第7話 この状態で次は彼女の買い物に行きます(正気か?)

 買い物を済ませた僕らは、初デートにオススメできないと噂のファミレスに来ていた。


「ん。決まった。いい?」

「はいはい」


 端末を彼女に渡すと、慣れた手つきで画面をペシペシ叩いていく。


「ん。とりあえずってところだけど」


 返してもらった端末を見ると、一番上にオリジナルのワインとエスカルゴのアヒージョが並んでいた。ほかにもいくつか並んでいるけど、チーズやらジャーマンポテトやらでいかにも「食より飲みに来ました!」みたいな品々ばかり。


「二日酔いは?」

「二日酔い?」


 なにそれ?とでも言いたげに彼女は首を傾げた。


「朝。覚えてない?」

「朝……?」


 コテンと反対側に首を傾げる彼女。顔が良いだけに妙にサマになってるのがムカつく。


「ここ。赤くなってなかった?」


 テーブルにぶつけた場所を指してやると、「いたっ!?」と彼女の顔が歪んだ。


「もーなに?痛いんだけど」

「え?痛い?そんなに強く押してないけど。このくらいだよ?」


 ほんの少し、触れた、よりも少し感触があるくらいの強さで彼女の手を押すと、ジトッとした目を向けられた。


「ウソはよくないよ?」

「ウソじゃないって。そんなこと言うなら自分で触ってみれば?」

「イヤだよ。なんで痛いってわかってるのに触んなきゃいけないの?Mじゃないんだけど」


 そうだっけ?割と痛みに対して耐性があるような気がするけどな。


 端末にピザとパスタ、スープ、ドリンクバーのメニュー番号を入れてひとまずの注文を済ませる。


「追加は?」

「もち」


 ってことで彼女に端末を渡すと、メニューを見ながら端末の画面を叩いていく。ちなみにメニューがないと番号がわからないとかじゃない。なにを食べるのかを腹の調子と気分で決めるのに写真が必要なだけ。番号は身体が覚えてるようで、画面には目もくれない。


 この間は話しかけても反応しないので、僕は買ったばっかりの本を袋から出してリストと照らし合わせる作業をはじめる。ここでやっておかないと、仮に買い逃しを家で見つけたとしても買いに来れるのは月曜になる。電子本棚のアプリを立ち上げてバーコードで読み取ってはステータスを「積読」に切り替えていく。


 袋に戻し終えると、彼女が聞いてきた。


「買い逃しは?」

「2冊、かな。買い物の後でいいよ」

「おけおけ」


 そうこうしてると、注文したピザとワイン、ジャーマンポテトが届いた。


「飲む?」

「昼から?」

「休みだもん。無礼講、無礼講」


 そういって彼女はデカンタからワイングラスに注いでいく。そこそこ度数のあるワインだからあんまり飲みたくないんだけどな。っていうか、僕が潰れたらどうやって帰るつもりなんだろ?


「ほい。じゃあ、かんぱーい!」


 僕の心配をよそに彼女はグラスを掲げた。


「っあ~!うっま!」


 なみなみと注いだワインの半分が彼女の身体に吸い込まれていった。グラスを置いた手がピザに伸びる。あつあつのチーズがみょーんと伸びてこれまた彼女の口に吸い込まれていく。


「んふ~」


 チーズみたいに蕩けそうな顔しやがって。メインディッシュに行く前だってのに、2切れ目にも手を伸ばしてくる。


「僕のなんだけど?」

「細かいことは気にしない!食べたかったらまた頼めばいいじゃん」


 こいつ……自分の金じゃないからって好き放題しやがって……!


 ケチをつけようとしてる間にも3切れ目、4切れ目が彼女の口の中に吸い込まれていく。


 このままだと全部食い尽くされると悟った僕は実力行使に打って出る。


 ピザの皿を僕の方に引き寄せてメニューを僕と彼女の間にセット。突撃しようものなら、メニューが倒れてピザがダメになるバリアを構築する。


「あー!ずる!ずっる!!自分だけ食べるつもりだ!!」

「半分も食っといてなにが自分だけだ!ほかにもあるだろ!!そっちを食え!」

「そっち?ってなに?」

「は?」


 メニュー越しに困惑の声が聞こえて耳を疑った。だってジャーマンポテトがあったし、食べてる間に辛みチキンも来た。チョリソーもあったはず。エスカルゴのアヒージョは2人で食べた。あとでパンに付けて食べるつもりでオイルだけ残ってる状態で僕の方の空きスペースに置いてある状態。


