第9話 ちゃんとカラダで払いました~。覚えてないの?あら残念

 このお店の試着室はファストファッションにある試着室と同じか、もうちょっと広いくらいのサイズがあって、実は2人入ってもぎゅうぎゅうになるようなことはない。


 とはいえ、所詮試着室。2人で入ることなんて想定されてるわけもなく。


「もうちょっと横に行ってくれる?」

「その前に一緒に突っ込まれてることにツッコミを入れるべきだと思うんだけど」


 半年くらいの付き合いで試着室に2人で突っ込まれたのはこれで3回目。1回目も2回目も似たような理由でここに来て同じように試着室にぶち込まれた。


「ツッコミを入れたとこで向こう側には誰もいないよ?」

「……」

「ついでに言えば、靴もどこかに持ってかれたんじゃないかな。あの子、そういうこと平気でするし」


 いや、わかってるなら止めろよ。


「タダで値下げしてくれるワケないでしょ。むしろこのくらいでいつもより値下げしてくれることに感謝した方がいいんじゃない?」


 そう言われてしまえばその通りなんだろうけど、どうしてだろう?なんとなく釈然としない。


「んっしょ、っと」


 そんなことを考えてるうちに彼女は服を脱いでしまった。水色のブラと白のパンツという、上下揃っていない、見られることをまったく考慮してない下着が僕の前に晒される。


「あ……まあいっか」


 僕の手を飲み込んでしまいそうな谷間と白くて柔らかい胸に目を奪われてしまう。


「感想は?」

「でっか……」

「小学生かよ」


 彼女はクスクス笑うけど、ホントに見たままを言うしかないくらい彼女の胸は大きい。にもかかわらず、ブラを外しても重力に逆らって同じ位置を保てるくらいハリがある。


 何で知ってるかって?そりゃあ、酔っ払いのお世話をしたときに散々見たからだよ!


「小学生みたいな感想しか出てこないアサカには罰ゲーム兼特別サービスをしてあげようかな」


 彼女はそう言って僕に背中を向けて寄りかかる。そして、僕の手を取って自分の胸の下に持っていく。ごわごわなブラの感触とその奥の柔らかい感触が僕の思考を奪っていく。


 酔っ払いのお世話のときみたいに余裕がないときと違い、たしかな感触が僕の手に伝わってくる。


「ほら。持ち上げて」


 気づくとブラと彼女の胸の間に隙間ができていた。ついさっきまでなかったその隙間は、たぶん締め付けてるものを外したせいだろう。


 そんなことを頭の片隅で思いながらも僕の手は自然と彼女の胸を持ち上げてみる。


「ん」


 指が沈み込むのと同時に彼女の吐息のような声が漏れた。


 見てるだけでも結構なサイズだったけど、こうして手で触れるととんでもない質量を感じる。


「あ~それ。めっちゃラク~」


 腕に質量が伝わるくらい持ち上げると、彼女の声が聞こえた。


 一瞬だけ聞こえた吐息のような声とは違い、この声はいつもの。わずかに高くなるあの声が聞きたくて僕は手に力を籠める。ギュッとはしない。沈み込む感覚を味わうようにじわじわと力を籠めていく。


「ん……ふ……」


 最初は聞こえなかったあの声が少し漏れてきた。けど、僕の手は相変わらずじわじわと力を入れていくだけ。移動も、緩めることもしない。指の隙間に感じる彼女の胸の感触を楽しむ。


「ちょっと~?2人でイチャイチャしてないで早くチェックして~!」


 カーテンの向こう側からしびれを切らせた店員さんの声が聞こえてきた。


「……だって」

 

 残念そうに彼女が僕を見上げてきた。


「はあ。で、僕も脱ぐわけ?」

「わたしが脱いだんだから決まってるでしょ」


 僕から離れた彼女はブラのホックを止めて僕のTシャツに手をかけた。


「ほい。両手を挙げて~」

 

