第13話 装飾品
「んああ!」
うつ伏せの彼女があられもない声を上げた。
「んんっ!!あ〜!そこっ!ダメ!!」
「ダメってことは追加ね。ほい」
「あ〜〜!!ダメダメ!!ダメー!!!」
グリグリしてやると彼女の身体がピーンと伸びた。
僕が力を緩めてやると、「はあ……はあ……」と息を切らせて脱力した。
「き、鬼畜ぅ……」
罵倒のようにも聞こえるけど、睨んできてる目は涙目で頬も上気していて迫力なんかまったくない。むしろ嗜虐心をそそるイイ顔で、僕はちょっと楽しくなってしまう。
「まだ足りないでしょ」
彼女のお尻をクッションに座ってる僕は彼女の腰に手を置いた。
「いやいや!待って!?もうちょっと待って!!まだ――」
「待たない」
腰に置いた手に僕は力を込めた。
「あ――っ!」
おかしいな。なんでマッサージでこんなになるんだろ?
「はぁ……はぁ……ケホッ!ゴホッ!」
「はい、水」
吸い込んだ空気にむせる彼女に飲みかけのペットボトルを渡す。
「っあ゙〜……けふっ」
一気に飲み干して咳なのかゲップなのかわからない音を漏らした。
「あ゙り゙がど」
「乾杯の一杯じゃないんだけど」
キンキンに冷えてはいるけど、ペットボトルの中身はただの水。炭酸水にしようとも思ったけど、吹き出されると後でめんどくさいので、無難な水にした。
「あ゙〜……クセになりそう……ま〜じで身体が軽くなった」
「そりゃよござんしたね」
おかげで僕もくったくた。手に力は入んないし、腕も持ち上がる気力すらない。
「んっしょ」
と彼女はベッド脇の台に手を伸ばして何かを取り、僕の足の間に腰を下ろした。
「ふ〜」
「いや、ここで落ち着くなよ」
「や、だって壁は背もたれにするには硬いし、クッションは寸足らずじゃん。ってことで、ん。こんな感じで持ってて」
そう言って僕の手を取って左右の胸――いや、もうこれはおっぱいそのものだけども――へ。
「支えてるだけだから。揉んだりしたらチクる」
「理不尽すぎだろ」
彼女が手に持っていたのはボディーペーパーだった。
首から下へ、腕や脇を通り、谷間、胸の下、お腹までを拭いていく。
「やば〜マジでラク」
なにが?って聞きたくなったけど、その答えは聞かずともわかってしまった。なんせ胸の下を拭いてる時に確実に彼女の手が当たるのだ。こうしてるだけでラクというだけの障害がすぐ近くにあるなんて聞くまでもなかった。
「おっぱい触ったってことで背中はよろしく」
「触ったっていうより、持たされた、だけど」
「細かいなぁ」
なんて言いつつ、ボディーシートを受け取って彼女の背中を拭いていく。ときたま「んっ!」とか「ちょっ!」とか聞こえるけど無視。呼吸だけに意識を向けて拭いていく。
マッサージしてるときも薄々感じてはいたけど、どうやら彼女は背中が弱いらしい。背筋のあたりに触れるだけで彼女の身体が面白いくらいに反応する。
まあ、わかったからってなんの得にもならないんだけど。
腰の近くまで拭いてボディーシートをゴミ箱に投げ入れる。
「え〜なんで入るの?」
「入るでしょ、このくらい」
「入んないんだけど」
ぽい、と彼女が投げたボディーシートは空中で解けてゴミ箱の手前で落ちた。
「ノーコン」
「わかってるってば!くっそ!なんで入るわけ……おかしいよ……」
ブツブツ文句を言いながら彼女は落ちたボディーペーパーをゴミ箱に入れる。
――のはいいんだけど、さすがに見た目がよろしくない。いや、別の意味ではいいんだけど、さすがにシラフなので苦情を入れる。
「パンイチの四つん這いでこっちにお尻向けないでくれない?」
「?なんで?」
わけがわからない、と彼女は顔だけ僕に向けて首を傾げた。が、少しして「ああ!」と何かに気付いたらしく、僕の足の間に戻ってきた。
「誘ってるように見える?」
ニヤニヤと気持ち悪い笑みがムカつく。
「ひん剥いて真っ赤になるくらいにぶっ叩けるくらいには」
「ぶっ叩くって!そーゆーお誘いじゃないんですけど~!」
