取られなかった食べかけの鰆の西京漬けと味噌汁で残りのご飯をかきこむ。


「ふう。ごちになりました」

「あれ。もういいの?」


 手を合わせた僕に彼女の表情が不安そうなものに変わった。


「まだなにかある?」

「や、ないけど」


 ないんかい。まあ、アルコールが出てくればまたなにか出てくるだろ。


 食べ終わった食器を持ってキッチンへ。


「そこに置いといて。あとでやるから」

「はいはい」


 軽く水で流すだけしてテーブルに戻る。


 時間は――まだ夜8時。まだ、というか、もうというかはちょっと悩むところだし、電車は日付が変わっても数本は残ってるから帰ろうと思えば帰れないこともない。といってもそれは気力だけの話。実際に身体が動くか、と聞かれたら僕は首を振る。そのくらいとにかく疲れた。


 着せ替え人形にさせられること4時間。さらにその上にあの重量物をここまで運ばせるという悪魔の所業の数々。どんな体力バカでも悲鳴を上げるレベルに僕は完全に打ちのめされてしまった。


 動きたくない、動けない、からだんだん眠くなってきたに変わってきた。


 が、酔っ払いな限界女子はそんな僕にさらにムチを打ってきた。


「動けなくてもお風呂には入ってね」

「……」


 もう睨む気力すら湧かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る