第6話 衣装は買う理由の言い訳。これは夜のオカズです。

 メイド喫茶が入ってるビルを出て歩道を歩く。


「お腹空いた~!」


 隣には彼女がいて、お腹を押さえてる。


「先に買うものだけ買ってからね」


 このまま昼ご飯――ではなく、僕の用事を先に済ませる。そこは買い物よりもご飯だろ、って言われるかもしれないけど、僕らの間にそんな気遣いなんてない。逆にそんな風にされると「風邪でも引いた?」と心配されるくらいお互いがやりたいように好き勝手にやってる。


「わかってるって。わたしも欲しいのあるかもだし」

「ふうん?」


 行き先はライトノベルやらマンガ、同人誌なんかが置いてある書籍専門のお店。そこらへんで自称してるオタクな女子が行きそうなグッズのある店とは違う、先駆者のような、有象無象の中からぎょくを見つけるような古い意味でのオタクな人たちが入る店だ。男ばっかりがいるような店であることは言わずもがな。けれども、彼女は僕に付いてくる。


 初めて彼女が入ったときもそうだったけど、この女、オタクな男たちが好きそうなところに行くのに躊躇いってものが1ミリもない。


「は〜今日もかわいかった……抱きついてきちゃって。はあ〜、かわいいかよ」


 歩いていると恍惚とした表情で彼女が呟いた。


「羨ましいことで」

「ふ。いいでしょ?」


 皮肉っぽく言ったつもりだったんだけど、彼女は自慢げに胸を張った。大きなお山に押し上げられた水色のシャツが胸を張ったことでさらに押し上げられてボタンの隙間から深く刻まれた谷間とお山を支えてる下着が少し見えてしまった。


 覗きたくなる衝動を抑えて彼女の胸から前に逸らしながら僕は応える。


「って言ってもスズだからなあ。抱き着いたってより、マーキングしに来たって感じな気がしなくもない」


 スズも彼女も胸元の隙がかなり緩い。スズは仕込んでる上に周りの肉と言う肉をかき集めて無理やりブラに押し込んでるらしく、両手を上げたりするとブラの方が上にんだとか。で、直しはするんだけど、朝着けたときのレベルまでには戻せないとかで、雑に戻してそのまま胸元が開いてるメイド服を着て作業するもんだからブラとの間に隙間ができてパットと先っぽの寸前くらいまで見えることがちょいちょいある。


「え?ずり上がる?こう?え?こうんじゃなくて?」

「乗っかる……?え?乗っかる?乗っかるってどういうこと?こう伸びとかするでしょ?ん~!って!そうするとそのまま一緒にずるーって上に行っちゃうんだよ」


 その話を聞いてた彼女はスズの話をまったく想像できなかったらしい。両手を挙げてスズと同じようにやってみてもわからなかったらしい。両手を挙げて伸びをしてもまったくわからなかったようで「……ええ?」と首を傾げていた。そりゃあ、自分はそんなことしなくてもピッタリ収まってるもんな。決壊することはあってもブラの方が山を越えることなんてありえない。


「まっ平すぎて引っ掛かるところがないからそのまま通っちゃうってことでしょ」


 あまりに首を傾げてるから僕が身も蓋もない話をすると、彼女は「あ~!そういうこと!?」となぜか納得。代わりにスズにものすごい勢いで睨まれたっけ。


「ネコとかイヌみたいな?」


 谷間と下着の出来事を思い出していた僕の顔を覗き込むように彼女が見上げてきた。シャツの隙間はさっきよりも大きくなっていて、深淵のように深く刻まれた谷間と澄んだ海のような水色の下着に吸い寄せられる。


「いないから何とも言えないけど、まあそんな感じ?」


 さっきの2人の話だともう見てるのはバレてると思うけど、それでも見てるとイジられると学習してる僕は鋼の意志で視線を逸らす。


「ちょっとわかっちゃうのが悔しい」


 クスッと笑って彼女は僕の腕を取った。


「はぐれないように」

「はいはい」


 土日のお昼過ぎってこともあって人通りはかなり多い。横並びで歩いてるだけだと間に入ってくる人もいるので、仕方なく手をつなぐ。


 さらに少し歩いて店先でイベントじみた何かをやってるゲーセンを通り過ぎ、免税店の向こう側にある見た目ゲーセンの建物の中に入る。僕らが目指してるお店はこの建物の地下。通路を半分、塞ぐようにして並べられてるクレーンゲームを見ながら地下に伸びる階段を下りると目的地にたどり着いた。


