第10話 結託して仕組まれた罠だと彼はまだ知らない
「ほい。なんかすごい量になっちゃったけど」
ぎゅうぎゅうに詰め込まれてパンパンになった袋の持ち手を向けられて、僕は思わず言ってしまった。
「配達じゃダメ?」
はち切れそうなほど膨らんだ袋はこの店で一番大きいサイズ。アメリカとかのあのなんでもビッグなお店の買い物袋くらいのサイズなのだ。そこに服がみっちり詰まってる。当然、重量だって考えたくもない重さになってるわけで――。
けど、そう簡単に問屋は卸してくれなかった。
「いや、配達にしたらすぐ着れないでしょ。明日は――ともかく、明後日とかもその格好はちょっと……ねえ?」
「やめといた方がいいと思うよ?女子的に。」
「……」
女子2人に言われてしまった僕は、袋に目を戻す。
――運ぶの?これを?
「まあ、とりあえず持ってなって。思ってるより軽いから」
「そういう問題じゃないと思うんだけど」
「いいからほら」
肩にかけられるように長めに取られた取っ手を腕に通される。なんかこの時点で危ない気がするんだけど。
なんていうか……感じてはいけないGを感じるというか……。
試しに身体を引いてみる。
「うん。これはダメだ。せめて分けよう」
「え〜?このくらい持てると思うけどな」
と、店員さん。
「じゃあ、試しにやってみなよ」と返すと、意外にもあっさり持ってしまった。
「ほら。服だから結構いけるって」
カウンターを出た店員さんはそのまま店内を一周してまったく息を切らさない状態で帰ってきた。
「ね?」
「鍛え方が違うって話は?」
「ないない。こんな貧弱なのに鍛え方もへったくれもないって!」
触るとふにふにな感触が伝わってきた。
「ね?だからいけるって」
「……力尽きたら骨拾ってよ?」
「それは月乃にどうにかしてもらって。大丈夫だって!すぐそこなんだから!」
いや、まあそうなんだけど。
店員さんに押し切られるカタチで僕は袋を肩にかけて、カウンターから離れる。ギリっと肩にめり込む感触と尋常じゃない重力が肩にのしかかった。
「おっも!?」
そのままひっくり返りそうなくらい重い!
「よし!じゃあ、さっさと帰ろう!」
いや!そこは買い物カートを持ってきてよ!?
そんな僕の声は彼女に届くはずもなく、なし崩し的に僕は彼女の家に入ることになってしまった。
彼女の部屋にはなんだかんだで結構な頻度で入ってる。ほとんどが買い物の荷物持ちだけど、たまに限界まで酔っ払って動けなくなった彼女を運ぶときなんかもある。
……いや、それもモノが人に変わっただけで運んでるのは変わらないからやっぱり荷物持ちだな。
彼女の家、というか部屋は買い物をしたところから歩いて5分そこそこのところにあるマンションの最上階。都心のマンションでさらに3LDKの部屋に一人暮らしとなんとも贅沢な生活をしてる。
「っあ〜……!もうムリ!」
エレベーターに乗って玄関ドアを開けてもらい、中に入ったところで投げるように袋を置いた。
「おつかれ〜!ちょっと待ってて。タオル持ってくるから」
バリアフリーの玄関に寝っ転がる。ひんやりとした床が気持ちいい。
5分の距離だったけど、長距離走をやったくらいの疲労感が全身に広がってる。
「ほい。タオル。濡らしてきたから」
「あざ〜っす……」
寝っ転がってると、フェイスタオルが目の前にぶら下がってきた。ありがたく受け取ると、その向こうには大きなお山が2つ。その間から彼女の顔が覗いてる。
「重すぎた?」
「正気を疑うレベル」
「そんなに?――おっも!?なにこれ!?」
だから言ったじゃん……。
「見て見て!ぜんっぜん動かないんだけど!!ヤバ!ウケる!!」
いや、笑い事じゃないのよ。っていうか、その重量をあんたは僕に運ばせたんだけどな。
ケラケラ笑いながら写真を撮る彼女。楽しそうなのはいいけど、これから待ってるのはこの量の服の開封の儀と僕の服の仕分けだ。
「これ、広げる場所ある?」
「あるある。大丈夫」
そう言って彼女は袋から服を引っ張り出していく。
「ホントかよ」
「ちゃんとあるって!この前整理したし!」
何度も来てるからこの部屋の間取りはよく知ってる。
玄関から見て正面のドアが寝室で、左が脱衣所とお風呂、トイレなどの水回り。右にはドアが2つあって手前がオタク部屋、奥がパソコンを置いてる作業部屋。左に折れてる廊下の先にリビングダイニングとキッチンがある。
服は基本的に寝室にある大容量のウォークインクローゼットの中に見るのも億劫な量が入ってるはずだけど、それを整理した?
