第29話 鉢合わせてもカオス
「ちょっといいかな?」
ユズと別れて最寄駅に着いたところで後ろから肩を叩かれた。振り向くと30代くらいのスーツを身に纏った男性が立っていた。手にはバインダーを持っていて人当たりの良さそうな顔だけど、視線から感じられるのは敵視……?
「いえ、すぐ帰らないといけないので」
肩に置かれた手を払って断る。けれども、男性はまた手を置いた。
「そう言わず。ほんとにすぐ終わるから」
そう言って早く終わった試しなんてない。手を払いのけて話しかけてくる男性を無視して真っ直ぐ進む。向かう先は交番。いざとなったら突撃すれば――。
と、隣にヒールの音が聞こえた。
「知ってる人?なんか凄い目で見られてたけど」
とん、と肩を当ててきたのはアスナだった。メイド喫茶で知り合ってつい最近までメイド服しか見たことがなかったのに、今じゃすっかりプライベートで会う方が多くなってる。夏休みを過ぎてからはメイド服よりも私服姿の方が見る機会が多い。
「いんや。まったく」
「だと思った」
「だと思った?」
「知り合いに向ける目じゃないな、って思っただけ。友達にしても――って思ったけど、そもそもアサカって友達いそうにないし。っていうか、いないでしょ」
失礼すぎない……?事実だけどさ。
憮然としていると、アスナがクスクス笑った。
「もう。冗談だってば。ほら、行くよ」
僕の手を取って人混みの中に引き摺り込んでいった。
「今日も来るの?」
人混みを抜け、さらにショッピングモールを一周。さらに100均ショップで物色。
こんなに徹底する?って思うくらいあっちこっち回った。回ったって言うより、引き摺り回された、が正しいかもしれないけど。
道中で小物入れを2つほど買って満足したアスナの足は僕が住むアパートの方に向かっていた。
「もち。読み終わったから次の借りに行くから」
「早くない……?」
マンガ5冊貸したのは昨日の夜。文字が少ないマンガだからすぐ読み終わるとは思っていたけど、想像以上に早く読み終わったらしい。
「面白いのが悪い。もうタクトとルナがじれじれすぎて!」
早くくっつけよ!と体をクネクネさせながら僕の肩を叩いた。僕に言われても……。
ちなみにアスナが読んでるのは少年向けの同居モノのラブコメマンガ。完結してるものの方がいいってことで女子にも読めそうなモノをおすすめしたんだけど、これが大当たり。相当気に入ったようでウチに来ても1回は通しで読んで、家に帰るってときも借りていくレベルでハマっていらっしゃる。
「ほかのも読んだら?」
「読みたいけど、こっちを読んでから考える」
「それ、読み終わるころには朝になってるんじゃ……?」
アスナが読んでいるのはラブコメにしては長い全部で40巻の長編。借りていったのは15から20巻までだからちょうど折り返し。
「大丈夫!明日はマンガを読む日にしたから!」
「いや、僕の予定――」
「あるの?お給仕はないのに?」
「……ないけど」
「ならいいじゃん。なーんの問題もなし!」
いや、問題アリだろ。なんで泊まる前提になってんだよ。男の部屋だぞ?何かあったらどうするんだよ。
「わたしはいいけど?」
「は?」
僕の足を止めるように前に立ったアスナが言った。
「何かあっても。そのくらい覚悟――って言ったらアレだけど、そういうのはしてるって」
「はあ……」
「そもそもほかの男の人ん家なんか行くわけないじゃん。その辺から察しろ」
「うっ!?」
アスナの拳が僕の脇腹に突き刺さった。
アパートまでの通りがかりにあるコンビニでお菓子とジュースを調達し、僕らはアパートに向かっていると、アスナが思い出したかのように聞いてきた。
「そういえば、今日アイツいる?」
「どうだろ?連絡は来てないけど」
もっとも彼女の場合、連絡が来てないからいない、なんて保証はどこにもない。特に最近は連絡もなしにいきなり来てばっかり。元々入り浸ってるようなものだから別にいいんだけど、ドアの前に座り込んでるのはさすがに心臓に悪い。この前なんて真っ暗の中に真っ黒の服で玄関でしゃがみ込んでいたから本気で心臓が止まるかと思った。
「ふうん」
と、アスナがなぜか足を止めた。
「もしかしたらいるかもってこと?」
「どちらかというと、もしかしなくても、の方が近いけど」
「で?中に入れてるわけ?」
「まあ……」
外に放り出すってのもおかしいでしょ、と言うとアスナは「ふうん」とだけ返してきた。
アスナが動き出したのは、それから少ししてから。
何を思ったのか、袋の中からフライドチキンと炭酸を出して一気に頬張った。ん?ちょっと待って?それ――
「僕のじゃ――」
「うっさい!」
帰って食べようと思ってたのに……。
ってその炭酸も――!
