第18話 合法だけど違法な密会は両手に花はだったけど、その花は花でもラフレシアでした

 大声と食器がぶつかる音が響く店内は喧噪そのもの。オッサンたちの笑い声が響けば、奥では陽キャな男子大学生たちが「ウェ~イ!」なんて言って何度目かもわからない乾杯をしてる。


「そのまままっすぐ進んだ奥!」

「なに!?」


 彼女が叫ぶように声を出したけど、それ以上に周りがうるさくて彼女の胸が当たってる距離なのに、その声はほとんど聞こえない。


「まっすぐ!って――あ~!ユズの背中押して!」


 なんだかよく聞こえなかったけど、背中を押されたので、僕も前にいる女子の背中を押す。


「ひぁっ!ちょっ!?いきなり押さないでよ!?」

「後ろが押してきたんだよ!」

「うしろ~?」


 と、女子が僕の後ろに目をやった。


「あ~……はいはい。おっけおっけ」


 なにがオッケーなのかわからないけど、納得したらしい。僕に背中を向けて歩きはじめた。


 彼女の胸に押されて、迷子女子の背中を押す、凶悪なサンドイッチを食らうこと数分。個室を仕切る襖の前まで辿り着いた。


 襖一枚を隔てて聞こえるのは、同じく飲み会中だろうオッサンたちの声。それに負けじと目の前の襖から女子の笑い声が聞こえてきた。


「……マジでここに入るの?」

「なに今さら?ここまで来てやっぱ帰ります、なんて言わせないからね?」

「いや、それはさすがに言わないけど……」


 聞こえてくる声はどう聞いたって女子のものだけ。当たり前だけど。


 これがイケイケの陽キャ男子なら喜んで入ってくだろうけど、あいにく僕は真逆の本好きな隠キャオタク。この中に喜んで入っていけるほどの度胸なんて持ち合わせていない。


「まあまあ、こんなの入っちゃえば場所が違うだけ。あっちにいるときと変わんないよ。ね?」


 迷子女子、もといユズの言葉に彼女が頷いた。


「そうそう。ってことでほら、さっさと入る!」

「ちょっ!靴!靴くらい脱がせて!!」


 押し込まれた襖の向こう側は地獄のような絵面だった。


 飲み切ったジョッキとグラスがテーブルを埋め尽くし、串が山盛りに積まれた皿が数枚。そのほかにも食器やらスマホやらタブレットがごちゃごちゃと乱雑に置かれていて、足の踏み場すらない。


「どーやったらこうなるの……?」

「まあまあ。いいじゃん。ほら奥に行って」


 ギャイギャイ騒いでる女子たちの後ろを通って彼女に押されて僕は空いてる席へ。座敷みたいな掘り炬燵な感じで席なんてあってないようなところに僕は押し込まれた。


「おそ~い!どこ行ってたの!?」


 串焼きを右手に、ジョッキを左手に食べ放題、飲み放題を満喫してる女子が叫んだ。


「ユズが迷子になっててさ〜。ついでにお迎えに行ったんだって」

「迷子ぉ?ユズが?」


 意外、みたいな顔で目の前の女子が首を傾げた。


「寝落ちして飛び起きて電車から降りてさぁ〜。改札出たとこまでは良かったんだけど、全然頭回ってなくてマジでどこだかわかんなくなっちゃったんだよね」


 いや〜焦った焦った、と頭を掻いた。


「ふ~ん?」

「疑ってるな?」

「い〜や。別に〜」


 ユズの視線をジョッキで遮った。


「おうおう。みっちょん、酔ってんね」

「その名前で呼ぶなし」


 みっちょん?