ケラケラ笑う彼女に僕もしてやったりな気分になる。
ふと、陽がだいぶ傾いてきたのに気付いて僕は時計に目を向けると、短針が4を過ぎていた。
「そろそろ準備したほうがいいんじゃないの?」
「あ〜……そんな時間?……だね。はや」
時計を見た彼女は伸びをしてベッドから降りた。
「あ〜マジで身体が軽い。ありがと」
「そんなあっさり効果が出るもんじゃないと思うけど」
「体感でわかるって」
そう言って彼女はウォークインクロゼットのドアを開けて中に入っていった。
この間に着替えてしまおうと思った僕は袋の中から1着を引っ張り出した。あの店員さん、ご丁寧なことにズボンで仕切りにして1着がどの組み合わせなのかわかりやすくしてくれてたので、どれの組み合わせを着ればいいのかすぐにわかった。
パッと着替えて彼女を待つ。
しばらくしてダメージデニムなパンツスタイルの服を身にまとった彼女が戻ってきた。
「お、早速着てくれた?」
「まあ、せっかく買ったしね」
「いいねいいね」
近寄ってきた彼女がしげしげと僕を見てくる。
「ほうほう。いいじゃん。やっぱわたしの目に狂いはなかった」
満足そうに頷いてる彼女。そういえば今日はまだアルコールをドーピングしてないな。
「酔っ払ってる方が狂ってないって言うのもどうかと思うけど」
「いやいや。あっちは仮の姿。わたしがマジメにやったら超ヤバいから」
ヤバい、ねえ……。どっちのヤバいなのか図りかねるけども。
全身鏡の前で僕の横に並んでニヤニヤしてる彼女の姿はどこからどう見ても不審者系のヤバい人にしか見えない。
「っと、こうしてる場合じゃなかった。準備準備」
メイク道具が隙間なく埋められたデスクに座って彼女はメイクをしはじめた。
「忙しいことで」
「ホントだよ。マジでさぁ~。これでもわたしはまだ少ない方だよ」
独り言のつもりだったけど、リップを塗りながら彼女が応えた。
「へえ?」
「多い子なんかメイクに2時間とかかけるからね。どっちかっていうとそっちの方が多いけど」
「2時間……」
ライトノベル1冊読み切れるじゃん。マジか……。
「顔はいいのよ。まあ、それでもかかるときはかかるけどさ」
そう言って彼女はコテを手に取った。
「問題は髪よ。これがま~時間かかる」
コンセントにプラグを挿して、しばし待ちの時間。
「服に合わせて髪を変えるんだけどさ。これが沼。どんだけやってもキまらないんだよね」
「はあ……」
そんなに?と思ってると、コテを手に取った彼女がおもむろに髪に通した。
ツヤのあるきれいな髪にコテが通ると、あら不思議。寝ぐせがどんどん取れていく。そりゃあ、もうおもしろいくらいに。
「とりあえず基本にするじゃん。こうやって」
「はいはい」
「でも、これじゃ服に合わないわけ」
と、立った彼女を見ると、なるほどたしかに。
別に完全に合わないってわけじゃない。合わないってわけじゃないけど、なんか違う。
「ね?で、ん~……どうしよっかな」
「ってここで考えるわけね」
「そゆこと。ポニテにしようかな」
とやってみるけど、イメージとは合わなかったらしい。すぐに解いてしまった。
それから試行錯誤することしばらく。妥協と納得を積み重ねて髪のセットが終わり――。
「とまあ、こんな感じでメイクも微調整してっと――完成!」
出来上がった彼女の姿はいつもメイド喫茶で見るのとはちょっと雰囲気の違う姿になっていた。
「ほい。じゃあ、横に並んで~」
「はいはい」
メイド喫茶の記念撮影よろしく鏡の前に並んで立つ。
「あ~なるほど。そういうことか」
装飾品って言ってた意味が分かった。さっきと同じように横並びに立ってるのに、この方がバランスが取れてる。
「お?わかってくれた?」
「装飾品ね。たしかに」
「言い方」
彼女はそう言ってくすくす笑った。
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