第16話 メイドの裏と呼び出し
「はい!時計が21時20分を指しましたので、全てのラストオーダーを取ります!まだ飲みたい人、遊び足りない人は手を挙げてください!」
僕がアスナに注文を入れてしばらく。最後のラストオーダーの時間になってもまだアスナは来ていない。おかげで持ってきたラノベは順調に読み進んで、読む予定だった3冊を読み終わり、カバンに入っていた予備の1冊に手をつけている。
僕より先に入った人たちはループをする人たちもいれば、受け取るものを受け取って帰る人たちもいる。アスナと話してる人たちは……思ったより残ってるな。もちろん、ソファー席を陣取ってる常連たちも居座ったままメイドたちと楽しくおしゃべりをしている。
ゲームを追加するなら今注文してるゲームが終わらないと注文できないんだけど、どうしよっかな。
なんて周りを見ながら考えてると、アスナが滑り込んできた。
「ごめん!時間大丈夫!?」
「閉店までいるから大丈夫だけど」
「そう?なら最後にさせて」
遅くなっても困らない僕は「はいはい」と頷くと「マジごめん!」と手を合わせてどこかに行ってしまった。
アスナが戻ってきたのは、予備のラノベを4分の1ほどを読み進めたところだった。
「ご〜め〜ん〜!マジでごめん!」
「これで最後?」
「最後。もうマジで久しぶりに大変だった。主にアイツらが」
と睨むようにソファー席に目を向けた。
「付けてないとアレがうるさいし、かといって付けたらつけたで周りが揶揄ってくるし。もうなんなの!?」
「それはそれは……」
めんどくさい連中とは聞いてたけど、そこまでめんどくさいとは。
「はあ。まあいいや。アレのことは忘れよ。うん。あ、そだ。ね、なんか気付いた?」
「なんか?」
急に話を振られて僕は慌てて違いを探してみる。
メイド服は……いつも通りだし、髪が変わった……わけでもないよな。爪とか?いや、変わってないような気もしなくないな。
「ヒントは?」
「ヒント?ん〜……この辺」
と指したのは頭。別にいつもと同じように見えるけどなあ。
「髪型とかじゃないでしょ?」
「じゃないよ。ってか、聞いてよ。ヘアメ回ってこなかったんだけど」
このメイド喫茶はメイドにヘアメイクをしてくれるサービスがある。順番で回ってくるらしいんだけど、アスナの話だとどうやら横取りされたらしい。
「っとにさあ。どいつもコイツも……」
なかなかにご立腹なようで、苛立ちが僕にも伝わってくる。
「アミューズメント大量だったとかでもないんでしょ?」
「そうそう。呼ばれなかっただけ。順番だったのに」
なんだそれ。
「で、横取りした本人はアレ」
カウンター席に目を向けると、キャバ嬢みたいな髪型をしたメイドがいた。
「なんか……これから勝負しに行きます!みたいな」
「ホス狂だからほんとに勝負しに行くんじゃない?」
「あ〜……そういう?」
そういやこの階はそういうのがそこそこいるんだっけ?ネット掲示板で見た情報だからそこまで信じてないけど。
「わたしも連れて行かされたけど、びっくりするほどつまんなかった」
「あれ。そうなの?」
「や、行ってたときは楽しかったよ。けど、出て帰るときはもうなんだかなぁって」
「ふうん」
どちらかというと、陽キャ側だと思ってたから意外だった。
「社会勉強にはなったけど、もう行かないね。うるさいのも出てきたし」
「うるさいの、ねえ」
たしかに自分のことを棚に上げてケチをつける奴は多い。散々食ってそうなヤツもいるし、拗らせに拗らせてるヤツもいて、ケチをつけるのは往々にして大多数を占める。その中で僕は好きならどうぞご自由に、って方なので、もしかしたらオタク界隈の中だと異質なのかもしれない。
「掲示板に出てたでしょ。あれ」
「はいはい。誰が流したんだか」
「それはどうでもいいんだけど、一応言っといた方がいいかなって。って言ってもアレは信じてないでしょ」
「まったく。あんなのどうとでも書けるでしょ。信じるなら言葉の方を信じる。まあ、ウソだったらどうしようもないんだけど」
「そんなことしないってば。アサカには」
最後にボソッと付け加えたけど、まあ、世の中には例外もいるからしょうがないということで割り切る。生理的にダメなのに、近づいてくるなら遠ざけるようにするしかないんだから。
