第30話 お嬢様とメイドと下僕?

「っあ〜……過去イチヤバかったわ……」


 トイレから出てきた彼女が開口一番で言った言葉がコレだった。


「どんだけ我慢してたの」

「式場出てからだから〜……4時間くらい?」

「膀胱炎になるって」

「ね。マジで危なかったわ」


 ケラケラ笑うお二人様。女子トークの下ネタはガチすぎるから男子の僕としては笑うに笑えない。もう少し遅れてたら床に水溜りができてたかもしれないんだから少しは反省してほしいんだけど、彼女にそんな気配は微塵もない。そもそも彼女の辞書に反省の2文字は存在しないし。


「服とか、大丈夫だった?」

「服?ああ、セーフだった。パンツもギリ」


 赤のドレスから見慣れたいつものヨレヨレのTシャツ姿になった彼女はそう言って定位置の椅子に座った。つい最近まで着てた僕のTシャツだと思うけど、こんなにヨレヨレだったっけ?


「でももう着ないからポイだね」

「え?着ないの?」


 彼女の後にトイレに行ったアスナも今はTシャツに短パンの部屋着姿になっている。時間的には風呂に入ってもいいくらいだけど、2人にまだ入る様子はない。


「体型にぴっちり合わせてるからもう無理。たぶんウエストにお尻が通らない」

「マジ?」

「もともと1回こっきりの服だからね。着たいなら着てもいいけど――。アスナには……ちょっとムリかな」


 彼女の視線が少し下に降りた。僕もつられて向けてしまった先はスズよりかは幾分山が見える場所。Tシャツの白で透けて見える水色が目に入った。


 しまった、と思ったけど、時すでに遅し。


 キンキンに冷えたアスナの視線が僕を突き刺す。


「……どこ見てんの。ヘンタイ」

「いや、そんなつもりじゃ――」

「うるさい黙れ。それ以上見たら出禁にするぞ」

「それはやめて」


 視線をガードするように身体を抱きしめたアスナに平伏するしかない僕を助けてくれたのは、彼女だった。


「さすがに出禁はやりすぎじゃない?アサカを出禁にするなら真っ先にするべきヤツがいるじゃん」

「あ~……たしかに」


 ふう、と一息吐いたアスナ。なんとなくだけど、ぴりついた空気が緩んだ気がした。


「別に着たいわけじゃないの。着る服がないじゃんって話」


 アスナが脱線した話を元に戻すと、彼女が応えた。


「ああ、そういうこと?普段着はここに置いてあるから全然平気」

「ああ……あったね。たしかに」

「アスナも置く?場所作ったでしょ?」


 プシと彼女が5本目のほろよいを開けた。さっきの膀胱決壊寸前で酔いが覚めたようで、飲みなおしだとか。飲みすぎだろ。


「どうしよっかな、って思ってるとこ」


 持ってきてはいるけど――、とアスナ。


 そう言われてみればいつもはちっさいバッグを肩にかけてるだけなのに、今日はそれに加えてもう1つ大きなリュックを背負っていたっけ。頻繁に来てるけど、アスナがウチに泊まったことがあるのは実は一度もない。まあ、ここから30分の距離に家があるんだから泊まるより家で寝る方が絶対いいと思う。


 けど、そんな僕の考えを一蹴してくれる人が約一名。 


「お。マジ?どんなの?見せてよ」

「うっさいな。どんなのでもいいでしょ」

「置くなら下着とかも置いておいた方がいいよ?どうせ来たらそのまま泊まるんだから」

「ええ?覗かれたら、とか思わない?」

「アサカにそんな度胸ないし、そもそも下着ごときで興奮しないよ?ねえ?」


 なんで僕に聞くんだよ。なんとも思わないわけないだろ。こっちは男だぞ。


「アンタだからじゃないの?そんな薄着でウロウロしてんだし。つーか、パンツくらい履け。こっから中見えてんの。わかる?汚いから見せんな」

「え〜……やだよ。めんどい」


 心底ダルそうな声で彼女は僕の椅子に足を伸ばした。――揉め、ですか。はいはい。


 っていうか、また履いてないのかよ。


「ない、とかじゃないよね。この前見たし」

「あら、見たの?えっち」


 嘆息するアスナにニヤニヤしながら彼女が言った。


「見せられたの!見る気は全くなかったのに!!なんでぐっちゃぐっちゃにしてんの!?」

「や〜だって畳むとか面倒だし。ある場所は知ってるんだからいいでしょ」

「そういう問題じゃないっての!わたしが置いたら混ざっちゃうでしょうが!」


 バンバン机を叩くアスナ。けど、彼女にはま〜ったく効果なし。


「いやいや。そこはさすがに平気でしょ。趣味もサイズも違うんだから」

「ふん。どーだか」


 座る椅子がないアスナは最近足を置くために買ったバランスボールを椅子代わりに僕の向かい側に座ってボリボリ堅揚げのポテチを貪っている。飲み物はこれまたほろよい。彼女からかっぱらったブツだ。