「メイドんときの名前。ミツキだからみっちょん」


 と、僕の隣に入り込んできた彼女が紹介してくれた。


「それはなんというか――」

「安直すぎだよね。まあ、出されたのがダサすぎて3秒で考えたからしょうがないんだけどさ。あ、生追加!――と、なに飲む?あ、メニューないじゃん。メニューどこー!?」


 うるさいとか、騒がしいを超えて騒音レベルまで到達しようとしてる中で、声が通るわけもなく。ミツキは溜息を吐いてからメニュー捜索の旅に出てしまった。


「なんかすごいね」


 女子会は男子が思ってるような可愛げのある絵面なんて1ミリもない、って話を聞いてはいたけど、ここまでとは思わなかった。


「すごくないって。このくらいフツーだよ、フツー。あ、これ誰も手ぇ付けてないよね?いただきま~す」


 周りに確認してからユズは小鉢を箸を入れた。


「にしてもよく来たじゃん」

「え?ああ、呼び出されるのはよくあるから」

「え。そうなの?じゃあ、噂通り付き合ってるとか?」

「ないない」


 誰だよ、そんな根も葉もないウソをばら撒いたヤツ。こんなアレな酔っ払いと誰が好き好んで付き合うのか小一時間問い詰めたい。


「えー?マジで?月乃~!」


 と、ユズが彼女を呼んだ。


「ん~?」

「アサカと付き合ってないの?」

「ないない」


 と、僕と同じように首を振った彼女にユズはなぜか驚いた顔を見せた。


「……マジ?」

「マジマジ。ってか、その話、誰が言ったんだろね?妄想も大概にしとけよ、って言いたいんだけど」

「え~?そんなにキレるほど?」

「そんなに。ってか、メイド喫茶に行く直前まで喫茶店で撃沈してるようなの誰が好きになると思う?」

「ね~!わたしもそう思うわ」


 だったら直せよ。なんで自分のことなのに頷いてんだよ、コイツは。


 ケラケラ笑う彼女に僕は頭を抱える。


「は?月乃が撃沈?またまた〜!んなわけないでしょ。ねえ月乃?」


 知らないうちに追加されたらしいドリンクが一斉に流れ込んできた。


「空いてるグラス、向こうに送って!」


 メニューを手に戻ってきたミズキがグラスを入り口の方に送っていく。


「んなことないよ?仕事に行けば毎回飲み会飲み会って」


 そこかしこに転がってるグラスやジョッキ、お皿なんかを入口の方に送っていきながら彼女が言った。


「合コンにも行ってね」

「そうそう。付き合いで行くと毎回クッソみたいなの割り当てられんだよね。マジで飲んでないとやってらんないっての」


 入れ替わりに入ってきた焼き鳥の塩を口に入れてハイボールを一気飲み。


「ぷはぁ!うま~!ハルちゃん!もう一杯!」

「はいよー!」


 オッサンか。


 逆にこんなだからクッソみたいなのを割り当てられるとは思わないのかな……。思わないんだろうな。コレだし。


 入口の方は入口の方の方で、こっそり連絡先を交換してご主人と一緒に出掛けた~なんて話をしてる女子もいる。


 あの子も見たことはないけど、話しぶりからしてたぶんメイドなんだろう。


「あの辺が3階で、あっちが4階、あの3人が5階で、そこら辺が7階かな」


 聞こうとした質問に彼女が指で差しながら教えてくれた。どうやらホントに全員メイドらしい。誰1人として知らないけど。


「5階組んとこの1人は見覚えあるっしょ?」

「あ~……」


 そう言われるとなんとなく雰囲気が5階に連行されたときに案内してくれた友達とやらに似てる気がする。


 まあ、正直あのときと髪型がぜんぜん違いすぎてほとんどわかんないんだけど。


 と、5階組の方に目を向けてると、その子と目が合った。で、呼んでもないのに立ち上がって僕らがいるところまでノコノコやってきやがった。


「あれ。月乃のオトモじゃん。どうしたの?こんなとこに来て」

「呼ばれたんだよ」

「呼ばれた?月乃に?」

「呼びました~!これで限界まで飲んでも帰れる」


 と空になった3杯目のジョッキをふりながら彼女が言った。2杯目?タレの焼き鳥と一緒に30秒でなくなったけど、なにか?


「タクシーじゃないんだけど」

「似たようなモンじゃん。呼べば来てくれるんだから」

「……」


 一回どこかの公園のトイレに捨ててってやろうかな。


「こんなんで付き合ってないんだって。知ってる?」


 ミツキが僕と彼女を指した。


「知ってる。ってか、月乃だよ?こんなのと付き合うわけないでしょ。あたしが男だったとしても選択肢に入らないわ」

「は?なに?ケンカ売ってる?」

「売ってない。ただ事実を言ってるだけ。おっぱい魔人め。さっきも押し付けてアピールしたのにスルーされてやんの。だっさ。」


 ぷぷぷ~と笑って僕の左側に陣取った。


「はあ?なにいってんの?アピールなんかしてないし。あのくらい近づかないと聞こえなさそうだったからしただけだし」

「はいはい。言い訳言い訳」

「どうでもいいけど、僕を挟まないでくれない?」


 両側から挟まれて乳圧を感じるのはいいけど、生きた心地はまるでしなかった。

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