「なに?その目は。もう着ないなって思ったのだけ売ったんだよ」
「へえ。臨時収入ってそれ?」
「そそ。思ったより量があったからさ~」
パッと手を広げた。
「5?」
「万円。すごくない?」
「……スゴイデスネ〜」
着なくなった服ってそんなに高くなる?と思いがちだけど、騙されてはいけない。コイツの部屋の服の量は店が開けるんじゃないかってくらいの量がガチであるんだから。
処分したってことはつまるところ、その分空きができたわけで。今日の買い物はその枠の入れ替えのようなモノだったらしい。
ホクホク顔で袋から出してはどこかへ持っていく彼女。当然クローゼットの中に直行するわけもなく。もう一度着て余韻に浸って、その後ようやくクローゼットの中に収められる。
彼女が往復してる間、僕は動くこともできないまま、玄関の床に転がってる。ふと床に差し込んでくる光の色が赤っぽくなっていることに気づいた。動けるようになったら帰るつもりだけど、限界を超えすぎて動けるようになる頃には夕飯どころか寝る時間になってしまいそうだ。
ここから駅までは大した距離じゃないけど、僕の家は最寄りの駅から歩いて20分そこそこ。限界を突き抜けた身体に鞭を打って行ける距離じゃあない。
「あ〜……」
かと言ってここに泊まりたくはない。泊まりたくないけど、予算がないのも事実。
「ほいしょ。これでラスト!」
一抱えの服を持って往復すること5回。
気付けばはち切れそうなくらいパンパンだった袋の半分が空気の抜けた風船みたいに萎んでいた。
「ふ〜!おつかれ〜。あとはアサカのだけだよ〜」
僕の横にぺたんと腰を下ろした彼女。僕の真似をするみたいに寝っ転がって伸びをした。
「ん〜……あ〜……きもちいい〜。あ、窓開けてこよ」
そう言って寝室に向かっていった彼女。しばらくして空気の流れを感じるくらいの緩やかな風が入り込んできた。
「ふ〜……いい風〜」
戻ってきた彼女がまた僕の横に腰を下ろして寝っ転がった。
玄関から伸びる廊下は見た目より狭く、2人がすれ違うのがやっとの広さしかない。そんなところに仰向けで並んで横になってるからちょっと動いただけでも肩が当たるし、風のお陰で彼女の匂いも感じる。
僕は疲労で、彼女は天井を見上げたまま。お互いに何も言わない静かな時間が通り抜ける。
不思議なことに気まずさとかそういうのはない。安心するとか、そういうのもない。ただそこにいるだけという何とも不思議な状況。
僕の熱を奪っていた床が熱を持ってきた。位置を彼女の方にズラして冷たい床にまた熱を奪ってもらう。
「ご飯、食べてくよね?」
床に奪われていく熱を感じていると、不意に彼女の声が聞こえてきた。
「え?もうそんな時間?」
聞いた僕の問いに答えたのは彼女の空腹を伝えるお腹の音。
静かな時間はもう終わりらしい。
吹き出した僕は彼女に向かって言った。
「あれだけ食ったのにもう?」
「飲んだ量の方が多かったんじゃない?」
気付けば夜の帳が下りていたらしい。真っ暗で彼女の顔は見えなかった。けれども、なぜか彼女が僕の方を向いてるのはわかった。
「1.5リットルも飲んだもんね」
「そこまでいってないでしょ。アサカにも分けたんだから」
「グラス1杯なんて誤差だろ」
「でも飲んだじゃん」
そんなことを言い合ってる間にまた彼女のお腹が空腹を訴えてきた。しかも割と大きめに。
「壁、貫通すんじゃない?お隣さん大丈夫?」
「そこまで大きくないし!!」
彼女が立ち上がった。
「はいはい」
そう言って僕も立ち上がる。寝っ転がってからおそらく3時間くらい。ようやくここまで回復してきた。
3時間でここまでってことは、今日はもうムリだな。
僕は家に帰るのを諦めた。
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