ゲームの終わりを告げるタイマーの音が鳴った。時間で終わらないといけないんだけど、アスナは割とこの辺テキトーで結構はみ出てる。
「はあ。疲れた」
「お疲れ」
「んふ〜。ありがと。もう帰る?」
「帰る帰る。もう閉店過ぎてるし」
時計はすでに閉店時間の10時を20分も過ぎてる。ソファー席の人たちも追い出されていて、席に姿はない。残ってるのはあと3人だけ。それも他のメイドとゲームをしてるから終われば追い出されるだろう。
カバンを持って席を立つと、「お見送りするね」とアスナ。
出入り口まで付いてきた。
「大きな声で言えないけど、マジでアサカには助けられてる」
「急にどうした?」
「たまには言っとかないとって思って。ほら、新人のときからずっといるのってアサカしかいないし」
「そうだっけ?」
アスナが新人の頃ってどんなのがいたかまるで覚えてないけど。
「そうそう。って、ヤバ。もう帰らないとだよね。また次話そ」
「はいはい」
お互い手を振って僕は階段へ、アスナは店内に戻って別れる。
閉店後のメイド喫茶のビルの下はなぜか常連が集まって話をしてる。毎回通ってると、なんだかんだで見かける顔で、どいつもコイツもメイドたちから「迷惑」の称号を付けられてる人たちばかり。通りに響くくらいの笑い声を出していて、称号はあながち間違い無いんだな、と実感させられる。
僕はその常連たちの間を通って駅に向かう。あの人たちの目的は仕事が終わった後のメイドたちの追っかけ。話しかけても相手にされないだろう、とわかっていつつも、反応してくれるメイドもいるので、こうして追い出されてもビルの出入り口で居座り続けてる。
「あの輪に入るな、か」
彼女の言葉を思い出した。もとよりそのつもりだし、関わる気なんて1ミリもない。何をしに来てるのかわからない人たちと関わりたいと思うわけもなく、僕はひたすら歩を進める。
駅に着いたところで僕のスマホが鳴った。
こんな時間にかけてくるのは1人しかいない。出たくないけど、出ないと次会ったときにめんどくさくなるんだよなぁ、と思い、渋々電話を取った。
『お!出た!元気してる〜?』
「昨日の昼別れたばっかでしょ」
『や〜それはそれよ。別れた後に雨に降られて風邪ひいちゃったとかあるじゃん』
「めっちゃ晴れてたじゃん」
なにが面白かったのかさっぱりだけど、彼女はケラケラ笑った。
「飲んで……ないわけないか」
『飲んでるよ〜!ハイボール!に〜焼き鳥!塩もタレもうまうま〜』
「……」
コイツ……僕がまだ晩ご飯食べてないのわかってるんじゃないだろうな?
でも、ちょうどいい。サイフとして有効利用させて貰おうかな。
「で?どこに行けば?」
『お!ついに言わなくてもわかってくれるようになった!?』
「いや?結構前からわかってたけど」
『あれ?』
電話の向こうで首を傾げてるのが手に取るようにわかる。
「この際だから言っとくけど、貸しはたんまりあるよ?」
『この前返したと思うんだけどな』
「証明できないのはノーカン」
『ケチだなぁ』
なんて彼女は言ってるけど、決まりを作ったのは彼女だ。ボイスレコーダーにも取ってある上に文字としてしっかり起こしてもある。ボイスレコーダーのときは酔っ払ってたけど、文字にするときはちゃんとシラフで書かせた。
『まあいいや。来てくれるんでしょ?』
「貸し6でね」
『ケチー!こんなカワイイ子と飲むんだよ?むしろそっちが――』
「じゃあ、この話はなかったことで」
『待って待って!ゴメンゴメンって!』
改札を通り、自分の家とは逆方向のホームに向かう。
ほかのフロアのメイドと思しき女の子が数人立ってるけど、僕は無視。話しかけられるならともかく、店の外でこっちから話しかけるのはルール違反だからね。変に繋がりを持つと出禁になったりするから、不干渉でいた方がお互いのためになる。
『そうそう。場所だけど――』
彼女から場所を聞いて電車に乗る。メイドと思しき女の子もドア1つ向こう側で乗ったのが見えた。
そこはかとなくイヤな予感がしつつ、僕が乗った電車は目的地の最寄り駅に向かって進みはじめた。
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