第5話 おさわりは厳禁です!!

「んじゃ、またね。待ってる」


 自動ドアを開けてくれたスズが手を振った。スズのヤツ、ホントにヒマだったようでずーっと彼女のところにいてしゃべっていた。おかげで僕もヒマつぶしをしなくてよかったけど、ほかの人が見たらこんなに貼り付いてて大丈夫?って思うくらいにスズは彼女と話していた。


 ちなみにほとんどの話題がここには書けない内容ばかり。


 一応、そんなこと話しても大丈夫?くらいは聞いた。聞いたけど、スズは「爆音でBGMが流れてるから聞こえないから大丈夫!」って返してきてそのまま彼女と話してた。


 隣のお嬢様にすっごい目で見られてたの気付いてないのかな。


「あ~すぐ来る!このまま並ぶ!」


 メイド喫茶を出るときの彼女はいつもこう。なんなら閉店時間を過ぎて「帰れ」と言われてもこんな調子で、毎回引きはがすようにして帰る。


「さすがに今日はもうムリでしょ」


 2周したところで人が並んできたってことで僕らは店を出ることにした。あれからなんだかんだあって時間は1時過ぎ。アスナやスズを含めた最短のメイドたちは2時までだから今すぐに入れば話せるけど、さすがにこれから並ぶだとアスナたちがいる時間には間に合わない。


「がんばればいけないこともないと思うけど」


 と言ったのは彼女。さっきから何度もいい音を出してはスズに笑われてる腹ペコ限界女子のくせに何言ってるんだろうね?


「いやいや。月乃はちゃんと食べてっての。ここはちゃんと生活ができてる人が来る場所!」


 珍しくスズがまともなこと言ってる。けど、それで「そうだね」と納得する彼女ではない。すぐに反撃に打って出る。


「それ。そっくりそのままスズにも言えるんじゃない?この前抱き枕2つとタペストリーとほかにもなんか買ったって言ってたよね?予算ギリギリ、って言ってさ。ガチャも回して。知ってる?予算って食費は含まないのが常識だよ?予算捻出するためってパンとか冷食ばっか食べてない?ちゃんと生活できてる?」

「……」


 畳み掛けられた言葉にスズの視線がスーっと逃げるように逸れていく。ちょっとスズさん?


「スズ?なにやって――あ。よかった。まだいた」


 僕と彼女の2人でスズを問い詰めてると、アスナが柱の向こう側から顔を出した。


「ごめんね。思ったより話せなくて」


 僕のすぐ近くまでやってきてアスナが言った。


「いやいや。結構忙しかったみたいだし、また次話せればいいよ」

「そう?」


 2周して僕がアスナと話せたのは20分ちょっと。なんだかんだ2時間半近くいての20分って考えると短いけど、それでも思ったより話せたから割と満足してる。


「まあ、欲を言えばもっと話せるとよかったけどね」

「ふ。だよね。いつもぜんぜん話し足りないんだよなあ」


 アスナはそう言ったけど、僕とアスナとの会話の比率はアスナが9、僕が1ってくらいほとんどアスナが話してる。


「アサカは聞いてくれるじゃん?だからアレもコレもってどんどん話したいことが出てきちゃって。たまにはちゃんと話を聞こうって思うんだけどさ。やっぱり話しちゃうんだよね」

