第14話 表と裏
「あれ、今日は一緒じゃないんですね」
ほぼしゃべる時間がない土日に比べて、人が少ない平日はメイドと話せる時間が多い。席まで案内してくれたメイドが話しかけてきた。
「今日は?」
「土曜日、月乃と来てましたよね?あれ?違いました?」
こてんと首を傾げるメイドさん。着ているメイド服が新人用で、顔に見覚えがない。ってことは新人さんかな。
「いや、まあ、来てたけど、なんで知ってるの?」
「やっぱり!あ!自己紹介してなかったですね。わたしは――」
と、メイドさんの自己紹介を挟んでまた話が戻った。
「――ってわけで、月乃とは仲良しなんですよ」
「へえ」
ここだけの話、と小声で聞かされた僕は何とも言えない気分になった。なんせこの子もリア友だとか。なんていうか、世間て狭いね。
「よく入る気になったね」
「これもここだけの話ですけど、月乃が『合法的に推しと友達になれる』って言ってたので」
「アイツ……」
なんつーこと教えてんだ。
「あ、もちろん、表向きにもちゃんとした理由がありますよ?」
「まあ、さすがにね。じゃないと受かんないでしょ」
「そうそう。結構倍率も高いので」
なんて話してると、アスナが注文したオレンジジュースを持ってやってきた。
「やっほ」
「や」
「いじめられてない?大丈夫?これ、口は悪いし、性格もねじ曲がってるけど、中身はまともだから安心して」
「ちょっと?」
まったくフォローになってないんだけど?
何が面白いのかわからないけど、新人さんはクスクス笑ってる。
「ほい。いつもの」
テキトーに選んだストローをグラスに差して、僕とアスナは雑に、新人メイドさんは新人らしく、3人で儀式をやる。
「そういえば。お名前は……」
「アサカ」
新人メイドさんの問いに答えたのは僕じゃなくてアスナ。
「ゴリゴリの本名そのまんまなんだよ」
「そうなんですか?」
「まあ、ほかにいい案なかったんだよね」
「ないこともなかったけど、それにするとめんどくさいのと混じるの」
「まーくんとかね」
「何人いると思う?」
「え?……と、5人くらい……ですか?言われてみれば多かった気が」
「ふっ」
おい。鼻で笑ってやるなよ。
「10人」
「え……」
パッと両手を広げたアスナに新人メイドさんが固まった。
「しかもみーんな厄介っていうね」
「ホント困るわ。アクセっていうか、ピンキーリングをプレゼントするからって言って選んだらシレッとペアにしてるし」
「……え?」
「マジ?」
「マジマジ。ほら、前言ったじゃん。カタログ見せられたって。これよ」
メイド服のポケットから出してテーブルの上に置いた。
「ええ……マジのヤツじゃん……」
これには新人メイドさんもドン引き。
「着けるんですか?」
「まさか。選びたくもないの選ばされて勝手にペアだよ?ないない」
そう言ってアスナはポケットに戻した。
「まあ、その人と話すときは一応、ってことにしてるけど、基本しないよね。気持ち悪い」
ああ、思い出した。そういえば鳥肌が立ったって言ってたヤツだ。
ほんとに気持ち悪かったようで、見せてきたアスナの腕にびっしり鳥肌が立っていたのを思い出した。
「ってことはアサカだから……あっくんってやると――」
「4人くらいは顔を上げるんじゃないかな。チェキ撮るとき」
「ひぇ……」
新人メイドさんから震え上がるような声が出た。
「ま。そゆこと。」
「軽い気持ちで付けるとあとで何かあるんですね」
「常連だけね。あそことか」
「あ〜……たしかに」
まだ新人なのにそんなこと思うのか。なんというか、可哀想に。いろんな意味で。
「そういえばアサカはほかの常連と仲良くしたりしないよね?」
「しないね。なんていうか……何しに来てるかわかんないじゃん」
「なにしに?」
「そうそう」と頷く。
「だってあれ、別に推しはほかにいるんだよ?しかも別のフロア。新規開拓でもなんでもない、ただの付き合いでいるんだよ?メイドに会いに来たわけでもない、ただ呼ばれただけって何しに来てんだって話よ」
「そうなんですか?」
「そうそう。みんなほかに推しがいるのはたしかにそう」
「まず関わろうなんて思わないよね」
