第15話 知らない方が幸せって聞くけど、割と実感することって多いよねって話
ゲームが終わって自分の席に戻る道中でソファーの席に目を向ける。今日も今日とて飽きずに5人くらいでソファー席の半分を陣取ってメイドさんたちと楽しそうに話してる常連たちの中に話題に出ていたご主人様の姿があった。
「ね。いたでしょ」
「ご苦労なことで」
指輪をしてるからすぐに分かった。Tシャツがはち切れそうなくらいパツパツなお腹の持ち主で、お世辞にもモテそうな要素がない顔をしてるのに、メイド3人と楽しそうに話をしてる。
「みんなにも自慢してるらしいよ。見せるだけであげるのは推しにだけ。推しにならないとあげないって」
「それはそれは……」
しょうもない火種を撒きやがって。
「推しじゃなくてもいらないんだけど」
限界までヘイトが高まってるようで、アスナの言葉の切れ味が凄まじい。
「でもなんだかんだ言っても騙し討ちみたいなもんでしょ?それってお揃いっていうの?」
「本人はそのつもりみたいよ?1人だけって言ってほかの子にもあげてるらしいけど」
「わぁお」
プレゼントをあげるの一人じゃないんだ、と僕はちょっとビックリしてしまった。推しってのがどんな存在なのか定義は人それぞれだからいいとは言え、なにかをあげるってなかなかなことだと思うんだけどな。それを複数?なかなかスゴイ世界の話だなあ。
「ん?ってことはみんな知ってる?」
「知ってる知ってる。ってか、どんな話してるってのすら流れてる」
「マジか」
女子のネットワークは怖いって話を聞くけど、赤の他人とはいえ、身近でそれを実感するとは思わなかった。
「みんな同じやり方で?」
「そこまでは興味ないから聞いてないけど。変わんないんじゃない?気持ち悪い」
吐き捨てるようにアスナは言った。
「前にいて来なくなったまーくん覚えてる?」
「あー帽子の?」
と心当たりを聞くと、「そうそう」とアスナが頷いた。
たくさんいるまーくんの中でもアスナを推しにしてる厄介な「まーくん」ってのはこれまで2人。今のが2代目で初代の称号付きまーくんは帽子がトレードマークだった。そういえばすっかり見なくなったな。今の今まで完全に忘れてたけど。
「アレも大概だったけど、それ以上かも。アレはナルシストすぎてダメだったけど、こっちはなんていうか……純粋に生理的に受け付けない。もうね、最初っからダメ、なんとかしようとも思わないくらい無理」
バッサリすぎてちょっと笑ってしまった。
「そこまで言っちゃうんだ」
「だってマジで無理だもん。けど、来るなとは言えないじゃん」
「メイドは客を選べないってか」
「それ。いや、ホント、ただのプレゼントでもいらないんだけど、どうしよ?このまま捨てるわけにはいかないよね」
「それはさすがにダメでしょ。だんだんやめるとかならともかく」
「あ〜……今だけ付けといてやめてく?忘れた、とか言って」
「そうそう。そのうち存在忘れるでしょ」
「それいいかも。そうしよ」
一息ついたところで僕は財布を出した。
「まだいる?」
「あ〜……」
声の調子が助けを求めるそれのような気がして、僕は後ろの方に意識を向ける。
「いた方が?」
「お金的に大丈夫なら助かるかな。ちょっと……」
先に続く言葉はなかったけど、漂う雰囲気はキツそうだった。
「まあ、いいか」
僕はお金を出すついでに認定証も渡してやる。
「ありがと。すぐ来る」
「はいはい」
宣言通りすぐに戻ってきたアスナは僕の注文を取って、また戻ってきた。
「ほい。この時間だからラストまでいられるよね?」
「いられるんじゃない?もうラストオーダーでしょ」
このメイド喫茶のラストオーダーは2回ある。1回目は食事系のラストオーダー、2回目はドリンクのラストオーダーだ。この時間が近くなると、来る人も少なくなるので、制限時間の60分を超えて22時の閉店時間までいられる。
「よしよし。なら、大丈夫かな。ありがと」
正直、僕がいるからどうにかなるって話じゃないと思うけど、アスナの雰囲気が和らいだので、選んだ選択肢は間違ってなかったらしい。