「聞いてる方がラクだから気にしなくていいと思うけど」

「そう?そう言ってくれると助かるけど。いいんだよ?話したいときは話してくれて」

「そのときはちゃんと言うよ」

「ん。よろしくね」


 と、アスナの視線が柱の方に移った。つられて僕も目を向けると、スタッフが何かの合図みたいに手を挙げていた。


「っと、ヤバ。そろそろ戻らないと。スズを呼んでこいって言われたんだった」

「そうなの?」

「そうそう。ほっとくと月乃とず〜っと喋ってるからさ」

「たしかに。スズ、仕事しろよ」

「スズ。呼ばれてる」

「え~まだ月乃と話したいんだけど」


 どんだけ話すんだよ。2時間ほとんどぶっ通しでしゃべってまだ足りないっておかしいだろ。


「月乃と喋りすぎなんだって。さっきご主人様にも言われたよ?」

「誰?」

「なんだっけ?わかんないけどご主人様」


 アスナさん。人の名前覚えるの苦手だからっていくらなんでも雑すぎでしょ。


「あ〜メガネ?かけてる?」

「それ。一応言っとく、って言っといたけど、なにアイツ?」


 心底嫌そうな顔でアスナが言った。


「めんどくさそう、じゃなくてめんどくさいよ。ね?」

「目をつけられたら最後、って思うくらいにはめんどい」


 なんで彼女に振った?って思ったらスズじゃなくて彼女を「推し」にしてるご主人様だとか。なんだそれ。


「まあ、月乃はわかる。もしメイドやってたらわたしも推しにしてるし。っていうか、メイドじゃなくても推しだけど!」


 とスズが彼女に抱き着いた。


「うへへ~いいだろ?合法だぞ?」


 谷間に顔をうずめてスズが僕に向かって言ってきた。


「限りなく黒に近いグレーの間違いじゃないの?」

「何も言われないもん。セーフ」


 スタッフに目を向けると、苦笑い。ダメじゃねえか。


「ん~充電充電」

「あと1時間ないんだからがんばりなよ」

「ん~」


 気付くと彼女もスズの背中に手を回していて、入り込む余地がなくなってしまった。


「はいはい。終了。行くよ」


 が、アスナは問答無用で割り込んでいく。


「あ~」


 アスナに引っ張られたスズの情けない声が小さくなっていく。


「まったく。あんまりあーゆーことしないでって言ってるでしょ」


 戻ってきたアスナが彼女に注意した。


「自分はできないからって八つ当たり?」

「違うっての!ルール!!書いてあんでしょ!ここに!!」


 と、アスナが注意事項の紙を指した。たしかに「おさわり厳禁」の文字がそこにはあった。


「スズから来たんだからどうしようもないでしょ。来たから受け止めた。もうこれは愛だね。ファンサを超えた推しからの愛。受け止めないわけがない」

「はあ……」


 アスナが頭を抱えてる。ムリもない。僕だって何を言うべきかわかんないんだから。


 しかも顔がニヤついててまったく効いてる様子がないし。


 とりあえずこのまま外に出られると僕も気味が悪いので、彼女に向かって一言。


「顔。気持ち悪いよ。自重して」


 オタクだから気持ち悪いときは気持ち悪いって言って、と言われてる僕は情け容赦なく彼女に言葉のナイフを突き刺す。ついでに彼女のカバンにぶら下がってる小さい鏡を突っついてやると、睨んできた。


「鏡なんか見なくても気持ち悪いくらいわかるって。推しに抱き着かれたんだよ?平常心でいられるわけないでしょ」


 なんで胸を張って自慢げに言えるかなぁ?


「通報されるレベルだよ?引っ込めて。今すぐに」

「ムリ。アンタもコイツに抱き着いてみたら?わたしの気持ちがわかるよ?」

「はあ?するわけないでしょ。クビが飛ぶっての」


 ホント、この2人は仲がいいのか悪いのかわからないな。


「はあ。まったく……」


 アスナはため息を吐いて僕に目を向けた。


「そろそろ行くね。また月曜、かな?」

「夜?」

「ん。たしか」

「じゃあ、行く」

「待ってる」


 バイバイ、と手を振って僕らは別れた。


 自動ドアから伸びる列は思っていたよりも長くなっていて、下のフロアの列まで食い込もうとしていた。ここから最後尾に並ぶと軽く2時間コースになりそうだ。


「あ~最高!マジで今回は神だった」

「はいはい」


 彼女を先に行かせて僕らは階段を下りていく。今日は珍しくどのフロアも人が多い気がする。


 どうにかこうにか下まで降りて歩道に出た。


「ふ~!今日ヤバイね。あんなに歩きにくかったの久しぶりかも」

「なんかあったっけ?」

「さあ?」


 階段を下りてる間に落ち着きを取り戻したようで、にやけ顔はどこかに消えていた。


「よっし!ご飯にしよ!お腹減った!」

 

 土曜の昼下がり。


 僕が彼女から解放されるのはまだまだ先のようだ。

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