「ふうん」
わかったような、わからなかったような、みたいな反応だったけど、僕はそれ以上話さなかった。別に理解してほしいわけでもないし、知っておいてほしいわけでもない、ただ横たわる事実として話しただけ。
「まあ、僕はここのオタクたちとは違って特殊だから。そこまで気にしなくていいよ。まあ、あの辺に頼るのはやめといた方がいいかなってのはアドバイスとしてあるけど」
「わかる」
アスナが大きく頷いた。
「っと、あんまりここにいると怒られるよ」
「あ、そうですね。じゃあ、また話しに来ます」
新人メイドさんはぺこりとお辞儀をしてほかのお客さんのところに向かった。
「私も呼ばれてるからまた後で」
「はいはい」
手を振るアスナに手を振って返すと、レジの方に向かっていった。
アスナが戻ってきたのは、それからしばらくして。
「ちょっと一周回ってから最後に渡す」
「はいはい」
通りがかりにそれだけ言ってほかのお客さんのところにチェキを渡して、ついでにゲームも片付けてからだった。
「っあ゙〜……ちょっと待って。休憩」
「はいはい」
いつも通りゲーム用の小さいスタンディングの小さい丸テーブルのところに案内してもらうと、アスナがテーブルに手を置いて一息吐いた。
「今日はだいぶ疲れてるじゃん。まだ月曜だよ?」
「ほんとにね……っと、先に渡しとく。いい感じに盛れてる」
渡されたチェキを見てみる。けど、盛れてる、の意味は相変わらず僕にはさっぱりわからない。雰囲気は悪くないので「いいじゃん」とだけ言っておく。
「ふう……」
「お疲れ」
「ホントに。もうさぁ~……なんなの。今日もいるんだよ」
「今日も?」
と振り向こうとすると止められた。
「あとで帰るときに見て。話してるときだとめんどくさくなる」
「はいはい」
「ここだけの話、私って軽いように見える?」
「そんなことないでしょ」
「そう?その割にあーゆーのに話しかけられるんだけど」
「ふうん」
話してるノリの良さみたいなのはあるからもしかしたらそれで勘違いされてるような気がしなくもないけど、それは後で気付いた話。このときは何も思いつかなかった。
「ほかの人には言えないけどさ。高校まで女子校だったけど、付き合ったこともあるし、その先も――まあ、あるわけよ」
「へえ。どんな人?」
「運動部だったかな。なんで付き合ったのか忘れちゃったけど。走ってるのがかっこいいとかだったかなぁ。覚えてないや」
付き合った理由を忘れる?そんなことある?と思ったけど、僕はあえて突っ込まなかった。
「いろいろやったけど、なんかこんなもんか、って思っただけだったな」
「ふうん」
正直に言えば僕も似たようなものだった。付き合ったのは2人だったけど、どっちも何が好きでどうして一緒にいられるのかわからなかった。結局、アスナと同じように「こんなもんか」って思ってどうでも良くなっちゃって別れたのを思い出した。
「付き合うって難しくない?」
「あ〜……ね。そうかも」
「好きって思ってるから許せるところっていっぱいあるんだけど、なんでも許せる訳でもないし」
「その割には月乃にはなんでも許してそうな気がするけど?」
おっと、思わぬところから矢が飛んできた。
「なんでもは許してないって。この前だって席を取って置いてもらったお礼みたいなもんだし」
「ふうん」
我ながら言い訳っぽいな、と思いながら並べた言葉はやっぱりアスナを納得させるには足りなかった。
不満そうに頬を膨らませてテーブルの足を蹴ってる。
「まあ、さ。なんていうか……やることはやってるってだけ知っておいて欲しかった。アサカはこれくらいじゃ来なくなるとかしないと思うから言っちゃったけどさ。別に潔癖でもないんだよって、やることはやってるんだよね〜くらいだけの話なんだけど」
「まあ、このくらいじゃあ、別にどうって話でもないと思うけど。今だって彼氏がいたっていいでしょ」
「ふ、って言ってくれると思ってた」
ほっとした顔で「今はいないんだけどさ」と付け足したところで、ゲームの時間が終わった。
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