 ビンビンに感じる嫌な予感に苛まれつつ、恐る恐るメニューの向こう側を見てみる。


 ――空の皿が増えてる……。


 鉄板が2枚に、赤いタレのようなものがついた皿が1枚。さらにいつ頼んだのかもわからないパンが入っていたであろう小さめのカゴが2つ。よく見るとデカンタに入ってるワインの量がなぜか増えてる怪現象まで起きてやがる。


 ゴッ!ゴッ!ゴッ!


 そして目の前には度数14のワインをビールのCMよろしく喉を鳴らして飲む彼女。


「ぷは~!さいっこう!」


 最高じゃねえよバカ野郎。向こうの学生っぽい男子がこっち見てんだろ。


「お待たせしました。カルボナーラです」

「あ!こっちです!」


 彼女が手を挙げると、店員さんの口元が一瞬引き攣った。


 ――まだ食うのかよ。しかもデカンタ2本目?1本目もほとんどこの人が飲んでなかった?


 そんな店員さんの視線をガン無視してカルボナーラを受け取った彼女はそのままフォークを差し込んで自分の口へ。


 分けるとかそういう気はまったくない。2人で来てることをいいことに自分が食べたいものを一通り撫でるように平らげていく。それが彼女。


 気分じゃなくなったり、この先のメニューが食べきれそうにないと判断すると、無言で食べかけを僕に回してくる。もちろん間接キスなんて細かいことは気にも留めない。むしろそんなことを気にして残す方が悪いとすら思ってる。


 まさに色気より食い気。花より団子。

 

 こんな食生活をしてるのにまるで太ってないのが不思議でしょうがない。まあ、規格外が1か所あるけど、そこは目を瞑るしかない。


 店員さんと視線が合う。


 ――分けるとかじゃないの?


 僕が首を振ると引き攣った頬をさらに引き攣らせて下がった。


 僕は彼女の意識がカルボナーラに向いてる間にピザを食べる。


「ん?あれ。ピザ――」

「の前にそのカルボナーラがあるだろ。伸び伸びのパスタなんか食いたくない」

「わたしも。カチカチで冷え冷えのピザはいいかなぁ」


 誰のせいだと思ってんだよ。


 冷え冷えほどまでじゃないけど、チーズが固まりはじめるくらいぬるくなってきたピザをなんとか食べ切る。腹は少し満たされたけど、まだ全然足りない。


 彼女がなにを頼んだのか知らないけど、食べきれなくなった分が回ってくるので、僕はしばし休憩。


「そういえば、今日はなに買うの?」

「ん?夏服。電車の中暑くなってきたでしょ」

「あ〜」


 言われてみれば。


 朝早い時間でも冷房がかかるようになってきた気がする。といっても、平日の朝はラッシュの時間と重なるせいでぎゅうぎゅうになってあんまり冷房の効果を感じないけど。


「一応少しは買ってあるんだけどさあ。やっぱ仕事用とプライベートって違うじゃん?ちゃんとしたの欲しいなって思って」

「ふうん」


 彼女の話を聞きながら、ふと仕事とプライベートって分けるもの?なんて思う。服なんて着れればなんでも一緒だと思う僕と、彼女の違いは正直ここにあると思う。


「ついでにアサカのも欲しいかな」

「僕?」

 

 思わぬ言葉に僕は首を傾げた。


「前に買ったそれ、結構着てるでしょ。色褪せてきてるんだよね。とくに下」

「え?そう?」


 テーブルの下に目を向けようとした僕を制して彼女は言った。


「まあ、あとで見てみなよ。結構落ちてるから」

 

 カルボナーラ、完食。ソースもスプーンで舐め取ってほとんど残ってない徹底っぷりに僕も脱帽するしかない。


「気に入って着てくれるのは嬉しいんだけど、わたしと歩くんだから、そのくらい気付いてね」

「はあ。」


 気を付けろ、と言われてもね。


 リミッターぶっちぎって飲み食いしてるヤツに言われたくないんだよなあ。


「あ。もうワインない……」


 うん。そろそろカラダで払ってもらおうかな。

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