第17話 目的地に着くと主従に挟まれた

 彼女ご指定の目的地の最寄り駅に到着したのは、23時を過ぎたころだった。


 「ご乗車の列車は回送列車になります。引き続きのご乗車――」


 とアナウンスを聞いた僕は飛び跳ねるようにして起きた。


「あっぶな。寝過ごすところだった……」


 思わずそんな声が出てしまうくらい、寝ていたらしい。ふと、周りを見渡すと、メイドさんらしき女の子も端っこの席で僕と同じように沈没していた。


「終点だよ」


 肩を叩いてやると、彼女が目を覚ました。


「んえ?あ、終点……?ありがとうございます……」


 寝起きでまだ片足を眠りに突っ込んだままの足取りでホームに降りていく。少し間を置いて僕もホームに降りて、なにかの通知を知らせる振動をしたスマホに目を向ける。


 『今どこ?』


 たった4文字だけど、ここは来たことがない完全に未開の地。酔っ払いからのお呼び出しとはいえ、少し安心。不本意だけど。


 駅に着いたことを伝えると、なぜか電話がかかってきた。


『そっち行くからそこから動かないで』

「え?なんで?」

『ここもちょっとしたダンジョンになっててさ。出る改札ミスると迷子になっちゃうんだよ』

「あぁ。そういう。了解」


 ってことで僕はしばらく待つことに。といっても、もう持ってきた本は読み終わっちゃったし、新刊を買おうにも本屋は閉まってる時間。座る場所もないし、スマホをいじるにもバッテリーは30%を切りそうなギリギリのライン。あんまりいじってると彼女との連絡手段が断たれるのでヒマつぶしもできない。


 さて、どうしようかな。


 と、思ってたら耳慣れた足音が聞こえてきた。


「や。おっつ~」


 いつもより少しだけ赤い顔をした彼女が手を振ってきた。白いふわふわのロングスカートにTシャツとデニムジャケットの装いで、さながらイケイケな女子大生のようだ。


「おとなしくしてたみたいでエライエライ」


 偉そうに彼女が僕の頭を撫でてきた。ワインを浴びるほど飲んでもケロッとしてる彼女にしては珍しく、酔いが回ってるらしい。


「ちゃんぽんし過ぎじゃないの?」

「え~?そんなことないよ?ビールでしょ。それから~日本酒……は、2合だっけ?あの四角いのに入ってんの。それとカクテルも飲んだっけ?3杯くらい。ソルティードックがうまうまでさ~。ついつい飲んじゃったよね」


 潰しに来てるんじゃないの?ってくらい飲まされてるじゃん。


 「ふへ。いや~呼べば来るんじゃない?って言われたからさ。呼んでみたんだけど、まさか来てくれるとはね~」


 街中を歩く恋人よろしく腕を組んできた。ちゃんと立ってるように見えたけど、こうすると結構ギリギリの状態で来たようだ。


「で?もう帰るでいいの?」

「んにゃ。まだまだこれからっすよ」


 ホームから改札へと続く階段の前まで来たところで彼女の足が止まった。


「そういやさ。咲綾と話した?」

「さあや?誰それ?」

「わたしの友達よ。あ、メイドだと……なんだっけ?忘れたけど」


 そういえばリア友って言ってたメイドがいたな、とふと思い出した。


「合法的に友達になれるって言っただろ」

「あ、そうそう!推しと仲良くなれるかなーって言ってたからさあ。じゃあ、メイドになっちゃえば?って言ったんだよね。合法的に推しと仲良くなれるよーって冗談のつもりで言ったんだけどさ。まさかマジでなるとは思ってなかったよね」