「ちょっと!?それも僕の」
ブシッ!といい音を立てて封切られた炭酸も一気に飲み干されしまった。
「ぷは〜!うっま!」
「あぁ……」
やりたかった全部をやられてしまい、膝から崩れ落ちた。
けふっと口から炭酸を抜いて、アスナは僕の視線に合うようにしゃがみ込んだ。
「やろうと思えばこのくらいどうってことないの。わかる?」
僕の顔を両手で挟んでアスナは言った。
「わたしはあの女みたいにじわじわなし崩しにする、なんて姑息なことなんてしないから」
アパートに着いて外階段を上がる。タイミングがズレた2つの足音が響く。
一番上の段に足を置いたところで、カン、と空き缶が地面に置いた音が聞こえた。
「おそーい!どーこほっつき歩いてたの!?」
壁の角から覗き込むと、鮮やかな赤のドレスを着た彼女が座り込んでいた。足元には最早定番となった缶酎ハイ。ほろ酔い、と銘打ったラベルの空き缶が4本も並んでる。ほろよいどころがいつも通りしっかり酔ってらっしゃる。
「来るなら来るって言ってくれればよかったのに」
「んなヒマなかったんだっての。いいからさっさと入れて。漏れそう」
「そこですればいいんじゃないの?」
僕が言おうと思っていた言葉を横取りされた。
「あれ?アスナもこっち来たの?ようこそ〜」
ひらひら手を振る彼女。漏れそう、って言ってたけど、案外まだ平気なのかもしれない。
「ようこそ〜……じゃないっての!なんでアンタがここにいんの?」
「それを言ったらアスナだってなんでここにいるの?メイドがここに来たらコレでしょ」
と手で首を切り飛ばす仕草。が、その程度でアスナが怯むわけもなく。ふ、と鼻息ひとつ。
「同級生だから。な〜んの問題もなし!」
「は?」
珍しい。彼女が驚いてる。が、それも一瞬だけだった。
「んぅ!?」
いきなり妙な声を上げたと思ったら立ち上がった。
「やっ……ばっ……!いきっ!なり!?」
んんっ!?っとまた声を上げる彼女。いきなりの声にアスナが心配そうに声をかけた。
「え?ちょっと?なに?どうしたの?」
「ちょっ!はやっ!くっ!開けて!マジで漏れそう!!」
「はぁ!?ちょっ!?なんで!?急にいきなり!?」
「あっ!ちょ!?ムリムリムリ!!触らないで!マジでムリ!!動くと漏れる!!んんぅ〜!!」
内股になって手でお腹を押さえてブルブル震える彼女。手を伸ばそうとしたアスナが止められた。
「ドア!ドア開けて!走れば間に合うから!!」
「動けないのに走ったら漏れるでしょうが!バカじゃないの!?」
尊厳的な部分で鉄火場なところに彼女はさらに爆弾をぶち込んだ。
「アサカなら行ける!前もやったし!!」
「はぁ!?なにやってんの!?」
「やってないよ!?」
「いいから早くドア!開けて!!」
漏れる〜〜〜!!!
彼女の断末魔は周りの建物に反響してしばらく残ったのだった。
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