第8話 店員さん!?どっちの味方なんですか!?
満足するまで飲みくいした彼女を引っ張って僕らは会計を済ませるためにレジに向かう。
結局あの後さらにデカンタで白を1本空けて、合計3本のワインを飲み干し、パスタを2皿、ピザを追加で1枚、グラタンも食べて口直しにサラダを経由、ジャーマンポテトと辛味チキンを2皿、締めにジェラートまで食べ切った。
――彼女1人で。
「ふ〜!まんぞくっ!」
ぽんぽん、と彼女がお腹を叩いた。
あれだけ山ほど食べやがったのに、会計は5000円をちょっと超えたくらい。そこら辺のファミレスで食べたら1万を超えるような量を食べたのにもかかわらず、5000円で済んだことに企業努力に感謝するとともに、女子力皆無な酔っ払いの底なしな食欲に溜息しか出ない。
「ふ。計算通り」
財布からお金を出してる僕の横でなぜか彼女は自慢げに胸を張った。
「計算通りならもうちょっと加減してくんない?」
「それは無理ってもんでしょ。むしろ喜ぶべきだと思うけどな」
「へえ?その心は?」
「いっぱい食べられたでしょ?」
「……」
食べられた、というか、食べさせられたの間違いな気がするんだけどな。
「ね?そう思わない?」
「店員さんに振るなよ。酔っ払いが」
お釣りを受け取るために手を差し出す。
「加減をしなくても食べられるのは羨ましいかなぁ〜。あ、400円のお返しです」
そう返す店員さんの手からチャリン、と僕の手に小銭が落ちてきた。
「ほら」
「ほら、じゃねえ」
なんで自慢げなんだよ。
「こう言っちゃアレですけど、ぶっちゃけなにやっても動じない感ありますよね」
「そんなことないけど」
「そんなことあるでしょ。こんなに食べてたらフツーはドン引きよ?」
「普通じゃなくてもドン引きだわ。フードファイターみたいに食いやがって」
そう返すと2人ともケラケラ笑いやがった。
「普通はそういう反応しないんですって。ガチのドン引き知らないでしょ」
失礼な。僕をなんだと思ってやがる。ガチのドン引きならほかのご主人様に猛プッシュされてるアスナでイヤというほど見てるっての。
「言っとくけど、ほかの人がされてるのを見て、ってのはノーカンだからね?自分がドン引してるのと、他人がされるのを見てるのじゃわけが違うから」
そうなの?
と、店員さんに目を向けると、店員さんも頷いていた。
「当たり前じゃないですか。自分の感情と他人の行動ですよ?同じなわけがないじゃないですか」
そう言われればたしかに。
誰かと話していて「こいつとは分かり合えないな」と思うことはあっても、鳥肌が立つような気持ち悪さを感じることはなかった気がする。
けど、まあ。そういうのって――。
「っと、あんまり話してると怒られるね。ありがと」
彼女は店員さんに手を振って僕の背中を押してきた。
そのまま外に出た僕らは買い逃した本だけ調達して駅に向かう。僕の主戦場はこの街だけど、彼女の主戦場はここから電車に乗って環状線の真ん中を突っ切った向こう側、日本どころか世界でも1位の乗降客数を誇る街だ。
「服だっけ?」
「そっそ。さすがに色褪せてるのを着てるのはちょっとね。流行りも過ぎてるし、もう少し早めに行きたかったけど」
そう言って彼女は自動改札を通る。
「身も蓋もない話をするとさ。男なんて女からしたら装飾品の一部なんだよ」
「ホントに身も蓋もないな……」
「でもそう思わない?隣を歩いてるのに相応しいかどうか、みたいな話なんだから」
エスカレーターに乗って彼女は続ける。
「相応しいとかどうとかってぶちゃっけどうでもいいんだけど、隣を歩いてる人が舐められるのは釈然としないんだよね」
「ふうん」
「それが服一つで変わるんだから安いもんでしょ。ってことで多少は服にも気を配って。選ぶのも買うのもやるから」
エスカレーターを上りきってホームに出る。環状線に乗れば乗り換えなしで済むけど、僕らは所要時間が短い真ん中を突っ切るルートを取る。