 あはは~!と笑う彼女。酔っ払ってるってこともあるだろうけど、反省はもちろん後悔してる様子もない。


 階段を上がって改札を抜けよう……としたところで彼女の足がまた止まった。


「っと、なんだろ?もしもーし」


 ほぼ終電の時間に近い時間帯。ほとんど人がいない場所で電話を取ったから僕にも話し声が断片的に漏れ聞こえてくる。


「え。マジ?迷っちゃった?迎えに行く?おけおけ。迎えに行くから待っててー」


 で、普通ならここで電話を切るところのはずなんだけど、なぜかコイツ、まったく電話を切らない。というか、なんとなくだけど目的地とは逆方向に向かってる気がする。


「あれ?ちょっと?こっち逆じゃ――」

「迎えに来たついでってことで」

「迷子のお出迎えね」

『迷子だけど言い方~!』


 電話の向こうで半泣きな声が聞こえてきた。なんかどっかで聞いた声のような気がするけど気のせいかな。


「あ~はいはい。もうちょっと待ってね。今そっちに歩いてるから」


 そんなこんなで歩くことしばらく。


 どこをどう進んだのかもわからなくなってきたところでスマホを耳に当ててる女の子の姿が見えてきた。


「あ~いたいた!」

「あ~!よかった~!!」


 彼女が近寄っていくと、向こうも気づいたようでスマホを投げ捨てんばかりに抱き合った。


「も~……よかったぁ~」

「あ~はいはい。よかったよかった」


 女子だとこのくらい欲しいってくらいな身長の彼女の胸に顔を押し付ける迷子女子。


「ね~月乃。酒くさい」

「や、それはしょうがないって。つまみがバチクソに美味いんだもん。ってか、そだ。そろそろ戻らないと。由香たちが本気出すって言ってたんだよね」

「ま?それヤバいじゃん。ガチでバチクソ美味いヤツじゃん。行こ行こ」


 迷子女子が彼女の手を引っ張った。

 

「だからそっちじゃないってば!こっち!」


 深夜の駅の中、酔っ払いの限界女子と迷子女子がギャーギャー騒ぎながら歩いていく。


 正直、このまま帰ってもいいんじゃないかな、って思うけど、ときどき彼女が僕の方に目を向けてくるせいで、帰るに帰れない。


 というか、目の前にいる迷子女子さん、どこかで見た覚えがあるんだよなあ。


「ってか、月乃さ」

「なに」

「マジでアサカいるじゃん」

「そりゃあ、呼んだからね。どこかの誰かさんが呼べるなら呼んでみろ!って言いやがったせいで」

「で、来ちゃったの?」


 あれ、なんか呼ばれてなかった?


 僕が彼女に目を向ける。


「や、来ていいヤツだから。つーか、みんなアサカと話したがってるんだよね。なんでか知らないけど」

「え~……」


 なんかイヤな予感がするな。大丈夫?取って食われたりしない?


「大丈夫大丈夫!取って食ったりはしないから!――たぶん」

「ちょっと?」


 なんで最後に不穏な言葉を付け加えたの?


「大丈夫!大丈夫!なんかあっても黙ってればセーフだから!」


 迷子女子がケラケラ笑って僕の肩を叩いた。いや、黙ってれば――って誰かがゲロったらアウトじゃん。ダメだろ。


「それにみんなメイドの前から月乃の友達だから。アサカはその前から月乃の友達みたいだし、仮になんかあったとしても友達の友達ってことで友達だからセーフ!」


 いや、友達の友達は他人じゃ……?とツッコミを入れようとしたけどやめた。


 なんか強引すぎる気もするけど、もういいや。細かいことを気にするのはやめよう。ここにいるのは彼女の友達。なんの因果かわからないけどその人たちがメイドをやってたってだけってことにする。そう考えでもしないとこのわけのわからない事態を飲み込めない。


「なんかあっても大丈夫だって。うちらが友達ってことで押し切るから」

「そんな簡単に押し切れるの?」


 メイド喫茶の人たちってルールに厳しい気がするけど。


「そのくらいは大目に見てくれるって。大学とかでばったり、とかね。同じ大学だったら会うな、なんてムリ――でもないけど、まあまあ難しいでしょ」

「まあ、そう?かな?」

「割とある話だしね。メイドやってたらあれー!?とか」

「あるある」


 彼女が頷いた。


「カオリはそれだし」

「あ。そうなん?初耳なんだけど」

「な~んか見た顔だな~って思ってたらさ。カオリもおんなじように思ってたみたいで、近寄ってみたらお互い『あれ?お前……まさか!』ってなもんよ」

「気まずいよね~」

「最初だけね。わたしは別に気にしないんだけど」

「気にしろし。メイドバレ、地味にハズいんだから」

「だったら――って、着いたわ」


 ここまで僕を挟んで話してた2人の足が止まった。


「ここ?」

「そ。女子会プランは終わってフツーの飲みになってるから。入っても問題なし!」

「問題だらけだと思うんだけどなぁ……」

「まあまあ、細かいことは気にしない気にしない!ほら、さっさと行く!」


 メイド喫茶が入ってるビルより狭い、一人しか通れなさそうな階段を迷子女子に引っ張られ、彼女に後ろから押されるカタチで上がっていく。


 ここまで来てしまった以上、逃げ道も逃げ場もない。

 

「覚悟は決まった?」


 迷子女子が引き戸になってる入口のドアに手をかけた。


「決まってなくても押し込むんでしょ」

「よくわかってんじゃん。ってことで、ようこそ女子会へ」


 アルコールと煙の臭いが漂う空間に僕は文字通り押し込まれた。

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