「そういえば、アスナがお酒飲んでるの初めて見たかも」


 ちびちび缶を傾けてるアスナに彼女が言った。


「そう?」

「だって、いっつもソフトドリンクじゃん」

「あ〜……まあ、ね。だってみんなで飲むとき近場でも店からここまでだよ?寝落ちして帰れなくなったら困るでしょ」

「たしかに。終電の終点とか最悪かも。一番遠くってどこだっけ?」

「高城」


 高城は僕とアスナが乗ってる電車の終点の駅。駅から車で1時間くらい行った場所にある城が駅名の由来で、村でも町でもなく市なんだけど、駅の周りにはなにもないくらい田舎の場所。


「そうだそうだ。高城だ。ね、そこってなんかあるの?聞いたことはあるけど、行ったことなくってさ。気になるんだよね」


 彼女が僕に聞いてきた。


「え?なんもない……んじゃなかったっけ?近くに山があるだけで」

「山?え?山があるの?」

「あるある。駅に着く前にトンネルにはいるんだけど、入って少しすると電波が入らなくなるんだよね」

「そうそう」

「ええ……なにそれ。死んじゃうじゃん……」

「その程度じゃ死ないっての」


 ともあれ、駅なのに周りに何もないのは事実。泊まる場所はおろか、始発までの時間を過ごせるお店もないってもっぱらのウワサだったりする。


 と、スマホを手にしていたアスナが顔を上げた。


「最近ホテルができたって聞いたけど」

「ホテル?」


 そう、とアスナ。手元に置いていたスマホを手に取って僕に見せてきた。

 

「あ。ほら、これ。ビジネスホテル」

「へえ……こんなとこに」


 15階のいかにもホテルな建物が駅の裏側に鎮座しているのを見て、僕は思わず声が出た。


「げ!マジで山じゃん!」


 そう言ったのは彼女。


「だからそう言ってんじゃん。アンタも寝過ごすとここに行くかもよ?」

「や~……マジでそれは勘弁してほしいわ。終電でこことか襲われても何もできないじゃん」

「ね。わたしもそう思う。ここに駆け込む、くらいならできそうだけど、泊めてくれるかって言われたら微妙だよね」


 周りになにもないとはいえ、予約もしてない、終電を逃した人なんかが泊まれるのかな。不安でしょうがない。まあ、そもそもそんなところにお世話になるような真似をするな、って話ではあるけども。


「ふうん。たしかに、こんなとこだったらわたしも無理だわ。寝落ちしてここに飛ばされるくらいなら飲まない方がいいね」

「でしょ」

「まあ、わたしは乗り過ごしてもここだから最悪泊まればいいからいいけど」

「アンタは自分の家があるでしょうが。つーかそもそもウチらの飲み会に入ってくんなし」

「呼ばれるんだからしょうがないでしょ。恨むなら幹事を恨め」

「くっそ」


 悪態をついたアスナは缶の底を天井に向けた。水みたいな勢いで飲んでるけど、大丈夫なのかな。


「で?話を戻すけど、今日飲むのはここで寝るから平気ってこと?」


 ホントに話を戻した彼女がアスナに聞いた。


「まあ……そう、かな?」


 ちら、とアスナが僕を見た。


「飲みすぎてひっくり返らないでよ?後ろ床なんだから」

「じゃあ、ひっくり返らないようにして」


 無茶言いやがって……。


 アスナさん、普段も理不尽だけど、酔っても理不尽は相変わらず。


「布団とかなかったっけ?」

「ないこともないけど、クッションにはならないよ?薄いから」

「ん〜……じゃあ、近々ローテーブル買う?椅子でもいいけど、人が増えたら困るでしょ」

「増えないし、呼ぶな」


 これ以上メイドの知り合いが増えたら僕の居場所がなくなるだろ。


「いいからさっさとクッションになるもの持ってきて。持ってこないならそっちに座るぞ」


 あの……据わった目で言わないでくれますかね?

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