さすがに土曜の昼下がりとあって電車の中は混んでいた。キャリーケースを持ってる人が多く、これから旅行に行くのか、はたまた旅行で来たのかはわからない。子連れも結構いて、車内は結構騒がしい。言うまでもなく両サイドの座席に空いてる場所はない。毎回電車が通り過ぎていくときに空いてるのを見かけるんだけど、なんだかんだで僕らも忘れてしまっていつも立つ羽目になっている。
「あ。そうだ。行くって言っとくの忘れてた。ちょっとメッセだけ送っとく」
「はいはい」
乗り換えの駅を降りて隣のホームに着くと彼女はスマホを出してポチポチ。そういえば女子って爪が長い子が多いけど、彼女は目立つほど長くないな。
「よし。おっけ」
スマホをカバンの中に戻した彼女と電車が来るのを待つ。
乗り換えた電車に乗って10分。さらにそこから彼女に引っ張られて歩くこと15分。デパートとか百貨店じゃないけど、いくつもテナントが入った建物の5階の一角にたどり着いた。
「なんか毎週来るたびに変わってるけど、よくわかるね」
「駅?あー……ね。そこはもうカンっていうか、行けないならこっち繋がってるんじゃね?くらいのノリだよ」
「ノリで……」
「そっそ!慣れれば庭だよ。こんなとこ」
慣れれば、ねえ。ここの駅、慣れたタイミングで変わってるから慣れる気がしない。発見があると言えば新鮮だけど、道や出口が丸ごとなくなってたりするから、ダンジョンの異名はあながち間違いじゃないと思う。
「やっほ〜」
奥から店員さんがやってきた。
「わ〜!久しぶり〜!」
手を振りながらやってきた店員さんは同じく手を振ってる彼女の手を合わせて叩き合う。
「元気してた!?」
「元気元気!」
「さっき5000円分食い尽くしてワインをデカンタで3本飲み干してここに来たんだよ」
「あ〜……どーりで。酒臭いと思った」
「酷くない?」
「ちなみに朝も二日酔い」
「……マジで?」
「ここ、赤くなってんの隠してる」
僕が額を指すと、店員さんは彼女の前髪を少し持ち上げた。
「あ。ホントだ。ここだけ色が違う」
「ちょっ!」
「なに?どうしたの?」
「一回起きたけど、眠気に負けてテーブルに頭突きをかました証拠です」
「テーブルに?痛そ〜。大丈夫?」
「大丈夫ってか、ちょっと?なんで言っちゃうわけ?ってか二日酔いじゃないし。単に寝不足だっただけ!」
「アルコールの臭いダダ漏れで?」
「漏れてないってば!飲んで……はいたけど、そこまで飲んでない!!」
「ふうん?どう思う?」
彼女の主張について店員さんに聞いてみる。
「クロでしょ。ビールとワインとカクテル、日本酒のチャンポンでご飯は……全部ツマミ的な」
「で二日酔い?ありそう」
「ないよ!?」
「閉店までいたんでしょ?」
「……どうだろ?覚えてないなぁ」
目の逸らし方的に時間で追い出されてカラオケで寝てた、ってとこかな。で、あとは僕が来るまで喫茶店で撃沈、と。
そりゃあ、寝不足にもなるわ。
「隠したところでどうせバレるんだし、正直になったら?そもそも月乃がわかりやすいのは今にはじまった話じゃないし。ね?」
「ぐぅ……」
彼女の学生時代の友だちという店員さんに言われてかろうじてぐうの音だけは出た彼女は、店内のメンズの服が並ぶ棚に目を向けた。
「あ、そうそう。そろそろ入れ替えしようかなって思ってたからナイスタイミングだったね。いつもよりちょっと安くできるよ」
「マジ?」
「マジ。荷物持ちもいるんだし、たくさん買ってって」
いや、荷物持ちって、家まで持ってくつもりはないんだけど。
なんて思ったところで、買ってもらう側の僕に決定権があるわけがない。
「じゃあ、買っちゃおうかな。臨時収入も入ったことだし」
この瞬間、僕の運命が決まった。
ガックリと肩を落とす僕とは対照的にに店員さんは手を叩いて喜ぶ。
「よしきた!じゃあ、まずは――」
店員さんが試着室を指した。
「いつも通り、体型チェックからだね!」
そう言って店員さんは彼女と僕を1つしかない試着室に押し込んだ。
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