「じゃ、わたしは向こうに行くから。終わったらよろしく」


 僕の手をあっさり放して彼女は右側へ。僕は正面の平積みになってる新刊コーナーに向かう。


 買うものが決まってる僕の用事は邪魔が入らなければ基本的にすぐに終わる。特に今回みたいに買う予定のものが新刊だけの場合は回るルートも決まってるから、あらかじめスマホに登録してあるリストの中と目の前の本があってるかをチェックしてかごに放り込んで、レジに向かうだけ。


「――20点で合計で1万5千円になります」


 今週は20冊。マンガもライトノベルも含めてのこの金額ならまあ、許容範囲かな。


 スマホで電子決済をして本を袋に入れてもらって、彼女を迎えに行く。といっても、曲がりなりにも本屋だから読書をしていたら邪魔にならないようにそっと近づく。


 入口に戻って僕は彼女が向かった右側の棚に踏み入れる。


 こっち側は正面から左側と違い、入ってすぐ目に入るのはとにかく肌色。近づいてイラストをみると、ほとんどがなにも着てないか、着ていてもなにかで濡れてるようなものばかり。とにもかくにも肌色が多い。正面から左の棚にあった本とはいろんな意味で一線を画すレベルの本たちがずらりと並んでいる。どの本にも共通して3文字もしくは、4文字である文字が書いてある。


 3文字だと「R-18」、4文字だと「成人向け」。


 そう。彼女が向かった先は、成人向けのマンガやら同人誌があるエリア。彼女がここに来るようになったのは、今日と同じようにメイド喫茶を出たあとに付いてきたのがきっかけ。たまたま欲しかった新刊がこの店にあって会計の列に並んだときに見てしまったのがすべてのはじまり。


 ただ会計の列に並んだってだけなのに、見せられた光景は肌色にぶちまけられた液体でずぶ濡れになった女の子のイラストの数々。そのあと彼女がどうなったのかは皆さんの想像に任せるけど、今は喜んで僕に付いてきて真っ先に行く先が成人向けのエリアになってる。ちなみに彼女は「オモチャ」には興味がないようで、駅を出てすぐのところにある、通称「大人のデパート」には見向きもしない。


 そんな彼女の姿は新刊ではなく、既刊のコーナーにあった。


「ふうん。こういうのもアリ、か」


 アイドルの服装の女の子が胸のところでハートを作ってるイラストを見ながら彼女が頷いてる。


「ん~……作れなくは……ないか。ふ、スズに着せてみようかな」


 そう言って彼女は手に取っていた本を棚に戻した。で、すぐに隣の本を手に取る。今度は人妻モノ。


「……うん。これは趣味じゃないな。もっと歳が近い方か、逆に振り切って制服とかの方がいいかも。いや、でも制服かぁ~。制服はさっすがにキツいよね。物理的にも精神的にも。なーんであの子たち着れてんだろ。意味が分かんないわ」


 小声も小声。すぐ隣まで近づいてようやく聞こえるレベルだけど、彼女は一人で見えない何かと話してる。


「ん~……やっぱまだなんも知らなすぎるか」

「何の話?」


 別のマンガに手を伸ばそうとしたところで僕は声をかけた。


「ん~今度イベントやるんだけど、そのときの衣装をどうしようかなって」

「衣装?コスプレみたいな?」

「そうそう。そういう系の。あっちも結構見たんだけど、ピンとくるのなくってさ」


 そう言って彼女は別のマンガを手に取る。


「健全な方って割とこっちから引っ張ってきてるような気がして見てるんだけど、な~んかもう一声足りないんだよなあ」


 健全な方ねぇ。たしかに彼女には健全な方は合わない気がする。いや、別に健全な方が全く合わないって話じゃないし、探せばあると思うんだけど。


「主張しすぎるってのも考え物だね」

「ホントだよ。ってことで、この辺ちょっと買ってくる。入口んとこで待ってて」


 彼女はアイドルの表紙のエロマンガを手に取って会計に向かった。

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