 こうなったらヤケだ。どうせやらせられるんだから満足するまでやらせよう。


 僕は両手を挙げて彼女のやりたいようにやらせる。


「あれ。ちょっと痩せた?」

「どうだろ?食生活は変えたけど」

「へえ。どんな風に?」

「野菜を摂るようにしたってくらい?」

「ふうん」


 さわさわと彼女の指先が僕の胸板からお腹のあたりをなぞっていく。くすぐったいような、しびれるような感覚が通り抜けていく。


 ベルトのところまで来た。


「んしょっと」


 躊躇いなくベルトを緩めるとズボンを下に落とす。


 鏡を前にお互い下着姿のまま横に並ぶ。


 突き出た胸と手がピタッとはまりそうなくびれを持つスタイルの彼女に対して、筋肉質でも太ってるわけでもない極々普通体型な僕。


 歩いてれば声をかけられるような見た目の顔を持つ彼女に対して、一緒にいると「なんでお前が?」みたいな顔をされる僕。


 そんな2人が下着姿で鏡を見てるのはどう見たっておかしな絵面なんだけど、彼女の真剣な眼差しは鏡に向けられてる。


「ふうん。なるほど」


 しばらくして鏡を見ていた彼女が腕を組んで呟いた。


「なにがなるほど?」

「ん?ヒミツ」


 なんだか飛び跳ねるんじゃないか、ってくらいうれしそうな顔してるんだけど、なんだろ?


 脱いでいた服を着て更衣室を出る。


「どうだった?」


 ニヤニヤ気持ち悪い笑みを浮かべながら店員さんが彼女に近づいてきた。


「まだまだ、ってとこかな」

「おや?今回は意外と苦戦?」

「意外とって、別に毎回ラクに――」


 彼女と店員さんは不穏な話をしながら服を物色しに棚へ。


 ほかの人たちがどうかは知らないけど、彼女と店員さんは割とそのときに棚にあるものをテキトーに持ってきて着せてあ~でもない、こ~でもないとやるタイプ。ファッションモデルでもないのに、バカみたいに着せ替えをさせられて、毎回会計を済ませるころには疲労困憊の状態に陥る。


 つまり、ここからが地獄の時間だ。


 さっき触らされたのは、たぶんこれからかけるだろう迷惑料の代わり。当然、そんなの一瞬で溶けるから1時間おきくらいで供給してくれるけど、正直そういう問題じゃない気がするんだよなあ。


「ほい。じゃあ、ひとまずこれと、これ。これ、これ、の順ね!」


 戻ってきた彼女が更衣室の出入り口に腰かけていた僕の膝の上に乗せていく。


「多い」


 積み重ねられた服の重さがずしり、とのしかかる量に思わず文句が漏れた。


「これでも絞ったんだよ?」

「絞ってこれ?」

「あくまでも候補。まだ決定じゃないから。着まわせるようにするなら5着は買わないと」


 5着?5着も買うの?上下それぞれで?


 嬉々としてる彼女の声にげんなりする僕に店員さんが割り込んできた。


「ほいほい。ちょっと失礼」


 更衣室の中に入って突っ張り棒をご用意。僕が見てもわかりやすいように、着ていく順番通りに吊り下げていく。


「多くない?」

「いやいや、上から下までそろえるならこんなもんよ。ってか、これでも少ないくらいだし」

「ええ……」

「ほい!準備おっけ!入った入った!」


 背中を押されて僕は試着室の中へ。なぜか彼女も入ってくる。


 手には自分用と思しき服の山。こんなに持ってきて大丈夫?ってくらい持ってる。


「よし。じゃあ、まずはそっちから着てみて」


 と、彼女が出入口側を指した。見た感じ、柄がなくてシンプルそうな服で、太ももあたりに文庫本が入りそうな大きなポケットが左右に1つずつ。抹茶のような緑色をしてるけど……カーキってこんな色だったっけ?


「余計なことは考えないで、さっさと着る!」

「はいはい」


 僕が最初の上下のセットを着ると、同じく着替えた彼女が横に並ぶ。


 で、一言。


「ふうん。まあ、こんな感じよね」


 なんか、わかってました。みたいなつまらない反応を示してあっという間に脱いで次の服に着替える。僕は指示が出るまで着替えない。


「はあ、はあ。なるほど?悪くないじゃん」


 2着目に着替えた彼女。今度は満足そう。


「こんな?とか?」


 いつのまに持ってきてたのか、小物まで付けて鏡を見ながらふりふり身体を揺らしてる。


 「ふん。じゃあ、これは候補っと」


 着ていた服を脱いで脇に避けて、次の服へ。


 いつまで続くのかもわからない無限ループに入ってしまった僕は、このあとどうなったのかまるで覚えていない。


 ――なんだかんだで触っていたはずの彼女の胸の感触も。

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