「あ、呼ばれたから行くね」
「はいはい」
「また後で」
アスナが離れて本を出したところで、ご案内してくれた新人メイドさんがやってきた。
「何読んでるんですか?」
「これ?これ」
タイトルが長すぎて一息で言えない僕は、表紙を見せた。
「えっと――」
とタイトルを声に出したメイドさん。
「長いですね」
「長いんだよ。マジで」
「あ、でも絵はカワイイ!マンガですか?」
「いや、ラノベ……小説」
ラノベで伝わらなそうな予感がした僕が慌てて言い直すと、中身をパラパラ開いて「小説なんですか!わ!ほんとに文字だけ!」と、小学生みたいな反応を返してきた。
「小説読めるのすごいですね。私ぜんっぜん読めなくて」
「ちゃんとした小説は僕も眠くなるよ」
「そうなんですか?」
「そうそう。これは挿絵があるから割と読みやすいけど、ホントに文字だけだと結構キツいよ」
「ですよね~」
「本を読む習慣がないなら最初はマンガからかな」
「え。マンガ?」
「そうそう。結局読書って――」
と話しはじめようとしたところでマイク越しにアスナに呼び出された。
「あ、呼ばれちゃいましたね。また聞かせてください」
「はいはい」
席を立ち、ステージに向かう。
「おまたせ」
「そこまで待ってないけど」
「そう?」
ステージにはアスナだけ。ほかのメイドは話をしていたり、裏でチェキにお絵描きをしてる。
「ふう……」
横に並んだアスナが一息吐いた。
「お疲れ」
「マジでさぁ……なんなのあれ。さっきも自慢してたっぽいみたいでさぁ……アスナさん、いいなあって」
「ほかのメイドから?」
「そう!よくないんだけど!?っていうか、変わってくれるなら変わって!って言いかけたよね」
「言えばよかったじゃん」
「さすがに本人の目の前で言うのはちょっとね」
本人の前かよ。
「欲しがるヤツいるんだね。指輪でしょ?」
「いるいる!貢いでくれるならなんでもオッケーって」
「へえ」
「あそこにいるのはほとんどそう」
ソファー席に群がる数人のメイドを見ると、たしかにそんな雰囲気を感じる。みんな話したことは何回かあるけど、僕の趣味には程遠いタイプの人たちで、向こうから話しかけてこない限り関わることなんてないんだけど、あんなのに絡まれて嬉しいのかなぁなんて思ってしまう。
「なにがいいんだか」
「なにが、とかじゃないから。貢いでくれてついでに人気も上げてくれればってなもんよ」
「なんだかなぁ」
メイドは仕事だからわからないじゃないけど、それでお金も時間も毟られるのはいよいよなにしに来てるのかわかんないな。しかも推しには嫌われてる始末。手に負えないにもほどがあるだろ。
それにしても――。
「指輪ねえ。プレゼントにしてももうちょっとほかのがある気がするけど」
「ね。」
ってところで、しょうもないことに気づいてしまった。
「あ。もしかしてそ~ゆ~こと?」
「なにが?」
「ペアで何かが欲しかったってのが前提」
「キモイキモイキモイ」
アスナが自分の身体を抱くように両腕をこすった。
「っあ~……ヤバい。マジで鳥肌立ちそうだった。でも、そうかも。見えるしね」
「頭で考えてもやらないよね。付き合ってるならともかく」
「ね。いや、付き合っても欲しいって思わないけど」
「そう?」
「ん~や、わかんないけど、欲しいって思ったことないかな」
「ふうん」
アスナにプレゼントするのはなかなかハードルが高そうだ。まあ、僕がプレゼントするなんてことないけど。
スタッフが撮りに来たので、いつも通りテキトーにポーズを取って、記念撮影を終える。
「はあ。」
憂鬱そうな溜息。
「こう言っちゃダメなんだけど――」
アスナは僕越しにソファー席に向かって言った。
「めんどくさ」
「気持ちはわかる」
「や、ほんと。アサカはあーゆーのじゃないからマジで助かる。なんていうか……安心する?」
「なんで疑問形」
僕が笑うと、アスナも笑った。
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